五十八 中等部三年
漸くです。
入学をしてから五年が過ぎた。今年で僕は十二歳になる。
前世で言えば小学校の六年生になる歳だが、ほんと、周囲の精神的な成熟が早くて驚いてしまう。
僕が本当に小学校六年の頃は、もっと子供っぽくて無邪気に遊んでいた気がするんだけれども。
寮では相変わらずグレンと同室で、持ちつ持たれつ、上手くやってきた。
高等部に入れば個室になるので、相部屋は今年度までだ。
「おーい、ミアン、起きろー」
「ん、んん、まだ、眠、ぃ」
僕はどうも眠くなると前後不覚になるようで、眠る前や起き抜けは、自分でもよく分からない行動に走る事がままある。
まぁ概ね寝相が悪かったり、周囲にある物を抱き枕にしたりする程度で人に迷惑を掛けるようなものではない。
五年間寝食を共にしているグレンは慣れたもので、起こそうとする外敵を布団の魔力の中に引き摺り込み、虜にしようとする僕の手を上手く払い除けて、逆に布団を剥ぎ取った。
「うぅ、グレンのおに……」
「はいはい。そろそろ起きないと、朝飯食えねーぞ」
「ご飯、食べる。ん、ん?あ、グレン。おはよぅ」
目を擦りながら起き上がると、伸びを一つ。
すると、こちらを見て怪訝そうに眉根を寄せるグレンがいた。
なんだろう。涎でも垂れているのだろうか。
口元に手を触れるけれど、そんな様子はない。
目ヤニでもないし、寝癖が酷いわけでもなさそうだ。
「どーかした?」
「いや……お前、なんか雰囲気が──えっ?」
グレンの視線が僕の顔から胸元を何度も往復する。
なんだろう、と疑問になって僕も胸元に目をやる。
寝相が悪くて寝間着が少し肌蹴ているね。
おや?なんか胸が腫れておる。なんじゃこりゃ。
触ってみると、すべすべした水袋を触っているような感触と、触られている感触が同時に脳みそに入ってきた。
その感覚は間違いなくおっぱいなのだが、何故?
目の前にいるグレンはというと、口を魚類のようにパクパクさせて間抜けな顔を晒している。
……まぁ、間抜け面は僕も似たようなものだろう。
「あー?うん、えーと、なんか、なにこれ?」
「いや、なんか俺、寝惚けてんのかな?ミアンが女に見える」
そう言うと、グレンはごしごしと目を擦った。
「はは、僕もそう思う……」
眠気を振り払いながら、のたりのたりと洗面室に入り、鏡を確認をしてみれば、小さいながらしっかりと胸があり──下半身も、完全に女性のものとなっていた。
成長をしても容姿があまり変わらなかった僕は、見た目はほぼいつも通りであるものの、瞳の色だけは父様譲りの深紅から深い紫水晶を思わせる色に変わっていた。
前代未聞の状況の中で、僕は思った以上に冷静だ。
寧ろ僕よりもグレンの方が狼狽えている。
そんなグレンはさて置いて、僕が若干落ち着いているのは、二、三年前に里帰りした時、母様から渡された手紙があるからだ。
自分の身体に変化があって、困った時に見なさいと言って渡されたものだ。
渡された時はてっきり二次性徴の事かと思っていたけれども、母様はこれを予見していたに違いない。
手紙を読めば、やはり性別が変わってしまった原因について書かれていた。
普通のエルフより耳が短く、身長も小柄な母様と僕の種族は、思春期を迎えた時に性別が変わってしまう事があるという。
近くにいる相手に合わせて変化するようだ。
グレンが近くにいたからか、もしくは、男子寮という環境そのものが影響したのかもしれない。
大体の場合、性別が変わるのは一度だけなのだけれど、周りに合わせて何度か変わるケースもあるようだ。
──という事は、どうしたら良いんだろうなぁ。
性別が変わったからといって、例えば女子寮に移ったら今度は男子に戻ってしまうんじゃないだろうか。
女子寮に移った後で男に戻ったら……想像するだけでも恐ろしい。
まぁ、一人で悩んでも仕方がないから先生に相談かな。
「あの、ミアン。その、大丈夫か?」
「ん、何が?」
「何ってそりゃ……え、俺がおかしいのか?」
眉間を抑えてぐりぐりと揉んでいるグレンは放っておこう。
どうするにせよ、さっさと準備をして、学校へ行かねばならない。
朝ご飯も食べてないし。
取り敢えず制服に着替え──って、あー……このまま着替えるのは青少年の情操教育上、良くないか。
僕自身は見られてたって気にしないんだけれども。
「グレン、着替えるから、ちょっと出てって」
「あ、あぁ、悪い」
グレンは慌てた様子で洗面室から出て行った。
大した変化はないと思っていたのだが、制服に着替えて端々が変わっている事が分かった。
こんなんでも色々と違うものなんだなぁ。
なんと言うか、ズボンがちょっとキツイ。
それからまだブレザーを羽織る季節で良かった。
上着がなかったら、いくら押さえ付けても胸元が目立つところだ。
「おかしいところはあるかな?」
「大体いつも通りだな──つか、結構大事だと思うんだが、反応が淡白な」
「ま、変わっちゃったものは仕方がないよ」
「その程度なのか……」
「それにグレンが慌ててくれたから、なんか安心しちゃってさ。さ、朝ご飯を食べに行こう?」
「あー、おう」
よし、それじゃまずは腹拵えに食堂へ行きますか。
何事もお腹が空いてちゃ始まらないやね。




