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後輩と魔力欠乏症

 町へ向かうため校門を抜けるとおれは平民街の方へと歩き出した。一人で町に出るのは二回目だな。


 前回は薬研を探すのに必死になっていたが、今回は目的はあるものの比較的じっくり町を散策しようと思っている。事前にしっかりと町の造りも覚えたしな。


 この町は大きな城壁で囲まれていて、大まかに区画が東西南北の四つに分かれている。北に王城と貴族街、南に平民街、西に軍部、東に学校がある。


 貴族街と王城には普通の平民は入れない。許可を得た者は平民でも入れるみたいだが、面倒ごとに巻き込まれるのも嫌なのでおれは近づかない。


 軍部は文字通りこの国の軍隊がある、王立魔法研究所もここにあってその内見学することになるってミミーナ先生が言ってたな。


 南の平民街は一番大きい区画で平民が暮らしている。市場や商店もここに集中している。貴族街にも商店はあるが高級品ばかり扱っているみたいだ。マルコの家のグスター商会も平民街と貴族街両方に店を出していて、貴族街の店は店の造りからして違うらしい。


 そして東には我らが王立魔法学校がある。初等部、中等部、高等部があり初等部は五歳から入学できる。初等部と中等部は五年制で高等部だけ四年制だ。


 滅多なことをしなければ年齢と共に学年は上がっていくので五歳で入学すると十八歳で卒業だ。ソフィーの様に飛び級する稀な生徒もいるけどな。



 さてと、以前は平民街の市場がある方へ向かったが、今回は北側のコースから攻めてみよう。平民街でも微妙に貧富の差で居住区が分かれているみたいだ。北側は比較的お金持ちが多く治安もいい。逆に西側は貧乏な者が多く治安も悪い。薬師のポイさんが住んでいる地域がこの西側だ。


 ポイさんが望めばお金持ちが住んでいる地域にも住めそうだけど、ポイさんの性格上、貧しい人達を放っておけないんだろうな。普段から頼りにされてないと酒場のグランコさんも教会よりも先にポイさんの所に来ないと思うし。


 それにしても同じ平民街なのに、ポイさんの住んでいる辺りとここはずいぶんと違うな。道も舗装されていて綺麗でごみも落ちていない。変な臭いもしない。すれ違う人達も綺麗な服を着ているしこんなに差があるものなのか。


 そんなことを考えていると「あと金貨一枚用意してから出直しな!」そんな声が聞こえた。おれの目的の一つでもある薬屋で揉めごとみたいだな。


 様子を見ていると少女が店から乱暴に追い出され「来月になったらまた上がってるかもな。まあせいぜい頑張って用意するんだな」そんな言葉をかけられていた。


 店から乱暴に追い出された少女に近づき声をかける。

「君大丈夫か?」

 びっくりしたようにこちらを見上げた少女は、この世界では珍しくない水色の髪を揺らしその目には涙を浮かべていた。

「お母さんが、お母さんが……」


「落ち着いて事情を話してみて、役に立てるかもよ」


 少し落ち着きを取り戻した少女に話を聞いてみる。少女の名前はシンシア、王立魔法の中等部五年生でおれの後輩だった。


 なんでもシンシアのお母さんは魔力欠乏症という魔力が徐々に減り、魔力が枯渇すると体も衰弱してしまう病気にかかってしまったそうだ。


 魔力欠乏症の治療法は確立されておらず、衰弱を防ぐ方法が、外部から魔力を供給して魔力の枯渇を防ぐしかない。魔力が枯渇しなければ体も衰弱しない病気だ。


 今までは時々教会のシスターが魔力を回復させに来てくれていたが、今日はシスターがおらず魔力回復薬を買いに行ったら、今月から魔力回復薬が値上がりして買えなくなってしまい、店を追い出されたってことみたいだ。


