授業開始――という名の説明回
今日からいよいよ学校の授業が始まる。午前中は座学中心で午後から実技訓練だ。実技訓練も楽しみだが意外に座学も楽しみにしている。
エリスからざっくりと魔法については聞いてはいるけど、自分が使えないとわかった途端、詳しく聞いても仕方が無い気がして詳しく聞かなかったのだ。だが今となっては敵を知るにはやはり敵が使う術も知っておかなければいけないと考え座学も真剣に取り組むことにした。
「はーいみなさん、おはようございます! 早速ですが今日から中級魔法の座学を始めたいと思います」
そう言いながら担任のミミーナ・クラスコ先生が入ってきた。
ミミーナ先生は長い金髪が魅力的な美人で眼鏡の似合う二十八歳独身だ。彼氏もいないらしく生徒に「玉の輿を狙ってるのよ。三十五歳以上のダンディな紳士が居たら紹介して頂戴ね」とのたまうほどだ。ちなみに先生は年上が好みらしく若い貴族からアプローチされても断っているらしい。
「高等部になってから初めての授業ですから、今までのおさらいをしておきましょうか。魔法には属性がありますが、全部の属性魔法を答えてください。それじゃーマルコ君」
「は、はい。え、えと、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、光魔法、闇魔法、神聖魔法です」
当てられたマルコは恥ずかしそうに立ち上がり答えた。
「はい、正解。ありがとうマルコ君」
「えへへ」
マルコが顔を赤らめながら座る。
「各属性魔法にはそれぞれ属性魔法ごとに使える魔法の種類に制限があります。攻撃魔法や防御魔法、補助魔法はすべての属性魔法で使えますが、回復魔法が使えるのは? それじゃーマーコさん」
「は~い。えーっと水魔法と風魔法と光魔法と神聖魔法です~」
「はい、正解。今マーコさんが言ったように水、風、光、神聖魔法が回復魔法を使えます。その中でも一番強力な回復魔法を使えるのが神聖魔法でその次が光魔法、その次が水魔法と風魔法で水と風は同程度です。このように一言で回復魔法と言っても属性魔法によって強さが違います」
「光魔法と闇魔法はそれぞれ特殊な魔法が使えましたね? はいエリスさん」
「光魔法が身体強化魔法で闇魔法が状態異常魔法です」
「その通り正解。光魔法は回復魔法も強力ですが身体強化魔法も侮れません。先生前に、先生より小さな魔法使いがこーんな大きい岩を軽々と持ち上げているの見たことがあります。それと状態異常魔法使い、特に毒魔法を得意とする魔法使いと対峙する場合は注意してください。毒魔法は神聖魔法の回復魔法でしか回復できません。神聖魔法はセス教の洗礼を受けた者しか使えませんので属性魔法の中でも特に特殊な魔法になります」
この間、倒したポイズンジャニスは意外と危険な相手だったんだな。いやー毒魔法使われる前に拘束出来てよかった。
「それでは次です。最近の研究で明らかになったセカンドエッセンスとは何ですか? はい、リード君」
「フッ、先天的に王族以外は一人につき一つの属性魔法しか使えないが後天的に二つ目の属性魔法を使えるようになることをセカンドエッセンスという」
「はい、正解。さらにそのセカンドエッセンスを体現されたのが我らが校長ですね。校長先生は先天的には火属性魔法が使え、セカンドエッセンスで光属性魔法が使えます。セカンドエッセンスが発現する条件は研究中ですが、将来的には皆が二つの属性魔法を使える時代がくるのかもしれませんね」
「フッ、二つの属性魔法どころか回復魔法が使えない欠陥光魔法使いもいるみたいだがな」
そうリードがエリスを見ながら言った途端、エリスがものすごい顔でリードを睨みつける。
「わたしも~攻撃魔法使えない~。わたしも欠陥水魔法使いなんだ~」
それを聞いていたマーコさんが悲しそうな声で言う。
「い、いえ、マーコさんはですね。防御魔法が素晴らしいので、べ、別に問題ないのです」
リードが慌てたように取り繕う。
「光魔法は回復魔法が華ですので、それが使えないなんてナンセンスなのです」
「はーい。そこまで! 人によっては攻撃魔法が使えない人も防御魔法が使えない人もいるわ。でもそれを使えるように練習するのが学校なのですから、使えなくても問題ないのです」
ミミーナ先生が先生らしいことを言ってその場を収めた。
「それでは午後からは実技訓練に入ります。各自教科書をよく読んで自分の練習する魔法を理解するように、それでは残り時間は自習です。先生ここにいますからわからないことがあったら質問するように」
そう言うとミミーナ先生は窓際の椅子に腰かけた。
先生が自習と言ったので騒がしくなるかと思ったが、みんな教科書を前に目を瞑り瞑想している。何やら手を動かしてイメージを膨らませている者もいる。みんな魔法が使いたくて魔法学校に来ているから真剣にやってるんだな。日本なら自習の時間はおれの場合、寝る時間だったな……。
おれは魔力が無いからする事が無いけれどおれも瞑想でもするか。魔力を感じ取れるようになればおれも魔法が使えるようになるかもしれないしな、そんな淡い期待を抱きながら瞑想する。
目を瞑り大きく息を吸い吐く。一定のリズムでそれを繰り返していくといつの間にかそのリズムを意識しなくなる。すると不思議と目を瞑っているのに周りの気配が分かるようになってきた。
ひょっとしてこの気配が魔力の気配なのか? このクラスでは先生よりおれの隣の者の方が大きい気配がするな。おれの隣はエリスだからこれはひょっとしてエリスの魔力なのか? エリスの気配は温かく不思議と優しいような気配が伝わってくる。
