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五十六 救出


そろりそろりと首を近付けるバジリスクに対して、僕とグレンは目を合わせて一つ頷くと、即座に散開した。

ワンテンポ遅れてバジリスクが僕達の居た場所に噛み付くと、僅かに首を傾げた。

1/100スケールなら可愛かったかもしれないが大きさが大きさだけに不気味である。


散開する直前に、空気を人の体温程度に温めて滞留させておいた。

僕らが移動した後に、態々そこを攻撃をしたのならば……。

蛇と同じ様に温度を感じられるのか、それともこの世界独自の魔力を感知しているか、その何方もか。

見た目はコブラに似ている癖に生意気である。

とにかく、遮蔽物は役に立たなさそうだ。


「特殊な感覚器官を持ってるから気を付けて!」

「分かった!」


バジリスクの注意は、グレンに向いている。

距離を取った僕に対して剣を主に使うグレンが一番近場にいるからだろう。

そのグレンはと言えば、前方は牙による噛み付き、後方は尻尾による薙ぎ払いがある為に、側面に張り付くよう動いている。


動き回るグレンはバジリスクの後脚を中心に狙っているみたいだ。

ミノタウロスと戦った時と同様、火を使った魔法は控えた方がいいだろう。

水を圧縮し、レーザーの様に撃ち出す。目標は隙だらけの側頭部だ。


「むぅ……」


なのにも関わらず、バジリスクは首を捻って軽く避けた。僕の事は意にも介していないようだ。

水の温度は外気温と対して変わらないはず……魔力の感知をしている線が濃いかな。


それならばとバジリスクがグレンを追って方向転換しようとしたところで、前脚の下にある地面を陥没させる。

顔を少し下に向けた辺り、魔法の発動は感知したようだが、何が起こるかまでは想像出来なかったらしい。

バジリスクは見事に足を取られ、少しばかり体勢を崩した。

流石に苛立った様子で顔を此方へ向けて、大口を開けて威嚇して来る。

それだけではなくプシッという音と共に薄黄色の液体が噴射された。


うげ、と口の中だけで呟く。

一直線に飛んできた液体は避けたものの、液体の掛かった後方の植物が煙を上げて溶けた。

当たった時の事を想像するとゾッとするね。

どうやら強力な消化液を飛ばすことが出来るらしい。距離を取っていても安全ではないようだ。


だが僕の方に気を取られている間にグレンが魔力を練り終えた。

バジリスクも勘付いた様だが、遅い。

袈裟懸けに振り下ろされた剣が、強固な鱗を物ともせずに後脚を切断した。


鮮血を撒き散らしながらも、バジリスクはグレンに噛み付こうとするが、地面から岩槍を生やして阻止する。

顔に当たっても仰け反らせるのが精一杯だが、比較的鱗の柔らかい腹部などは力が分散しないのもあって貫通した。

生命力が高いようで、貫かれながらも岩の剣山から抜け出そうと藻搔くが、岩槍を潜り抜けたグレンが、その首を落とす。


「グレン」

「おう」


僕の探知範囲にはファラとローセスと思わしき二つの反応がある。


道中には事切れたゴブリン達が転がっていた。

大きな木の根元に、身を隠すようにして二人は居た。

僕の目がまず捉えたのはローセスの背中だった。


「ローセス!」

「──ッ!?ミアンか!?」


ローセスは弾かれるようにして振り返ると、くしゃりと表情を崩した。

──あれ、ファラの反応が、ない?


「ファラは?」

「じ、実は」


ファラはローセスの陰に横たわっていた。

一瞬、不吉な想像が頭を過るが、ファラの胸が微かに上下するのを見て安堵する。

しかし、意識がないようで全身傷だらけだし、痛むのか表情も険しい。


ローセスが事の次第を説明しようとするが、手当が先だ。

回復の魔法を使うには傷の確認が必要になる。

幼いとは言え女の子だ。男子生徒の前でみだりに肌を見せるわけにはいかないだろう。

その為、グレンにローセスを任せて、少し離れて貰った。


全身の擦過傷、いくつかの切り傷、打ち身……しかし、この辺りはそこまで酷くはない。

一番酷いのはお腹に残る大きな裂傷と痣だ。肋骨や内臓にもダメージがあるかもしれない。


傷に手を当てて回復魔法を行使する。

相手の魔力に合わせなれけばいけない分、通常の魔法より遥かに集中力を使う。

ましてや、これだけの大怪我の治療は、久し振りだ。


傷が塞がるに従い、苦しそうだった呼吸も落ち着いてきた。

もう大丈夫そうだ、と心の中で安堵していると、ファラが薄っすらと目を開いた。


「ぅ……?」

「大丈夫?」

「え、ええ」


ファラは首肯すると、ハッとした表情に変わる。

飛び起きそうだったが、飛び起きると身体に障るので起きられないよう身体を抑えた。

それでも腹筋に力を入れた時に傷が痛んだようだ。ファラは眉を顰めた。


「痛……」

「まだ完全に治ってないから、落ち着いて。もう危険な事は何もないよ」


ゴブリンの王はバジリスクに殺され、バジリスクも屠った事を伝えると、身体の力を抜いてくれた。


「ミアン、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

「ゴブリンキングが居て、バジリスクが居て。

絶望的な状況だったけど、二人なら助けに来てくれるんじゃないかなって思ってた」


そう言って笑ったファラは、いつもの大人っぽさは鳴りを潜めて、歳相応の可愛らしさだった。


ひと段落ついたところで、ファラとローセスに事情を聞いた。

二人の話によるとゴブリンの王と遭遇した後、ファラとローセス、引率の教師一名は囮としてゴブリンの王達と交戦を開始。

この間にもう一人の教師と生徒四名は、戦場から無事に離脱出来たようだ。


適当なところで逃げようとしたものの、バジリスクが乱入してきてしまったらしい。

不意を突かれた教師は、ここでバジリスクにやられてしまったようだ。

恐怖に駆られて攻撃を開始したゴブリン達にバジリスクの注意は逸れたのだが、頼みの綱である教師が目の前で食い殺されるのを見たローセスは硬直してしまった。

ゴブリンを薙ぎ払う為に繰り出された尾撃に巻き込まれかけたローセスを庇い、ファラが負傷。

再起動したローセスがファラを守りながら這々の体で戦場から逃げ出した。


「犠牲になった先生は残念だったけれど……二人が無事で良かったよ」

「ともあれ出口に向かおうぜ。先生方も探してるだろうからな」


僕等四人は顔を見合わせ頷くと、出口へと歩き出した。


「──?」


ふと、何気なく森の奥へと目を向ける。

当たり前だが、微風そよかぜに吹かれる木々があるだけだった。

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