「なるほどな。それならおれの知り合いの薬師の人に頼んでみよう。魔力回復薬はあるかはわからないけど、必ず力になってくれるはずだ」


「ほんとですか! 正直どうしようかと思っていたので助かります」


「なに初めてできた後輩だからな親切にしないとな。おれはシンタロウ。今年から高等部一年に転入してきた君の先輩だ」


「今年転入してきた? 先輩ってひょっとして未開人の方ですか?」


「ああ、よく知っているなおれは未開人だ」


「噂はあてにならないものですね」


「噂?」


「はい、今年転入してきた人は未開人で、身の丈は二メートルを超え筋肉はムキムキで、魔力は無く食事は手づかみで行い。常に棍棒を持ち歩いているって噂です」


「魔力が無いってのと未開人ってのはあってるけど、すごい噂だな」


「そうですね。少なくとも先輩は身の丈二メートルも無いし筋肉もムキムキって感じではないです。棍棒も持ってませんし」


「初めに噂を流したやつを小一時間問い詰めたい。おっとここを曲がるんだった」

 今回で二回目だが行き方はバッチリ頭の中に入っている。


「先輩大丈夫ですか? この辺は治安が悪くてお母さんから近づいてはいけないと言われています」


「確かに夜は治安は悪いけど、昼間ならまだ大丈夫だよ。おっとこの奥に薬師ポイズンばあさんの店があるんだ」


「ポイズンって……」


「おれもそう思ったけど腕は確かだし、すごくいい人だ」


「先輩がそう言うなら」


「この薬草の臭い、近いぞ。ほら見えたあそこだよ」

 しかし薬草の臭いはするが、以前は店の前に干してあった大量の薬草が見当たらなかった。


「以前は店の前に大量の薬草が干してあったんだがな。おーい。あれ? 鍵がかかってるな。 おーいポイさんいるかーい」

 扉を開けようとするが開かない。


「先輩そっちに何か書いてあります」

 シンシアが引き戸の反対側を指さす。


「なになに、しばらく留守にします。来週には戻ります。マジか!」

 こんな時に限って留守にしているなんてツイてないな。


「仕方ないなもう一軒薬屋を知ってるからそっちに行ってみよう」


「わかりました」

 おれは以前ポイさんの店を教えてもらった薬屋に行くことにした。




「ここだ」


「なんだか高そうな店ですけど大丈夫ですか?」


「店主はいい人だったよ。さあ入ろう。こんにちはー」


「ああこの間の、いらっしゃいませ。薬研は見つかりましたかな」

 口ひげが似合っている温厚そうな店主が迎えてくれる。


「はい、おかげさまで手に入れる事が出来ました」


「それはよかったですな。ところで今日は何がご入用ですかな」


「魔力回復薬を」

 そう言った途端店主の顔が曇る。


「魔力回復薬ですか……最後の一瓶ですので高額になります。金貨三枚ですな」


「最後の一瓶?」


「困ったことに魔力回復薬の材料が全く入ってこなくなりましてな」


 そんな会話をしていると服の袖を引っ張られた。

「先輩、私そんなにお金持っていません。金貨二枚しかないです」

 シンシアが小声で不安そうに言う。


「大丈夫。それじゃそれ下さい」

 そう言いながら金貨三枚を渡す。


「ありがとうございます。また御用があればお立ち寄りくださいな」

 店主から魔力回復薬を受け取ると、不安そうな顔をしているシンシアと外に出る。


「シンシアお金のことは気にしなくていいよ。このお金は悪者から巻き上げたあぶく銭だし」


「先輩ありがとうございます。お金は来月の奨学金が入ればすぐにお返しします」


「いや、返さなくていいよ。あぶく銭だからな」


「ですが……」


「それよりも早くお母さんに魔力回復薬を」

 おれが魔力回復薬を渡し立ち去ろうとするとまた袖を引っ張られた。


「先輩。お礼をしたいので先輩も一緒に来てください」


「いやしかし」


「あばら家ですがお茶ぐらいは出せます。それともお忙しいですか?」


「いや、時間はあるけど」


「それじゃ決まりですね」

 シンシアに腕を引っ張られながらシンシアの家に向かうことになった。



