巫女姫様が祈りを込めたお守りは
診断メーカー『三題入れてハピエン書いて』より
診断結果
『みんみんさんは制服、下着、塔が入ったハッピーエンドのお話を書いて下さい。』
以上を元にササッと書いてみました。
※非常におバカな話です。主人公の名前である「萩下衣千花」さんがもしも実在していらしたら最大の謝罪を申し上げます。
まったく、大輝のヤツにはため息ばかりだ。
今日も学校帰りにこんなことを言い出した。
「衣千花、お前、異世界トリップしたら、どうするよ?」
いつもながら言っていることの意味が分からない。
これはいわゆる『中二病』というやつに違いない。
「え……知らないわよ、そんなこと。そんな予定ないし」
私が面倒くさそうに言うと、大輝は心外なという表情で言い募ってくる。
「異世界トリップものの話、いくら衣千花でも読んだことくらいあるだろ? ああいうのは、予定を組んで準備して行くようなもんじゃないって。いつだって、急に足元のマンホールから落っこちたり、突然床に魔法陣が現れて引きずり込まれたり、不測の事態で巻き込まれるものなんだって」
「まぁ、そうね。そういう本、あんたから借りて何冊か読んだけど、みんなそんな感じのばっかりだったわね」
「そうだろ? だから、いつ何時異世界に送られても良いように、いくつか準備はしておかなくちゃならないと思うんだ」
私は大輝の話に適当に相槌を打って返事をした。
「はいはい……それで、あんたはどんな準備をするつもり?」
「そうだな、もういくつかは準備してるよ。とりあえず、鞄の中に非常食として水筒とチョコレートは常に入れている。トリップ先が人里離れた山ん中だったら困るし。これからの時期はカイロも入れておくと良いかも。あと、着替え。パンツとティーシャツは一枚ずつ入れてある。それから、ミニライトと軍手とコンパス」
「ええ? コンパスなんて、地球だからこそ使えるんじゃないの?」
「そうだけど、もしかしたら使える土地に召喚されるかも知れないじゃないか」
「ま、とりあえず、水、食料、着替え、ミニライト、軍手、コンパスってラインナップは、外出先での災害時に必要な物でもあるから、鞄の中に入れておくのは良いんじゃない?」
「そうだよな。そう考えると風呂敷とかロープなんかも必要かもな」
「まぁ、なんでも良いけど、それ全部、その通学リュックに入れるつもり?」
「大丈夫だよ。風呂敷は薄いし、ロープは登山用の店で細いのが売ってるから」
「ま、良いけどね……好きにしてちょうだい」
「衣千花、他人事だと思ってると痛い目を見るぞ?」
流して聞いていた私に、大輝は目をすがめて言ってきた。
「えええ……」
「太陽電池の時計も、タオルも、多機能コンパクトツールも俺が持ってるから必要に応じて貸してやれるけどさ、お前の食料や着替えはさすがに用意してやれないぞ?」
「なんで私があんたと一緒に異世界トリップすることになってんのよ? それに、その多機能コンパクトツールって何?」
「ナイフとかハサミとか缶切りとか、便利グッズを折りたたんで収納してあるポケットツール」
私はアウトドア用品でそういうのを見かけたなと思い出しながら「ああ……」と答えた。
「考えてもみろよ、衣千花。とにかく異世界に行って一番困るのは、手違いで予定外の場所に落とされて、召喚した本人とすぐに会えないことだ。すぐさま見つけてもらえれば良いけれど、時間がかかるとしたらそれまでに自力で生き延びないとならないからね」
「ま、そうでしょうね」
「次に困るのは言葉とか生活習慣とかだけど、それはこちらで準備のしようがないからあきらめるとして。その次はやっぱり、着るものだと思う」
「そうなの?」
「主人公が女の子の場合、下着に困る話はよく出てくるよね。日本の下着は肌触りが良くて機能的だけど、異世界ではとんでもなかった、的な。パンツやブラジャーは用意必須だぞ。ヘタすると下着文化がない所へ行くかも知んないし。そんな所へトリップしたら、お前どーするよ?」
