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フォトジェニック・ゴースト

作者: 夏野ゆき


 スマホが鳴った。ディスプレイが光り、現在の時刻が表示される。午前二時十三分。いわゆる丑三つ時。こんな時間に誰だろうと思ったが、すぐに思い至る。心当たりはひとつしかない。スマホを手に取った。


「はい」


 返事をして一拍後、しゃがれたような掠れたような女の声が耳に入る。


『……私、メリーさん。今あなたの家の──』

「バカなこと言ってるなら切るぞ、じゃあな」

『ああっ』


 ちょっと待ってよ! と焦ったような声を聞いてから、俺は容赦なく通話を終えた。

 スマホを机の上におく。ぎし、と床がきしむ音がした。振り返らなくたって誰だかわかる。ヤツが来たのだ。


「真夜中に非常識だなお前は。これから寝ようとしてたってのに」

「こんな時間まで起きてる方が非常識よ。それにね、生きてる人間の常識なんて私には通用しないわ!」


 おほほほ! と高笑いを響かせたのは知り合いの女だ。真っ黒で長い髪をだらんとたらし、テンプレート通りの真っ白なワンピースを身に付けている。そういう存在(・・・・・・)であると知ってはいるが、鍵をかけていても自由自在に部屋に入ってこられてしまう──というのは、やっぱりあまり気分がよくない。今度お札でも貼っておこう。


「高笑いする幽霊なんて聞いたことないぞ」


 幽霊とは陰気臭いもの──というイメージをぶち壊していくような、見事な高笑いだった。


「今見たでしょう」


 珍しいものを見て感動したかしら、と得意気な女。俺はあきれた顔で見てしまった。何一つ感動できるポイントがない。


「毎回毎回夜になると電話を掛けてきて……面倒くさい恋人でもこんな真夜中にはかけてこないぞ。多分」

「昼間かけたってあなた学校じゃない。授業中に電話に出させるなんて非常識なこと出来ないわ。それにね、重い恋人は時間なんて関係なしに愛を囁く生き物よ。幽霊なんかより包丁片手にインターフォンを鳴らしてくる元・恋人の方が怖くてよ」

「妙に具体的だな……」


 そういう常識は身につけているのか、と思わず閉口してしまう。やつのいう常識と非常識の境がわからない。


「まあ、この前まで呪いの着信メロディーとともに電話を掛けてきてたやつだからな。今回はまともに電話を掛けてきただけ良しとするか」

「あら。偉そうだわ。生きている人間のくせに」

「あれ結構怖いんだぞ。というか真夜中の着信自体ビビるもんなんだからな」


 たまには遠慮しろ、といいつつ何か心境の変化でもあったのかと聞いてみる。聞きなれてしまえばちょっと不気味な音楽であるというだけだが、やつはあの着メロをいたく気に入っていたのだ。

 これをきいたら呪われるんだから! と得意気だったあの顔を思い出す。

 まさか使わなくなる日が来るとは思わなかった──としみじみとしてしまう。ちなみに、何度となくあの音楽を聴いたが今のところ呪われた形跡はない。呪われた実感もない。効果には個人差があるのだろうか?

 俺の問いに明らかにしょんぼりとした女は、ぼそぼそと喋る。


「だって……あの着メロを使ってたら、JAZZLUCKから音楽の使用停止要求と使用料の請求が……」

「今初めてぞくっとした」


 ヤツの口から出てきたのは色々な意味で有名な、音楽関係の団体名だ。

 幽霊のところにまで催促にいくとは知らなかった。


「お前とコンタクト取れるJAZZLUCKは何者なんだよ」

「知らないわよ……私なんか普段かける方だから、電話がかかってきて死ぬほどびっくりしたんだから!」


 ぷりぷりと怒り始めたヤツに「お前もう死んでるだろ」とは言えなかった。今度死ぬほどあの着メロで電話かけてやろうかしら! と息巻く幽霊を「また督促来るから」「聞きなれるとちょっと落ち着いちゃう音楽だから」「どうしても電話をかけるなら、したっぱじゃなくて暴利を貪る上の人間にするのがいいぞ」──などと、何とかなだめつつ無難に「最近どうだ」と声をかけてみた。