さらに教室の魔力の気配を探ってみるとエリスの他にも大きな気配を感じた。特に大きかったのは教室の左後ろに座っていた小さな女の子の気配だ。なんでも彼女は本来初等部だが優秀なので中等部に飛び級してさらに今年から高等部に飛び級したらしい。
授業中は貴族でもメイドを傍につけるのは禁止されているが、飛び級する生徒は珍しいようで、特別にお付のメイドが授業中も傍に控えている。まあ飛び級がっていうよりも、彼女は王族だそうなのでその辺が関係してそうだけど。
今まで感じ取れなかった魔力の気配をすんなりと感じることが出来るようになったおれは、夢中で周りの魔力の気配を探っていた。そして気が付くといつの間にか授業は終わっていた。
「それでは午前の座学はここまで! 午後からは実技訓練です。各自着替えてから訓練場に集合するように」
そう言うとミミーナ先生は教室から出て行った。
午後からはいよいよ魔法の実技訓練だ。あの後魔力を感じる練習をした結果、瞑想しなくても少し集中することによって魔力を感じることができるようになった。魔力を感じることはできるようになったが相変わらず魔力は無いので魔法は使えなかった。
魔法が使えないおれは実技訓練は見学だ。だが魔力を感じれるようになったので、みんなが魔法を使っているのを見るだけでも面白い。例えばマルコの魔法は発動するまでは遅いが丁寧な魔法だと感じる。
例えば土壁の魔法。マルコが意識を集中し「土の壁よ守れ」そう叫ぶとマルコの目の前に堅牢そうな壁ができる。他の土魔法が使える者と比べても、大きさや厚さが違うし見た目も四角で綺麗だ。他の人のは大きさや形がバラバラでいかにも貧弱そうな壁だ。
マーコさんも攻撃魔法以外はスムーズに使いこなしている。水盾の魔法も「盾よ」そう叫んだだけで目の前に水でできた盾が出現した。ただやはり攻撃魔法は苦手なようで例えば線水の魔法の場合「水よ我が敵を穿て」そう叫ぶが水鉄砲のようなかわいらしい水が的に当たるだけだ。他の者はレーザーのような水がすごい勢いで的を貫通したり、弾き飛ばしたりしている。
意外だったのがリードだ。リードの魔法は風魔法なのだがそのどれもが洗練された感じがする。「風よ」そう叫ぶと遠くの的を他の誰よりも細かく切り刻み、風神の裁きという魔法では「叩き潰せ」と叫ぶと的である金属の柱が上から押し潰されぺしゃんこになっている。他の者は発動すらしていない。
ただ補助魔法は苦手なようで一定時間物理的な遠距離攻撃を防ぐ風の衣の魔法という魔法を使おうとしているがいくらやっても霧散してしまい発動できないようだ。
エリスはというと攻撃魔法や防御魔法は得意なようだが回復魔法がやはり苦手なようだ。光球という火球の上位互換のような魔法は的を消し炭にし、光の障壁という防御魔法では誰よりも大きく分厚い障壁を顕現させていたが、回復魔法になると途端に「癒しの光よ癒し給え」そう叫んでも何も起こらない。他の人達は弱々しいながらも光を放っている。
光魔法では攻撃魔法も強力だが回復魔法が特に強力で、回復魔法を重視する魔法使いが多い。神聖魔法には一歩及ばないが強力な回復魔法が使えるからだ。
エリスのお母さんのリーザさんは光魔法の回復魔法使いとして有名らしいしな。エリスもリーザさんの様に使いこなせるように頑張ってはいるが発動すらしないというのが現状みたいだ。リーザさんの娘として期待されている分プレッシャーもあるんだろうな。
エリスの事は色々とミーシャさんに聞いていたけど、ここにきて現状を目の当たりにすると、何とかできないものかと色々と試していたミーシャさんの気持ちもわかるな。
例えば教会で売っている聖水を飲めば回復魔法の力が上がると聞けば買ってきて飲ませ、ドクダミ草に付く朝露を飲めば回復魔法がうまくなると聞けば、朝から採りに行きエリスに飲ませと、全部ガセだったみたいだが……。
詠唱の仕方を変えながら一生懸命回復魔法を使おうとしているが、魔力の動きが全く無いので発動しそうにない。なんでなんだろうなと考えていると、リードがエリスに近づく。
「フッ、相変わらず回復魔法は苦手なようだね。リーザ様と言えば当代随一の回復魔法の使い手。その娘がこれとはキャッスル家も落ちたものだね」
「あんただって補助魔法が苦手でしょうが! 補助魔法を使えるようになってから言いなさい!」
「風魔法では補助魔法は重視されていないから、使えなくても構わないのさ。僕は風神の裁きも使えるしね。フッ」
「確かにリード君の風神の裁きはすごかったね。金属の柱がぺしゃんこだったからね」
感心した様子のマルコが向こうからやってくると、
「フ、フン。マ、マルコの土壁もなかなかのものだったと思うぞ。そ、それではな」
リードは早口でぼそぼそとマルコを称賛するとすぐにどこかに行ってしまった。
「あ、あれ? リード君なんて言ったのかな?」
「さあな」
おれは聞こえていたが面倒だったので、あえてマルコには伝えないことにした。
毒気を抜かれたエリスがおれに耳打ちする。
「あの噂本当だったのね。リードがマルコを特別に気に入ってるって噂」
「さあそれはどうかな友情に目覚めただけかもしれないし、わたくしにはわかりかねます」
「あれ? なにその変なしゃべり方。シンタロウあなた何か知ってるわね」
「いえわかりかねます」
「ならなんでそんな口調なのよ!」
おれはエリスの追撃から逃れるように訓練場の端に逃げた。