「えっ、困る!」
慌てて私は大輝を振り向く。
この際、高二男子が女性の下着であるパンツとかブラジャーとかを、なんのためらいもなく口にしたのは見逃してやる。
「だろ? だからお前も、着替えと食料と飲み水くらいは常に通学リュックに入れておいた方が良いぜ」
「う、うん……そうだね、そうするよ」
私は大輝のアドバイスを素直に聞くことにした。
もちろん災害に備えてであって、異世界トリップ用に準備するわけではない。
違うってば、もう。
** ** **
私は考えに考えた上、万が一他人に見られても恥ずかしくない物を選んで下着を購入した。カップ付きタンクトップとボクサーショーツだ。これなら見られたとしても、普段穿くようなレースひらひらのショーツより恥ずかしくないだろう。
それを濡れないようにフリーザーバッグに入れ、更に透け防止のために色付きの袋にもう一度入れて通学リュックの奥底にしまい込んだ。
水筒は、九月中は持ち歩くつもりでいたけど、今後も万一を考えて携帯した方が良いかも知れない。キャラメルとチョコレートもこっそり入れた。
いやいや、だから災害用だってば。
もしもに備えて、ね。
そうして過ごしてしばらくすると、そろそろ中間試験が近づいてきた。
「衣千花ぁ、俺、英語が分かんねぇ……」
「分かんなくても勉強しなくちゃ仕方ないわよ。文系、理系、どちらを受験するにしても英語は必要だからね」
「あああ……大学受験、ヤだなぁ……」
大輝が足を引きずりながら歩くのを、横で眺めつつ家路を辿る。
ふたつ並んだ家は、私と大輝のうち。
お隣さんで小さい頃から双子のように育ってきた。
「衣千花……勉強、教えてくんね?」
大輝が涙目ですがってくるので「着替えたらうちおいで」とため息ひとつついてそう言った。
今の高校に入る時も、大輝は私の部屋で受験勉強をしてようやく合格したのだ。
中学の時からずっとそうやって定期試験のたびに勉強を教えていたので、今更抵抗はまったくない。
部屋に入ってさっさと着替え、飲み物とお菓子を持って部屋に戻り、ちゃぶ台の上にセットした。大輝がうちに勉強しに来るのは両家にとって当たり前の風景なので、大輝のお母さんはよくうちに飲み物とお菓子を差し入れてくれる。
普段は壁に立てかけてあるちゃぶ台も、試験の時期は出したままになるのが恒例だ。座布団を二枚敷いて準備万端となったところで大輝が来る。玄関先で「こんにちはー」と大きな声を出して、誰も迎えに行かないのにそのまま階段を上がって来て私の部屋のドアを勝手に開けた。
「ねぇ、何回も言ってるけど、ノックくらいしてくれる?」
「え、そんなに着替えるの時間かかる?」
「そういうことじゃなくて……」
大輝はさっさとちゃぶ台の前に座り、座布団の横に置いた通学リュックの中から英語の教科書とノートを取り出し始めた。
それにため息をひとつついて私も対面に座り、リュックの中から自分の教科書と筆箱を出す。
「どこが分かんないの?」
「分かんない」
「は?」
「だから、どこが分かんないのかが、分かんない」
「……まず、単語と熟語と慣用句を覚えるところから始めようか……」
頭痛が痛い、などとお決まりの文句をつぶやいていると、突然ちゃぶ台の下に敷かれた二畳用ラグが光り出した。
どんどん輝きが増し、更にその光は空中で渦を巻いていく。
「な、なに!?」
「こ、これは、もしかして……!」
慌てふためく私達は、そのまま激流に流され、光の渦に飲み込まれてしまったのだ。
** ** **
「衣千花、目を開けてみろよ」
大輝の声がして、私は恐る恐るまぶたを持ち上げた。
お尻の下は座布団、そしてその下にはラグがあり。
ご丁寧に、ちゃぶ台と勉強道具、通学リュックまで、全て私の部屋の状態のままだったが。
周囲は自室とは決定的に違った。
窓のない円形の部屋。壁はレンガのよう。その壁沿いに十数人の人が並び、こちらを見守っていて……そして彼らの頭には。
