八十八 自覚
「しかしなぁ、お前が泣いたところって初めて見たなぁ」
「う、うるさい……仕方ないでしょ」
父様と母様の胸の中で大泣きした翌日、朝ご飯の前に中庭で軽く訓練をしていた。
「いや、茶化しているわけじゃなくて、安心したんだよ」
「へ?安心?」
「いつも周りを気遣って辛い時でも泣く事ってなかっただろ。
精神的に大人だったからとは、最近分かったけどさ」
「ま、まぁね。そう言えばグレンも昔、悔し泣きしてたもんね?」
「あぁ、だな。あの時はありがとうな」
うーん、ちょっと気恥ずかしいから弄ろうとしたのに……。
そう真っ直ぐお礼を言われると、自分の大人気なさが強調されて尚更恥ずかしいや。
「ん?まだそんなに動いてないのに顔が赤いけど大丈夫か?
ここのところ色々あったし、体調悪いなら無理するなよ」
「いや、大丈夫大丈夫、問題ないよ」
「ふーん?」
グレンは徐ろに近付いてきて僕の耳を手の平で包む。
「ぴゃぁ!?」
「はぁ、ほら。やっぱり嘘じゃないか、額も熱いし、戻るぞ」
グレンは僕の手を掴んで館へと歩き始めた。
違うんだ、ほんとにちょっと自分が不甲斐ないなって思っただけで。
ああぁ、そんなに引っ張らなくてもちゃんと付いてくって!
……でも、何だろうな。
いつも気に掛けてくれたりとか、心配してくれたりとか。
素直に嬉しいんだけど何かこう嬉し……ん?あれ?
結局、体調が悪いわけではないというのは伝わったものの、今日の鍛錬は少し早めに切り上げて館に戻ってきた。
母様とグレンと三人で朝食を終えて、グレンは館の中を散策に、僕は母様の部屋に遊びに来ていた。
食後のティータイム、今日のメインはお土産で買ってきたアルトアカフェの店長、ガミエさん特製のブレンドコーヒーだ。
「ねぇ、母様」
「なぁに?」
「僕、グレンの事が好きなのかなぁ……?」
「あら……あらあらあら!まぁまぁ!」
一頻り驚いた後に、母様クスクスと笑い出した。
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」
「あ、ううん、ごめんね。悪気があったわけではないのよ。でもやっぱり自覚はなかったのね」
「え?」
「もう二、三年は掛かると思っていたのだけれど、まさか昨日の今日なんて、不思議なものだわ」
そう言うと、母様は感慨深そうに瞳を閉じた。
「性別の変わる条件の話──あれはね、自分と同じ性別の相手に恋をする事、なのよ」
「え?何を……あぁ!」
「だから、貴方にはちゃんと自分で自分の気持ちに気付いて欲しかったの」
そっか。確かに人から自覚のないうちに指摘されたら嫌だったかも……。
それに、そんな事をグレンの前で言われていたら恥ずかしくて死んでいたかもしれない。
まぁ、どうしても聞きたいって言っていたら、グレンには退室して貰っていたのかもしれないけれど。
「じゃあ、性別が変わったのにあまり違和感がなかったのは、恋をしたから?」
「あー、まぁ、そうね。恋って言うのはちょっと迂遠な表現だったわ」
「迂遠、ですか?」
「えぇ……相手との子供を作りたいと思うと身体が変わるのよ」
「ブッ!?」
コーヒーを口に含んだ瞬間に母様が特大の爆弾を豪速球で投げつけてきた。
周りに飛び散らなかったのを褒めて欲しい……顔はコーヒーまみれだけれども。
「子供を作りたいって自分が思ったから身体を変えるなら、違和感なんてないでしょう?」
「こ、こここ、子供って」
「あらら、随分初心な反応ね」
あまりにも明け透け過ぎて驚いただけです……。
って言うか、じゃあ僕は年端もいかない男の子と、子供を作りたいとか思ってるって事!?