 たどり着いた先は平民街でも少し北寄りの比較的治安の良い区画だった。何軒か家が連なっている長屋通りの一角にある綺麗な建物がシンシアの家だった。


「ここです。さあどうぞ、お母さんしかいませんからお気遣いなく」


「お父さんは仕事?」


「お父さんはギルドの依頼を受けて、先月から戻ってきてないんです。ギルドの人にはもう厳しいかもしれないと言われています」


「ごめん、なんだか悪い事聞いたな」


「いえ、私はその内ひょっこり戻ってくると思っていますのでお気になさらず」

 そう言いながらおれに向ける笑顔は本当にそう思っている笑顔だった。父親の事を信じてるんだな。


「お母さんただいまー。魔力回復薬買っきたよ」

 リビングを抜け寝室と思しき部屋のベットにシンシアの母親が寝ていた。顔色は青白く寝ているのか意識はないようだ。


「今飲ませるからね」

 そう言い寝ている母親の口元に魔力回復薬をあてがうとごくごくと飲んだ。すぐに体が薄く発光し効果がありそうな雰囲気が伝わってくる。


 しばらく待っていたが母親の意識が戻る事は無かった。

「あれ? いつもならすぐに意識は戻るはずなのにどうしたんだろう」


「魔力回復薬が少なすぎたかな?」


「いえ、むしろいつもより量は多いです」


「う~ん。なんでなんだろう」

 母親の顔色は先程より赤みが帯びて健康そうな色に戻ったが意識は戻らない。


 その時玄関の方から声が聞こえた。

「こんにちはーシンシアさんいらっしゃいますか?」

 その声を聴いた途端シンシアの顔が笑顔になる。

「シスター様だ!」


 シンシアが戻ってくると後ろにシスターを連れていたがなんだか見覚えがある。

「あ! あなたは酒場で毒を治療してくれたシスター」

 おれが驚いた声を上げると、シスターもおれの存在に気がつき驚いた声を上げる。

「シンタロウ! いえ何でもありません。あなたはこの間のどうしてここに?」

 シスターの口から今シンタロウって聞こえたような気が……おれこの人に自己紹介したかな?


 とりあえずおれは自己紹介した。

「薬屋の所でシンシアと偶然会いまして、おれはシンタロウと言います。王立魔法学校の高等部一年でシンシアの先輩になります」


「な、なるほどそうでしたか。それはさておきシンシア、いつもの時間に留守にしていてごめんなさいね。教会の者からシンシアが来たと聞いて飛んできました」


「シスター様。お忙しいところいつもすみません。今日もよろしくお願いします」


「はい。それでは早速。我が魔力を与え給え」

 シスターがシンシアの母親の前でそう唱えると母親の体が薄く光る。しばらく発光していたがゆっくりと光が消える。


「ふぅ。あとは目を覚ませば」

 そう言い目覚めるのを待つがやはり目が覚めない。


「おかしいですね? 目が覚めませんね。魔力は十分回復させたはずですがこれは一体どうしたことでしょう……」

 そう言いながらシスターは脈を測ったり目を開けて見たり何やら色々調べている。


「お母さん……」

 シンシアが一気に不安そうな表情になり弱々しい声で母親を呼ぶ。


「シンシア……」おれにできることは何かないだろうか。う~ん。


 上手くいくかはわからないがやらないよりはいいか。おれは観察丸を取り出し一粒呑み込んだ。すると五感が研ぎ澄まされたような感覚になる。遠くの物音もよく聞こえシンシアの家の前を通る人の人数と性別までもが手に取るようにわかる。ん? 家の前で誰か待機しているな。誰だろう?


 今は気にしている場合ではないか。おれはシンシアの母親にだけに意識を集中する。すると何かはわからないが首の後ろに嫌な感じがする。「シンシア、お母さんの体を起こしてくれる?」


「体を? わかりました」

 おれが急にそんなことを言ったので少し驚いたようだが、俺の指示通りにしてくれる。


 シンシアが寝ている母親の体をゆっくりと起こす。おれが首の後ろを確認するとそいつを発見した。体長五ミリほどで、一見ほくろの様に見えるがこれは魔吸いノミと呼ばれるノミの魔物だ。


