七十二 初仕事4
バックヤードで準備をするアランと、軽く意識の擦り合わせをする。
彼には性別が変わった事を伏せておいた方がいいだろう。
元から男に見られなかったのに、後天的に性別が変わった挙句、男として振舞っているのだ。
全く、自分の事ながら複雑過ぎて変な笑いが込み上げてくる。
まぁそれは横に置いておくとして、僕はずっと、髪の長さを腰の上辺りで揃えていた。
だから成長をするに従って、特に学園外では私服になる事も相まって、男に見られる事が減って来た。
どちらとも言えない中性的な見た目の人間が髪を伸ばしていれば、そりゃ女として見られる事の方が増える。
結果として、訂正の必要がない場合はそのままにしている。
今回のガミエさんも同じ様な勘違いをしたのだろうが、折角用意して貰ったエプロンを性別が違うから変えてくれ、と駄々を捏ねるつもりはない。
特に今は一周年で忙しい時だ。変に気を遣わせるのも悪い。
「だから、暫くの間は性別に触れないで貰えると嬉しいです」
「そうですか……気を遣わせて申し訳ないです」
「いえ、僕が紛らわしい格好をしているのが悪いので。こちらこそ、ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げる。
男として扱われたいなら、男に見られる格好をするべきなのだ。
自ら髪を長く伸ばしておいて勘違いされて怒るのは筋が通らない。
「あ……ところでアランさん。不躾なのですが、今日は敬語抜きで話してくれませんか?」
例の一件で関わってから、アランと彼のパーティーは僕等に対して敬意を払って話をしてくれる。
その真面目さはとても好ましく感じるものの、今だけはそこを曲げて貰いたかった。
ギルドを介しているとは言え、今のアルトアカフェは僕達の雇い主だ。
更にアランは年上であり、ギルドの先輩にも当たる。
そんな彼が敬語を使って話をする姿は、周りにはとても奇異に映るだろうからね。
そう説明をすると、アランは不承不承といった様子で頷いた。
少しバックヤードにいた間に忙しさはピークを迎えていた。
やはり昼時からまで夕飯の前までが一番混むのだろう。
慣れない仕事も何のその、グレンは持ち前の頭の回転の良さと運動能力で獅子奮迅の活躍を見せていた。
僕も負けてはいられないね。
ガミエさんが珈琲を淹れてアランが軽食を作る。
僕とグレンがオーダーを取り、仕上がったメニューをテーブルへと運ぶ。
即席ながら巧妙な連携でお客様を捌いていく。
こうして上手く仕事が回っている瞬間の充実感が僕は好きだ。
お客様が優しい方ばかりなのも、上手く回っている要因の一つだろう。
並んでいる人が出ると、パッと席を立って会計をして帰っていくお客様を見ると、アルトアカフェは本当に愛されているんだなと思う。
トントン拍子に仕事は進んでいるけれど、やはりたまに問題も起きる。
「そうだろぉ!俺もあの青金街の箱は良い仕事をしたと思ってんだ!新入り、分かってんな!」
「俺、あそこで親方の仕事を見て弟子入りを決めたんスよ」
「おうおーう、そうかそうか。がっはっは!
お前は若いのに仕事を覚えるのも早い!良い職人になるぞぉ!」
と、年配の男性と若者の二人組は大層ご機嫌な様子だ。
特に親方と呼ばれている男性は、鬼族と言う種族であるのに加えて仕事で培われたであろう、大きな肩を揺らして大笑い。
仕事中の休憩らしく、酒が入っているわけではなさそうだが些か声が大きい。
特定の誰かに迷惑を掛けてはいないものの、注意する必要はありそうだ。
「あ、ちょっと待って下さい」
眉を顰めながら男性二人の元へ行こうとするアランを止める。
「ミア、ン。流石にあれは」
「僕が行ってきますから」
「しかし……では、はい。お願いします」
気遣わしげな表情だが、不満は飲み込んでくれたようで、ゆっくりと首肯した。
敬語に戻ってしまっているのは気にしないでおこう。
横から近付くと、赤銅色の丸太の様な二の腕に軽く指を添えて、話し掛けた。
「あの、お客様」
「ああぁ?なんだ?」
元々厳しい顔を更に怪訝そうに歪めた男性が僕に顔を向けた。
「青金街の建物と言うと、一年ほど前に出来た立派な建物ですか?」
「っ──お、おう、それだ!良く知ってんな!」
まぁ知っているという程ではなく、他クラスの商人の子が、青金街の新しい高層建築──とは言え現代とは違い十階建て程だが──に引っ越した、と話していたのを小耳に挟んだ程度だ。
「確か、一般住居用としては珍しく魔道エレベーターを備えているんでしたっけ?」
「おお!おお!詳しいじゃねぇか!そうなんだよ!」
「あはは。あ、少しだけ声のボリュームを抑えて貰っても?」
笑いながら両手を下にヒラヒラとさせると、男性の方もハッとした顔をした後、照れ臭そうに頭を掻きながら「すまねぇ」と謝った。
五分ほどその時の話を聞いた後、彼等は会計を済ませて席を立った。
「お前さんはいつもここで働いてんのか?」
「いえ、たまたま臨時で。でも良いお店なので、今度は客として来るかもしれません」
「そうかぁ……また来るからよ。客同士で会う事があれば一杯奢らせてくれよ」
「ありがとうございます。その時は是非」
二人をにこりと笑顔で送り出した。
気付かぬうちに
100,000PVとユニークアクセスが22,000を超えていました。
いつもありがとうございます。
遅筆ですが、これからもよろしくお願いします。