「そうよお……愚痴を言いに来たのよ! 聞いてちょうだいよ! もう夏も終わったし! ていうか冬だし! 繁忙期が過ぎたら愚痴るのは死者も生者も一緒よね! サンタさんとやらはこれから繁忙期でしょうけど!」


 愚痴かよと心のなかで突っ込んだ。暇なやつだ。

 まさか幽霊の類いにまで繁忙期があるとは知らなかった。繁忙期が終わったから暇──とはこれいかに。確かに夏場に比べて冬場の怪談話は少ない気もするが。


「最近はもうハイテクノロジーの時代じゃない? 私なんか携帯がこんな分厚い時代から……ううん、肩に電話機掛けて歩いてる時代からこんなことしてるんだけどね!?」


 こおんな、と指先で三センチほどの隙間を作り、厚さのアピールをしてくる幽霊に「そんなに分厚くはなかっただろ」とつい突っ込んでしまった。ものの例えよ! と軽く流される。それより【肩に電話を掛けて歩く】というのが気になった。何かのジョークだろうか?


「最近の携帯ってパカパカしないじゃない!? 折り畳めなくて不便だと思ったんだけど!」

「パカパカ? 折り畳む?」


 何を言っているんだ? という顔をしてしまった。携帯って折り畳めるもんなのか? 幽霊ジョークか何かだろうか。

 女はそんな俺に心底ショックを受けた顔をして、「もういいわ……こっちがダメージ食らうから……」と首を振る。


「最近はスマートフォンでしょ……。もう、時代の進歩についていけなくて! 何? 最近の若い子はメール使わないの!?」


 チャットアプリって何なのよ! とぶうたれた幽霊は「使いにくいったら!」と地団駄を踏み始める。


「呪いのメールなんか送ったって【容量が大きいので送れません】とか言われるし! 私がおどろおどろしく登場する動画を添付しただけで言われんのよ! 何!? 動画送るくらい良いじゃない!電話かけようと思ったら【非通知は着信拒否】に設定されてたりするし! 何!? 何なの? 今の子達はテクノロジーをフル活用して魔除けでもしてんのッ!?」

「ウイルスとか変な電話とかあったら嫌だからなあ……」


 そういった意味では魔除けなのかもしれない。俺自身、真夜中の非通知電話に出たら変なおっさんにハアハアされたことがある。あれはあれで非常に嫌な気分になったものだ。幽霊から電話がかかってくるのとはまた違った、生々しいものがある。


 聞いてよ! と幽霊は再度繰り返した。何だよ、と俺も繰り返す。


私たち(幽霊)だって苦労してんのッ! テクノロジーについていけるようにしてんの! 今まで柳の下にぼんやり立ってるだけでよかったのに、いきなり携帯電話だのビデオテープだのに活躍の場を移さなくちゃいけなくなった私たちの気持ちがわかる!?」

「わかんねえよ」

「即答しないでよ!!」


 おいおいと泣き始める女を見たが、慰める気にはなれなかった。いきなり携帯電話だのビデオテープだのに心霊現象を起こされる方の気持ちには一生ならないのだろう。はた迷惑だ。


「私だって……!! 私だって頑張ってビデオをマスターしたのに……!! 幽霊友達とキャッキャしながら『どんな登場のしかたが一番怖いか』とか話し合いながら……!! ビデオカメラ片手に……っ」

「キャッキャしながら心霊ビデオ作ってたのかよ……」


 ホームビデオじゃねえんだから……と思わず呟いてしまう。本人たちにとってはホームビデオ扱いなのかもしれないが、送られてきた方からすればとんだ迷惑だ。


「なのに……!! 今はDVD! 場合によってはブルーレイ! ビデオデッキなんてもうどのご家庭にあるのよって感じよ! どうすんのよあんなにいっぱいのビデオカセット……もう若い子からしたら謎の黒い箱なのよ……」