「シンシア、ピンセットと密閉できる容器はある?」

 ピンセットと密閉瓶を渡されたおれは、素早く魔吸いノミをピンセットでつまみ密閉瓶に入れると蓋を閉じた。瓶の中ではノミが元気そうにぴょんぴょん跳ねている。


「こ、これは……」

 シスターが驚いた声を上げる。

「これは魔吸いノミ。ノミの魔物で普通は馬やその他の動物に寄生して人間の魔力は吸わないはずですが、突然変異の固体かもしれません」


 その時「う~ん。あら、おはようシンシア」寝ていたシンシアの母親が目を覚ました。

「お母さん! よかった!」

 シンシアが母親に抱き着く「まあまあこの子ったら甘えんぼさんね。皆さんが見てらっしゃるのに、シスター様いつもありがとうございます。それとえっと……」


「おれはシンシアの先輩で、王立魔法学校の高等部一年シンタロウといいます。はじめまして」


「あらあら、これはご丁寧に私はシンシアの母でレーラと申します」


「お母さん! 先輩がお母さんの事助けてくれたんだよ」


「まあまあそうでしたか。シンタロウさんありがとうございます」


「いえいえ、おれは何も」


「ところでレーラさん体の調子はいかがですか?」

 先程からレーラさんに何か聞きたそうにうずうずしていたシスターが、我慢ができなかったのかおれ達の会話に割って入るように聞いた。


「体調ですか? すごく気分が良いです。久しぶりに頭がすっきりしているような気もします。あら?」


「どうしました? 魔力が減りませんか?」

 シスターが何かを確信した様子で聞く。


「そうなんです。いつも感じていた少しずつ魔力が減っていく感覚がありませんね。あら?」


「やっぱり! 少し診察していいですか?」


「はい、お願いします」


「ミト!」

 シスターが外に呼びかけると修道服を着たメイさんが入ってきた。先程感じた気配はメイさんか。あれ? メイさんはソフィー付きのメイドのはずだけどなんでこんなところに。


「メイさん! 修道服なんか着てどうしたんですか?」

 驚いたおれが思わずメイさんに聞くと、


「メイは私の姉です。私はミト。メイの双子の妹です」


「そうだったんですか。すいませんあまりにそっくりだったので」


「双子ですからよく間違われますので気にしていません。あなたもお気になさらずに、それでお呼びですかシスター」


「ミト悪いんだけれどレーラさんを診てくれる? 私ではまだ診れないから」


「わかりました。レーラさん少し診させていただきます」そう言いレーラさんの方に手を向け魔法を詠唱する「我に状態を開示せよ」


 薄っすらとレーラさんが光りだすと少しの間光っていたがすぐに光が収まった。


「これは! 体力は大分落ちていますが魔力欠乏症は治っていますね」

 驚いた様子でミトさんが話す。


「やっぱり! シンタロウあなたすごいわね。今まで原因不明だった魔力欠乏症の原因を見つけたわ! まさか魔吸いノミだったなんて! 確かに魔吸いノミが魔力を吸う量なら魔力の流れを見ても原因はわからないはずよ!」

 冷静な印象のシスターが興奮した様子でおれにそんな事を言った。


「それはよかったですね」

 すごいと言われても、それがどれほどすごい事なのかがわからないのでそう言うしかなかった。


「なんだか他人事ね! あなたはすごい発見をしたのよ。これで魔力欠乏症の人達をみんな、みーんな救えるわ!」


 シスターの興奮ぶりが怖かったのでおれはこう言った。

「それじゃそれはシスターの功績にしておいてください。おれはあまり騒ぎに巻き込まれたくない。あ……やばいやばい来た」

 おれは急いで目を瞑りさらに目を隠すように黒布を巻く。


 急におれが座りこんでやばいやばいと言ったので皆びっくりした事だろう。


「シ、シンタロウ急にどうしたの?」

 シスターが心配そうに声をかけてくる。


「いえ、さっき飲んだ丸薬の副作用です。気にしないでください。ちょっと安静にしていたら元に戻ります」


「そう、よかった。びっくりしたわ」

 シスターの声は本当にほっとしたような声で、おれの事を真剣に心配してくれていたことが分かった。


 丸薬の事を事前に説明しておけばよかったな。丸薬術は超人的な感覚を得られたり不思議な効果があったりするが、副作用がある物もあるのが難点だ。


 観察丸の場合はしばらく光に敏感になるというのが副作用だ。意外に暗いところが見やすかったりと、夜間使う分には副作用とは言えない効果ではあるが、昼間は眩しすぎて目を開けていられない。


 しばらくしてやっと副作用が切れてきた。おれが回復するのを待っていたシスターが話しかけてくる。

「私はミトと一緒に魔力欠乏症の事を教会に報告してくるわ」

 そう言うが早いかシスターとミトさんは外へ駆け出して行った。立ち去る背中におれは「おれの名前は出さないでくださいよ」と声をかけた。


「先輩改めてありがとうございます。まさか魔力欠乏症の原因があんな小さいノミだったなんて」


「前キャッスル領に居た時に、厩の手伝いをしたことがあってその時、魔吸いノミの事教えてもらったんだ。人間の魔力は吸わないって言ってたけどこういう事もあるんだな」

 チラリとレーラさんの方を見ると疲れたのか小さな寝息を立てて眠っていた。


「おっとちょっと長居しすぎたな。そろそろお暇するよ」


「そうですか。何から何までありがとうございました。このお礼はいずれ必ず!」


「お礼はいいよ。それじゃまた学校で会おう」

 そう言うとおれはシンシアの家を後にし、本来の目的地である酒場へと向かった。

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