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七十一 初仕事3


午前十一時に開店してから、すぐに何名かのお客様が来店した。

全員常連さんの様で、来店するなりガミエさんに口々におめでとうと声を掛け、ガミエさんも一人一人の名前を呼んでお礼を言っていた。


「ご注文をお伺いします」


しっとりとした佇まいの老夫婦に話し掛ける。


「一周年のセットを二つ、お願いするよ」

「畏まりました」


一周年のセットとは、件のカル・ムスクに軽食と甘味を合わせた物だ。

軽食はオムライスやサンドイッチの様な物と、甘味には特製のケーキが付く。

セットの価格は1000C(約一万円)

店側からしても、お客様からしてもご祝儀価格になっている。


「お客様もカル・ムスクをお召し上がりに来られたんですか?」

「うん?まぁ、私は珈琲に詳しい訳ではないので、お祝いをしに来た側面が強いかな。

どちらかと言えば、珈琲好きは妻の方だよ」

「へぇ」


スーツ姿の紳士は、柔和な笑みを浮かべて、妻らしき女性を見た。

歳を重ねているものの、小綺麗にしていて上品な装いの女性だった。


「こんにちは、可愛らしいお嬢さんね。貴方も珈琲が好きなのかしら?」

「こんちには。えぇ、嗜む程度に」

「そう……お名前はなんて言うの?」

「ミアンです」

「ならミアンさん、ご馳走するから、一緒に一杯いかが?

貴方、良いわよね?」

「えっ?」

「ああ、もちろんだとも」


ガミエさんと交渉をした老紳士に促され、あれよあれよという間に一緒に席に着いて珈琲を頂く事になった。

決して安いものではないし、そもそも僕、仕事中なんだけど、いいのかなぁ。

……いや、ガミエさんも許可を出してくれたんだけれども。


この老夫婦が今日初めてカル・ムスクのセットを頼んだお客様だ。

三杯分の珈琲を淹れるガミエさんの手付きは、高々一年とは思えない程鮮やかだ。

珈琲豆ががりがりと音を立てて挽かれると、内側に秘められていた香りが店中に広がった。


「うわ……凄く良い香り……」

「そうでしょう。ふふ、お湯を注いだ時の香りも、また少し違って良いのよ?」

「わぁ、わぁぁ!楽しみです」


年甲斐もなくテンションが上がってしまう。

……いや、見た目的には不自然ではないのだろうけれど。


「では、アルトアカフェの更なる飛躍と発展を願って」

「頂きます」


豆を挽いた時の香り、お湯を注いだ時の香り、そして、飲んだ時の香り。

どれも少しずつ違っていて、どれも素晴らしい。

口にちょっと含んだだけで麝香じゃこうの香りが鼻腔に広がり、ドライフルーツの様な枯れた甘味が口に広がる。

当然何も入れずに飲んでいるので実際の甘味は然程でもないし、苦味も酸味も感じるのだが、非常にバランスが良い。


「美味しい」


溜め息と共に、心の底からポツリと声が漏れた。

とても、とても美味しい珈琲だった。

……流石に、常飲は出来ないけれども。


「ええ、本当に。カル・ムスクは好きだけれど、ガミエの淹れる物はまた格別ね」

「あぁ、やっぱり。ガミエさんの腕が特別良いんですね」


そんな遣り取りを聞いていたガミエさんは、照れながらも嬉しそうな笑顔だ。


「元々ガミエは私達と付き合いのある商会に勤めていてね。

珈琲を含めた嗜好品を一手に任されていたんだよ」

「へぇ。じゃあその時に珈琲の勉強もされたんですね」

「商品の知識として勉強するうちに、珈琲の魅力に取り憑かれてしまってね。

商会は円満に辞して、付き合いのあったお得意様も懇意にしてくれているから、私は恵まれているよ」


この老夫婦も、元々働いていた商会のお得意様だったのだろう。

珈琲豆やその他の素材も勤めていた商会から卸して貰っているそうだ。

珈琲だけでなく、セットの甘味まで頂いてしまった。

グレンから羨ましそうな視線を感じるが、後で何かご馳走するから許してほしい。

これも仕事なのだ。……役得なのに間違いはないが。


そんな穏やかな雰囲気と共に時間は過ぎて昼時に差し掛かり、いよいよ忙しくなってきた時だった。


──ッカラカラカラン!


ドアが勢い良く押し開けて入って来たのは、愛嬌のある顔立ちをした青年だった。

膝に手を付き、肩で大きく息をしていて、相当急いで来たのだという事が見て取れる。


……ん?何処かで会っている様な、ってそれは置いておいて、接客しなければ。


「いらっしゃいませ、お一人ですか?」

「あぁ、いや、俺は」


視線が上がり交差する。

顔をはっきりと見た事で、彼が誰なのかが分かった。

以前利き腕を治療した冒険者の少女と同じパーティーの青年だ。


「え、あれ?ミアン、さん、でしたよね?……何でおん」


余計な事を言われる前に、パン!っとわざと大きな音を立てて手を叩いた。


「わ、偶然ですね。アランさん?」

「え?えぇ……」

「今日はギルドで依頼を受けて、此方で働かせて頂いているんです。

アランさんは一周年のお祝いに来られたんですか?」

「依頼で、ですか!?うちに?」


えっと、うち……って、まさか。


「おはよう、アラン。ミアン君と知り合いなのかい?」

「あ、父さん。ごめん、寝坊して」


やはり、ガミエさんの冒険者の息子さんだったらしい。

いやはや世間って狭いなぁ……。

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