「ケモ耳ランド……!」
憧れのケモ耳が頭上についた人々に、私達は囲まれていたのだった。
足元はラグ。
そしてラグの外側には大きな魔法陣。
なんてこったい、私達はラグごと異世界トリップをしてしまったらしい。
「ん? なんだって? これを受け取れって?」
魔法陣の外側にいる人から差し出された箱を見て、立ち上がり近づいていく大輝。
「だ、大丈夫なの、大輝?」
「ん……分かんね、けど、言葉が違うみたいだし、ジェスチャーで会話するしかないっしょ」
周囲にいる人々は、身体や顔の作りは私達とそう変わらないように見える。強いて言うなら西洋人っぽい感じ。そして日本人よりも少し大柄だ。顔も頭もひと回りでかい。でもなんと言っても決定的に違うのは、色とりどりの髪の中から生えているケモ耳だ。
ネコ耳、イヌ耳、クマ耳、うさぎ耳……私に分かるのはそれくらい。あとは三角っぽい耳の細かな違いなど分からないし見分けなどつかない。
大輝は、差し出された箱の中から何かを勧められているようだった。
「え、この中からひとつ選ぶの? そう? えーと、どれでも良いの? んじゃ、これにするか。これで良い? あ、良いのね。じゃあ、これで決まり。え、着けるの? こう? そう? こんな感じ?」
なんてこった。
彼らの言葉は、私にはひとつも分からないし、大輝だって当然そうだろうに、彼はなんとなく雰囲気で会話をしているのだ。
なんて順応力が高いのだ。
「お……? おお! すっげー! 衣千花、こっち来て! これ着けてみろよ! これ装着すると、こっちの人の言葉が分かるぞ!」
キラキラと輝く瞳……というのがこういうものだと、私はまざまざと見せつけられた。
走って来た大輝に腕を引っ張られ、箱を持った人の所まで連れて行かれる。
箱の中身は動物耳であふれていた。
そう、大輝はクマ耳を選んで頭に装着していたのだ。
「衣千花にはどれが似合うかな? どれでも良いみたい。ネコ耳とうさぎ耳、どっちが良い?」
「えーと……どれか選ばないとならないの?」
「言葉が通じないと困るのは衣千花でしょ? 着けた方が良いよ?」
「……分かった、あんたとお揃いじゃない方が良いし、うさぎ耳は長くて邪魔になりそうだから、もっと小さいのが良い。これなんかネコ耳っぽいかな? でも普通の猫の耳よりちょっと大きい?」
「そうだな。こっちの猫は人と同様大きいのかな? それともサーバルキャットかな?」
大輝は私が指さした大ぶりのネコ耳を箱から取り出し、私の頭にポンと乗せた。そして脇に垂れるリボンをあごの下に回し、蝶々結びをしてニカッと笑う。
「ほら、言葉、分かるだろ?」
本当だ。
周囲の人たちがざわめき興奮している様子が分かる。
「え、巫女姫?」
「そうみたい。お前のことだろ、きっと」
「えええーーーっ!?」
「巫女姫様、そして従者殿、ようこそおいでくださいました」
慌てふためいていると、奥からすっと進み出てきたのは、まさに神官という名にふさわしい格好をしたイケメンであった。もちろん、愛らしいウサギのケモ耳はついていたけど。
** ** **
召喚の儀式が行われた召喚の間というのは、今いる塔の最上階だったらしく、階段を下りて客間のような部屋へ通された。そこで詳しく話を聞いてみた話を要約すると。
この国には、百年に一度大きな災害が起こるらしい。それはもうまさに天変地異と言うにふさわしいとのこと。代わりにその間の百年間は、人命が失われるほどの大きな災害にはみまわれないらしいので、日本とどちらが良いか比べてしまった。
この百年に一度の災害が、間もなくやってくると言う。
どれだけ準備をしても、避難をしても、逃れることが難しい。
そこで活躍するのが救助隊だ。
災害は、ひとつ始まれば次から次へと起こっていく。こちらで嵐がきたと思ったら、次は別の場所で噴火が起きる。それが落ち着かないうちに別の場所で竜巻が起こり、地震が来て……と、数日の間に次から次へと大自然の驚異が襲う。