「大変だなあ」


 うんうん、と宥めるために頷いて見せる。ビデオデッキもビデオカセットもよくわからないが、まあきっとDVDみたいなものなんだろう。


「カセットの後ろに穴があって、そこにボールペンとか差してね……ロックを解除して手で巻き戻せたりしたのよ……! あの保全作業ももうないんだとおもったら……!」

「ふ、ふーん……?」


 ボールペンをさす? とはどういうことだろうと思ったが、聞くような雰囲気でもない。


「とにかく! とにかくね! 今はみんなでDVDのお勉強をしているのよ! 素敵なのが出来たら見せに来るわね!」

「来なくていいぞ」

「ええっ」

「呪いのDVDなんだろ」


 誰が好き好んで見るんだよと冷静に返せば、ヤツはしゅん……とし始める。しかしそれもつかの間、「じゃあ、『らいん』で送るわ!」と生き生きとしはじめた。


「あれも動画が送れるんでしょう?」

「既読スルーするからな」

「ええっ……」


 そんな……と泣き崩れる。既読スルーは知ってるのか……と妙な感慨に耽ってしまった。


「酷いわ、酷いわ最近の子達ってば……! せっかく写真に写りこんでも『ふぉとしょ』っていうやつで消されちゃうし……!! 最近は目撃情報も広まらないじゃない、何がインターネット社会よ! 情報化社会よッ! 瞬く間に目撃情報が広まったあの頃を返してよっ!」

「画像加工ソフトで消されるんだ……」


 おいおいと泣き崩れる女を目の前に、なんて力づくな方法なんだと感心してしまう。場合によっては自分が写ったところだけトリミングされることもあって悲しいと女はなおも訴えた。


「最近は自撮りが流行ってるんでしょう? 写ってやろうとしたら、顔認識されちゃって……!! かわいく盛れる写真アプリで猫の耳なんか生えちゃったりして……ッ! 何も怖くない!! どこも怖くない!! ただ可愛く盛られた人間が一人増えただけッ! 何なの!? 何なのよ!!」


 これを見てちょうだい!! と自前らしいスマートフォンを突きつけられる。画面には見知らぬ女の子が二人と、画像加工アプリで可愛く盛られた女の顔があった。まるで三人ともが仲良しかのようにお揃いの猫耳をつけて、髭まで生やしている。ほっぺたなんて可愛らしいピンクだ。こんなに怖くない心霊写真があって良いものか。


 なるほどなあ、と考えてしまう。生き残りに必死な上に、写りこんでもこれっぽっちも怖くないとなれば焦りもするだろう。


「『とぅいったー』っていうのも流行ってるっていうから……!! そういうのに自前の写真をあげたのに……! 本物のやつなのに……! 知らないアカウントから『嘘つくな』『垢消せ』『リツイ乞食かよ』『創作乙』ってぼこぼこにされて……!! 現代人怖すぎるわよ! 他人に対しての余裕が無さすぎない!?」

「ああ……それは……うん……」


 そうだな……と生ぬるい返事をするしかなかった。オカルト系のネタは人を選ぶから、と慰める。今度はネタ系の写真を撮って上げると喜ばれるよ、とアドバイスを添えて。

 しかしヤツは完全に自信をなくしてしまったのだろう。「室町時代に戻りたい」「柳の下に立っているだけで驚かれた時代に戻りたい」と呟き始めた。


「ねえ、『とぅいったー』以外に写真をのせられて、皆が見てくれるようなところはないの? ……出来ればコメントが怖くないやつで……」

「また難しいことを…………お、そうだ」


 俺はヤツのスマホを拝借し、とあるアプリのアカウントを取得する。インストールしたアプリのおしゃれなカメラのアイコンをホーム画面に移動させて、「これをやってみるといいぞ」と進めた。


「なあにそれ」

「分かりやすくいうとコメントをつけてもらえるアルバムというか……まあ、出来るだけ人目を引くような写真を撮ってみなよ。カフェの写真とかさりげない日常とかで良いから」

「ふうん……」


 興味を持ったのか、ヤツはさっそく目をキラキラとさせながらスマートフォンをいじり始めた。良いこと教えてくれてありがと! とにこにこしながら去っていくのを眺め、俺は一息つく。




***



 最近、とある写真共有アプリで人気沸騰中のアカウントがある。アカウント名は『merry』。さりげない日常に幽霊の女性をこっそりと忍ばせる、いわば『心霊写真スタイル』で発信されるおしゃれな日常がユーモラスなのだとか。フォトジェニックな日々にそっと添えられる幽霊──そのミスマッチが『面白い』のだとユーザーは語る。心霊写真が怖いものだという認識も、いつの日か変わりゆくのかもしれない。

***

キーワードの『#幽霊』などなどは某アプリのタグ遊びを再現したものですのであしからず……

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