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八十七 鬼が出るか蛇が出るか

父様を交えて皆で楽しく夕食を食べたその後。

約束通り、別邸にある父様の部屋に、父様と母様、それに僕とグレンの四人で集まっていた。

普段は執事長てあるガイルがいつも父様の側に付いているのだが、今回は遠慮して貰った。


「さて、ミアンが人払いをしてまで話があるとは珍しいな」


まだまだ武人としての衰えは見せない父様だけれど、最近は少しだけ白髪も出てきた。

……あぁ、いや、50を手前にした歳だと考えれば随分若く見えるのだが。


「父様、わざわざこの様な場を設けて下さってありがとうございます」

「いやなに、大切な娘のためだ、なんて事はないさ。

ん、こほん!それで、話は……グレン君からかな?」


……ん?なんでグレン……?


「え、いえ、僕からです。グレンは立ち会ってくれているだけで」

「……ん?んんん?そ、そうなのか?ふむ」


あれ、何の話だと勘違いしていたのだろう。

誤解をさせるような事を言ったりしたっけかなぁ……?


「話と言うのは、その、えぇと」


何て、言ったらいいんだろう。

グレンに話した時はもう少しスムーズに言葉が出て来たのに。

頭だけが空回りして徐々に白く染まっていく。


そんな時、震えて温度を失った指先に、熱が宿った。

呆然としながら手を見れば、グレンの手が僕の手を包み込んでいた。

……本当に、君はいつも背中を押してくれるね。

いつか恩を返せる日は来るのかな。


うん、よし。


「父様、母様。僕には生まれた時から前世の記憶があります」

「なんだって?前世?改まって何かと思えば、どんな冗談だ?」

「……ジーア様、最後まで話を聞きましょう」


---


「で、お前の目的はなんなのだ?」

「……強いて言えば、世話になっているお二人に黙っていたくないという、僕の我儘(エゴ)です」

「本当に自分勝手なものだ」


僕の事は全てを話し終わった。

父様は僕に対しての警戒心を隠そうともせず、他人行儀で接する。


「ずっと俺達を騙していたとはな……」


まぁ……これは仕方がない。覚悟を決めていた事だ。

自分が手塩に掛けて育てて来た大切な子供に、実は何処の馬の骨とも知れぬ男の記憶があるのだ。

その嫌悪感と不気味さは察して余りある。受け入れて貰えると思う方が間違いだ。


でも、決して現実から目を背けない。

この話し合いがどんなに結果になろうとも、最後までしっかりと向き合うのが僕のケジメだ。


二人との縁が切れたとしても。

どんな罵声を浴びせられたとしても。


最後は今までの全てにお礼を言って、頭を下げて帰りたい。


「ジーア様」

「ソラス。話の途中だ後にしろ」


言葉を遮った母様に対して、父様は不機嫌な様子で一瞥し、僕へと視線を戻した、が。


「ジーア様」

「後にしろと言っている!話の最中だぞ!俺はこの男にッ」


父様は激昂し、今度こそ母様の方へと振り返った。


ッパアァァンッッ!!!!!


それと同時に、室内に響き渡る程の炸裂音がした。

僕は目の前で何が起こっているのか、理解が出来なかった。


「──ッ!?」


父様は呆然として、打たれた左頬に手を添える。

いつもにこにこと笑っている母様が、本当に怒っている表情を、父様を本気で叩く姿を、僕は生まれて初めて見た。


「ジーア、貴方は自分の子供が信じられないの?」

「子供だと?何を、言っている。

こいつは見も知らぬ男の記憶を持った──」

「それがどうしたって言うの!?」

「何だと?」

「今までずっと一緒にいた家族なのに違いはないわ!!

そうね、私もミアンの話を聞いて驚いた。でも同時に納得もした。

幼い頃から、この子は、とても賢かったから」


──この、子。


「ミアンが害意を持っていれば、私達は今頃生きてはいないでしょう。

野心があればファルガ様を押し退けてサンダーゲート伯爵領の当主の座だって奪えた。

結果はどう?

黙って、隠して、生きていく事も出来たのにわざわざ勇気を出して秘密を明かしているのよ?

家から追い出されるのも覚悟の上で……」


「ねぇ、ジーア。貴方は人の性格は顔に出るって言ってたわよね?

どんなに整った顔をしていても、内面が表に出てくるんだって。

この子は……貴方にとって邪悪な存在に見えるかしら?

私はそうは思わない。

この子は、私達がこの子を大事にしている以上に私達を大事にしてくれているわ」


あ。


「貴方は、目の前にいる自分の子供が、信じられないの……?」


あああ。


絶対に、受け入れて貰えても、受け入れられなくても、何があっても、冷静でいようと思っていた。

なのに、それなのに、瞳からはぽろぽろと止めどなく涙が零れ落ちてくる。


呆気に取られ、気の抜けたままの表情の父様と目が合った。


「あ、あぁ……そう、だったな。悪かった、ミアン。

動転していたなんて事は、言い訳にもならないだろうが……」

「いえ、そうっ、言って貰えるだけで、本当、に嬉しくて」


駄目だ、泣いちゃいけないって思っても涙は止まらない。

そうして、母様にぎゅっと抱き締められて堪えていたものが決壊してしまった。


「あ、うぁ、うあぁぁぁあぁあぁぁぁ!」

「今まで辛かったでしょう、大丈夫よ、何があったって貴方は私達の子供なんだから」

「あぁ、お前は俺達の子だとも。酷い事を言って、本当にすまなかった」


父様と母様に抱かれて、この世に生まれて初めて、本気で泣いた。

僕は最高の幸せ者だ。

こうして自分を受け入れて貰って、嬉しくて涙を流せるのだから。


「良かったな、ミアン」


うん。

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