水害、火砕流、火事や倒壊した家屋や割れた道路……そういったものに対処するため、この国ではかねてより様々な対策が取られてきた。
津波に備え、河川の氾濫に備え、火砕流の通り道やその下には街を作らず、火事や倒壊に強い建物を作り、割れにくい道路を開発し……様々な対応をしてきたと言う。
おかげでここ数百年は人的被害が最小限に抑えられているとのことで、本当に素晴らしい政策だと感心した。
ただ、毎回どうしても減らせない被害があると言う。
それが、救助隊の事故だ。
救助隊の仕事で危険なのは、被災者の救助、そして復旧作業だ。復興支援までいけば事故や二次災害はぐんと減るが、初期段階の救助活動と復旧作業は、災害が大きければ大きいほど救助隊の負担になる。
「そこで、巫女姫様のお力を貸していただきたく、失礼ながら召喚をさせていただきました」
イケメン神官は真っすぐに私を見つめてそう言った。
「ぐ、具体的には何をすればよろしいので……?」
「救助隊はおよそ千人います。その千人分のお守りを完成させていただきたいのです」
「お守り? 私に作れるの?」
「もう形はできあがっております。それに最後の仕上げとして、巫女姫様のお力を注いでいただければ完成品となります……こちらです」
イケメン神官が合図をすると、シスターのような格好の少女がこちらへ近寄って来た。平たい箱を持って恭しくテーブルの上に置くたれ耳犬の女の子は、こちらを見てポッと頬を染める。
彼女のキュートさが私のハートをズギュンと撃ち抜き、その愛らしさにしばし見とれたが、隣で大輝が息飲み緊張した様子を見せたのを感じ取り、慌てて箱の中身を覗き込むと。
「パ、パンツ……!」
箱の中には、色とりどりの女性用下着が入っていた。
「ぱ・ぱんつ……とは何でしょうか? え、下着? なんと、こちらは下着などではありません。頭部用の強固な守備力を誇る装備品です。これに巫女姫様の守りの力を注いでいただき、救助隊が頭部に装着すれば、彼らの事故や怪我の確率はぐっと減ることとなるのです」
イケメン神官の説明に、私は思いっきりパニックになる。
「え? え? パンツを頭にかぶるの? なに、変態なの? 私、変態の手伝いなんかしたくない、そもそもパンツに力を注ぐって、意味分かんないっ」
「衣千花、落ち着いて。これはパンツじゃなくてヘルメットだって説明があっただろう?頭巾かもしれないけど。ふたつ穴が開いているのは、こっちの人は頭上に耳があるからだと思う」
大輝の冷静な指摘に、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。けれども、まだ納得がいかない。
「でも、ご丁寧に真ん中に赤いリボンまでついてるし……」
するとイケメン神官が真面目な顔をして説明をしてくれた。
「これは神に捧げる祈りの印です。杯をふたつ、底の部分で合わせて横にした物です」
そしてイケメン神官は胸に下げたペンダントを、服の首元から出して見せてくれる。ペンダントヘッドは赤くて、逆三角形型カクテルグラスの持ち手の部分が極端に短くなったような形の杯をふたつ、底を合わせた物であった。
「ご理解いただけましたでしょうか。でしたら心よりお願い申し上げます。救助隊の生命を守るため、怪我の軽減のため、どうか、どうか巫女姫様のお力をお貸しくださいませ。彼らの命と身をお守りくださいますよう、お助けくださいませ……!」
イケメン神官から真摯な瞳を向けられて、否と言えるほど私は非常にはなれなかった。
** ** **
その後、居間のような場所に移動して、パンツ……もとい、頭部装備品に力を注ぐことになった。守りの力を注ぐなんてしたことがないのでやり方を聞いたら、前回召喚された巫女姫様も私と同じように小柄な体型で頭にケモ耳はついていなかったため、耳穴部分に両足を入れて念じるというやり方をしたらしい。祈りながらしばらく待つと勝手にパワーが充填されたとのことだった。一回につき一分弱くらいらしいのだが、千枚ともなるとやはり時間がかかり過ぎるため、前回は十枚ずつ穿いて流れ作業でこなしたらしい。