あわわわわ、犯罪なんじゃ……でも、身体は同い年だし、後三年で成人だし、って、いやいやいや。
「な、なんかグレンに申し訳なくなってきた……」
「ミアンは何かと気苦労の多い性格ねぇ。良いじゃない、好きになったって。
グレン君を好きになるのは貴方の自由、そして貴方を選ぶかはグレン君の自由なんだから」
「そっか、そ、そうですよね」
にひ、と珍しく悪戯っ子のような笑顔を浮かべる母様。
普段とのギャップもあってとても素敵だと思います……嫌な予感しかしないけれども。
「それでいつ告白するの?」
「う、母様、性急過ぎませんか?」
「そうかしら、グレン君、素敵な子よ」
「それは、分かっています、けど」
うん、分かってる。高等部になれば、学園内で結婚相手探しをする子が増える。
高位貴族なら婚約者がいたり、庶民の出のグレンを狙う子は少ないと思うけれど……。
「もう、結構有名人だからなぁ、グレン」
「でしょう?」
力がある庶子なら婿に迎える貴族や豪商などはいる。
ましてや、あの歳で学園どころか冒険者全体で見ても上位に食い込む実力だ。
これから熱烈なアプローチを受ける事は想像に難くない。
……と言うか、既に一部の先輩からは声を掛けられているみたいだし……。
「で、でもだって、ずっと弟みたいだって思ってたつもりなのに。
な、何て告白したらいいのか」
「あらら……何でも器用にこなすのに、自分の恋愛事はてんでダメね」
「あぅ、面目ありません」
それに、と、自分の身体へ視線を送り、胸元に手を当てる。
成長途上で多少は肉付きが良くなってきたけれど、男好きのする体型ではない。
「後はこの胸の小ささだよね……って言うか、子供とか出来た時、大丈夫なのかな」
……ん?あれ、でも。あぁ、当時は自我がハッキリしていなくてぼんやりしていたけれど、母様には母乳で育てて貰ったよね。
ちょっと失礼だとは思いつつ、母様の胸部装甲をまじまじと見つめる。
今の僕よりはそりゃ大きいものの、やっぱり母様の胸も、正直なところ小さい。
母様は僕のそんな不躾な視線に気付いても、嫌な顔一つせずに余裕の表情だ。
「あら、大丈夫よ。ミアンも胸の大きさくらい自由に変える事が出来るようになるわ」
えっ、何そのびっくり人間。
「慣れれば妊娠してなくても母乳だって出せるわよ」
「何そのびっくり人間!?」
あ、声に出てしまった。
「夢魔の親戚だからかしらね?その辺は融通が利くのよ」
「えぇっ!?」
エルフの親戚じゃなかったんだ!?
……って、僕が勝手に思い込んでいただけで、母様からそんな話は一言も聞いた事がなかったね……。
なんだろう。起きたら性別が変わっていた、という事態より遥かに大きな衝撃だよ。
「えーと母様、僕の知る夢魔って、色々としなきゃいけない事があるんですが……」
「しなきゃいけない……?あぁ、そういうのは特にはないから安心していいわ」
あああぁぁ、もう、本当に安心しました。
「まぁ、ただ」
「ただ?え……母様?」
母様は椅子を寄せて近くまで来ると、耳元に口を寄せた。
「好き者、だけどね?」
「あ、う、あ」
「あらら、真っ赤になっちゃって」
一瞬で色んな想像が駆け巡ったよ!?
心臓に悪いから本当にやめて欲しい……。
「まぁ、前世の記憶があるって言っても私よりはずっと年下だし。
ふふ、あまりいじめるのは良くないわね」
「え"!?……聞いたことなかったけど、母様っておいくつなんですか?」
「それは乙女の秘密ねぇ」
でも、と母様は付け加える。
「本当に欲しいものは何をしても手に入れるのよ?後悔しても遅いわ。
これは、人生の先輩としての言葉よ」
「……はい、分かりました」
しばらく、更新が遅れると思います。
ごめんなさい。