「って、やっぱり穿くんかい! ってか、なんで私なの!? なんでよりによって私が召喚されちゃったの!? なんの取り柄も特技もないのに!」
「うーん、なんとなく予想って言うか、想像できることはあるんだけど……衣千花、お前の名前のせいじゃないか?」
「え、名前?」
「そう。お前の名前は萩下衣千花だ。下衣は下着の意味もある。萩は『剥ぐ』に発音が似てるし、下着を剥いで、塔の上から花びらを撒くようにして千枚配る、って意味にも取れるなぁって」
「そんな滅茶苦茶な!」
あんまりだ。
一気にやる気を失った。
自分の名前に対して嫌な印象を持ったことはなかったけど、今日から嫌いになりそうだ。
「衣千花、理由はともかく、やるしかないんだ。もうあきらめろ。郷に入っては郷に従え、だ。俺らの常識は、こちらの常識にあてはめられない。これで救助隊の皆さんの怪我や事故が減るのなら覚悟を決めるべきだ。それに、俺はこちらの人達に感心してるんだ。今まで色んな異世界トリップ物を読んだけど、中には召喚した勇者や巫女に非常事態解決の役目を全部押し付け、そこに住む人々は何もしないで待ってるだけって話がいくらでもあった。魔王を倒せとか、ドラゴンを退治しろとか、何々を取って来いとか、自分達でやれよって思うことがいっくらでもあったんだ。そこへいくと、ここの人達は自分達の力で解決しようとしているし、災害に備えて事前準備もしている。そこにプラスで巫女姫の力を借りたいって言うんだ。それで人命が助かるなら、俺らは最大限協力するべきだ。どうだ、衣千花?」
大輝の言葉に、私はこくんとうなずいて顔を上げた。
「大輝、私も覚悟を決めた。なんでもどんとこいだよ! さ、パンツをどんどん持って来て! 端からバンバン穿いていくよ!」
「だから、パンツじゃないってば」
大輝の言葉に、部屋の人達みんなで笑った。
** ** **
私は前開きの長いガウンを着てその中に、上は家から着てきた部屋着のまま、下は自分の下着姿になった。大輝に見られると恥ずかしいので、後ろを向いてパンツ、もとい頭部装備品を穿いていく。十枚重ねて穿いたらおへその下……丹田と言われている部分に力を入れて祈りを込めた。しっかり穿くと、ちょうど丹田の辺りに赤いリボン、もとい神に捧げる祈りの印がくるのだ。
救助隊の人が命の危機に見舞われませんように。
怪我をしませんように。
二次災害が起きませんように。
そうして懸命に祈ってしばらくすると、十枚のパンツ、もとい頭部装備品がまぶしく光り出すので、そうなると完成だ。全部脱いで薄い箱に戻し、後ろに押し出すと大輝がその箱を受け取って部屋の隅に重ねていく。その際、中の光るパンツ、もとい頭部装備品をざっとたたむのだ。大輝がその役目をするのには理由がある。巫女姫が力を注いだパンツ、もとい頭部装備品は、現地の者が触れると中に込められたパワーをその者が吸い取ってしまうそうだ。入っている箱に触れるだけでもわずかに吸収してしまうそうなので、巫女姫の出身地から付き添ってきた従者が折りたたみ及び運搬係を務めるらしい。
そうして再び私は次々にパンツ、もとい頭部……もう面倒くさいからパンツで良いや……パンツを穿いて祈りを込める。
十枚ずつとは言え、合計千枚以上穿くのだ。とてつもなく時間がかかる。ずっと集中して祈っているのも大変だ。時折休憩をはさみながらこなしていくと、その日一日では終わらず、客間に案内されて一晩休んだ。
大輝とは続き間だったので知らない場所でも心細くなかったが、間のドアに鍵がかからなかったので少しだけ心配になった。でも大輝はそんなことお構いなしに、ニカッと笑って「今日はよく頑張ったな、しっかり寝ろよ」と言って私の頭をくしゃっとすると、サッサと湯を浴びて隣の部屋へ行ってしまったのだ。
ホッとしたのか、悔しいのか、分からない。
ちくしょーめ。
翌日、起きて朝食に向かうと「着替え、準備しといて良かっただろ?」と大輝がニヤリと笑いかけてきた。
その日も朝からぶっ通しでパンツを穿いては祈り、脱いではまた新しいパンツを穿いて、を繰り返し、お昼過ぎにはなんとか全て終えることができた。
** ** **
「今から、巫女姫様より直々に皆へ頭部装備品を賜る! 皆、巫女姫様と従者殿に感謝をし、心して受け取るが良い!」
私達は今、最初に召喚された魔法陣のある塔の屋上へ来ている。
最上階が召喚の間だったので、そこから階段で屋上へ上がったのだ。
イケメン神官の言葉に、塔の下に集まった千人の救助隊員の皆さんが「おおーーーーっ!」と一斉に雄たけびを上げた。その明るい笑顔に、皆の希望の光になれたのだと感じ、頑張ってパンツを穿いて良かったと心から思った。
救助隊員の皆さんは全員濃紺の制服を着ている。あちこちにポケットがついている機能的な作業服のようだ。これから彼らが災害現場へ救助と復旧に向かって頑張るのだと思い、胸が熱くなって自然に涙があふれた。
ガタイの良いお兄さんたちは皆一様に興奮していて、まるでライブ会場のようだ。そのガテン系の身体の頭頂には、もれなく愛らしいケモ耳がついているのだが。
「どうか皆さん、気をつけてください。人命救助も復旧作業も大切ですが、皆さん自身の身体も、掛け替えのない大切な物です。どうか怪我の無いように、二次災害に巻き込まれないように、心して災害現場に向かってください。私は、皆さんのご無事を祈ってこのパ……頭部装備品に守りの力を込めました。これが少しでも皆さんの身を守れるよう、心から願っています」
またもや野太い声が轟音となって周囲に響き渡る。
千人の屈強な男達が塔の下に集い、一斉にこちらを見上げて興奮をあらわにしている様子は、なんだか異様にも思えるが、自分ひとりにその視線と意識が向けられているのだと考えると身が引き締まる。このパンツを皆に渡すまでが、巫女姫のお役目だ。もうひと踏ん張り、頑張ろう。
大輝と目を合わせてうなずき合うと、彼が周囲に積んである箱をひとつ手渡してくれた。
私はその箱の中からいくつかのパンツをむんずと掴んで、塔の下にポイと投げた。
五枚の折りたたまれた光るパンツが空中でひらりと花のように開き、パァッと輝きを増して舞い降りていく。
これぞまさしく『衣千花』だ……。
わーっという大歓声と共に、制服集団の腕が一斉に宙へと伸ばされた。
誰がそれを掴んだのかと見ていると、幸運にも最初のパンツを手に入れられた数人が、喜び勇んで頭にかぶっているのが見えてしまった。
ふたつの穴に耳を入れてしっかりとかぶった途端、パンツは更に輝き、まるで祝福の光を放っているように見えた。
「衣千花、どんどん投げないと終わらないよ」
大輝の声にハッと気づき、慌てて次から次へと放り投げていく。
何十回と投げているうちに、塔の下にいるまだ頭部が光っていない救助隊員は、どんどん数を減らしていった。そして最後の五枚を、下にいる五人に向かって投げ落とす。
ラスト五人がパンツを嬉しそうに頭からかぶり頭部を光らせると、後ろに下がっていた千人が一斉にわっと湧いた。
あちこちで巫女姫を称える声がする。
私はやり遂げた。
お役目をきちんと果たしたのだ。
パンツを二日間にわたって懸命に穿き続けた苦労が報われる。
自然に涙があふれてきて。
思わず、周囲の声に負けないくらい大きな声で叫んでいた。
「みんな、元気で頑張ってねー! 怪我したらダメだよー! 応援してるから、帰国してもみんなの頑張りと無事を祈っているからねー!」
そして私と大輝はイケメン神官によって、元の場所、元の時間に返送してもらったのだ。
** ** **
まぶしい光がおさまって目を開くと、お尻の下のラグが光を失っていくところだった。
私達は帰って来た。
ちゃぶ台も座布団も勉強道具も、何ひとつ失われず。
たったひとつ変わったのは、着ていた服。
座布団の横に置いてあったリュックの中に入っていた着替えを着ているということ。
ああ、あともうひとつあった。
帰りしなに、イケメン神官からお礼のお土産をひとつもらったのだ。
イケメン神官とお揃いの、神に捧げる印が下がったペンダント。それを私の首にかけている。私があちらで皆に守りの力を分け与えたように、あちらの神様から守りの力を分けてもらえたらしい。大輝はそれを断って、何か別の物を受け取っていたようだが。
これだけが、私達が異世界へ行った証拠となった。
「さあて、どうすっかなぁ」
見ると大輝がスマホで何か検索を始めていた。
「何が?」
「俺さ、大学受験、やめようと思うんだ。専門学校、行こうと思って」
「そうなんだ」
「うん。前々から思ってたんだけど、俺、勉強嫌いだし。なんか今回の体験して思ったんだ。俺、みんなに喜んでもらえる仕事がしたい。感謝されるような、人の役に立てるような、そんな仕事。それって、大学出て一流企業に入社するとかじゃない気がする。だから、専門学校行こうと思って」
確かに、大輝にはデスクワークよりそういう身体を動かす仕事の方が合っているような気がする。異世界で見た、あの順応性の高さは素晴らしかった。次々と起こる事態への対応も凄かったので、適応力もあるだろう。彼ならどんな職業でもやっていけると思う。
「そうなんだ。分かった、応援するよ」
「サンキュー」
「それで、何の専門学校に行く気なの?」
「いやあ、それをこれから決めなくちゃ、なんだよなぁ。まったく当てがないから、まずは検索してみようと思って」
「えええーーーっ! そんな無茶苦茶な!」
「ま、俺ならどこでもやってける気がする。順応性の高さは自信あるし」
「う……ま、そうかも知れないけど……」
「それに、衣千花が大学に行くなら俺の方が二年早く社会に出ることになる。お前が社会人として歩く時に、アドバイスしてやれるぞ。お前って結構、流されやすいし騙されやすいから」
「ええっ!? そんなことないよ! 私、騙されたりしないもん!」
「いいや、すぐ騙されるね。感化されやすいって言い換えても良いけど。その証拠としては俺がどんな無茶言っても、説得力ありそうな説明するとすぐ納得しちゃうじゃないか」
そ、そんなことは……うん、身に覚えがあり過ぎる……。
「だからお前が他人から騙されたりしないように、一生きちんと面倒見てやるよ」
「えええ……」
一生、大輝とこんな関係が続くのか。
それで良いのかと自問する。
ふと見ると、大輝がにこにこしながらポケットから白く光る何かを出した。
「大丈夫、衣千花。俺には巫女姫様の最強お守りがあるから、誰にも何にも害されないよ。お前を守るのくらい簡単さ」
そう言って大輝は、光り輝く白いパンツを頭からかぶる。
「やめんか、変態いぃぃぃぃ! パンツかぶるなー!」
「パンツじゃないってば、頭部装備品、だろ?」
「そうだけど、そうなんだけど……納得できなーい!」
「大丈夫。ふたりとも最強のお守りを持ってるんだ。ふたり合わせたら、この先きっとなんでも乗り越えられるよ。一生、ね」
大輝の自信満々な顔にひるんで、自分の怒りがしゅるりと減っていくのが分かる。
そっか、そうだよね、私が一生懸命祈りを込めたお守り、だもんね。
私には神に捧げる印のペンダント。
大輝には巫女姫の祈りが込められたお守り。
ふたり合わせたら、きっとなんでも乗り越えられる……よね?
ちらりと大輝に視線を向けると、ちゃぶ台の上で私の手を握る彼は、穏やかな瞳で私を優しく見つめてくれていた。
彼の笑顔と頭部がまぶしかった。
end
こんなおバカな話を、最後まで読んでくださってありがとうございました。
何度も言いますが、「萩下衣千花」さん、実在されていましたらお詫び申し上げます。