五十五 緊急事態
異変が起こったのは、帰投時刻の少し前だった。
Aクラスを皮切りに各クラスの後半組が泡を食ってベースキャンプに戻って来たのだ。
教師陣はあまり目立たないように情報を交換しているが、何分慌てているせいかたまに声が大きくなったりしている。
生まれ変わってから良くなった聴覚に身体強化、それに風を操ると丸聞こえだ。
『──ゴブリンの王が?そんな馬鹿な』
『情報が錯綜しているから確かではないが……』
『王だとして、何故住処から出て来る?』
『分からん……が、供を連れて大移動しているようだ』
『領土を増やすためか、ゴブリン同士の抗争に負けたか』
『どちらにせよ厄介だな』
『強さは大したことなくとも数が多い。生徒達が心配だ』
『とにかく、準備が出来たクラスから退避を──』
ふむぅ。
魔物の大移動と言うと、グレンと一緒に灰色狼の集団とかち合った時を思い出す。
あの時はミノタウロスの番が生息域を外れて来たのが原因だったけれども……。
先生方は生徒達に不安を感じさせないよう、点呼を取って避難させようとしている。
Aクラスは全員揃ったようだ。じきに移動を開始するだろう。
『各クラス、状況はどうだ?』
『Hクラス4班、引率1名と生徒2名が戻って来ていません!』
『何?』
『ゴブリンの本隊と遭遇したらしく、散り散りになった模様です』
『引率は何しているんだ!戻って来ていない生徒の名前は!?』
『ファラとローセスと言う生徒です』
『そう、か。彼らは優秀な生徒達だ……きっと生きている。
闇雲に捜索しても意味がない、私は捜索隊を編成する。
お前達は避難誘導を頼むぞ』
ファラとローセス──あの二人がゴブリンから逃げられない筈がない。
他の生徒を逃がすために囮になっているか、不測の事態が起こったか。
何れにせよ嫌な予感がする。
助けに向かうか?
生き残る自信はあるし、二人を見つけ出す自信もある。
でも……僕が無闇に動けば先生方が困惑するだろう。
大人に任せて避難するべきだろうか……?
「おい」
「え?」
気付くと、隣にグレンが立っていた。
「さっさと行こうぜ」
「え、いや、でも」
「ん?行きたくないのか?」
グレンは怪訝そうな顔で首を傾げる。
なんだかんだで、僕の性格をよく分かってるよ。
でもそれならこの懊悩に気付いてくれてもいいだろう。
「行きたいけど」
「だろ?」
そう言うと、とんでもない速さで駆け出して行ってしまった。
この、馬鹿め!
心の中で悪態を吐きながらも、口角が上がるのを止められなかった。
オウルに一声掛けて、ベースキャンプを飛び出してグレンを追い付く。
魔法で隠蔽を掛けた事もあり、先生方は事態の把握と対応に忙しくて、僕達が抜け出した事には気付かなかったようだ。
「道案内は頼んだ」
「僕が来なかったらどうするつもりだったの……」
「や、来ただろ?」
「あぁ、もう」
魔力をソナー代わりにして辺りを探る。
まだベースキャンプに近いせいか、僕が探知出来る範囲に二人は居ないみたいだ。
ゴブリンの斥候を避けながら奥地へと進む。
一度演習で森に入っていた分、通るルートがなんとなく分かるのは不幸中の幸いだ。
「──ゴブリンの本隊っぽいのがいる」
「二人は?」
「いや……その場には居ないけど、待って。
なんだろう、こいつ」
ゴブリンの本隊が何かと戦っているみたいだ。
その相手は──以前戦ったミノタウロスより、大きい。
「取り敢えず行ってみようぜ。近くにいるかもしれないし」
「……分かった。もし手に負えなさそうなら、遠回りして探そう」
戦場に近付くに従って血の匂いが辺りに充満し始めた。
木陰に隠れて様子を伺うと、そこは戦場と言うよりも狩場に近い。
ゴブリンキングは体長二メートルはありそうだ。
身体も筋肉が浮き出て見え、装備から何から通常のゴブリンとは一線を画す。
周りに控える側近達も、魔法を使える者に剣技に長ける者がいるようだ。
しかし──相手の体高は七メートルはある化け物。
コブラとトカゲを足して割った様な見た目をした四つ足の怪物の名前は、バジリスク。
いくら王とその側近でも、ゴブリンでは相手にならないだろう。
「あれどう思う?」
「出来りゃ無視して二人を探したい、が」
「うん、気付かれてるね」
バジリスクは狩りを楽しんでいたのだろう。
猫が獲物を甚振るように……。
巨体からは想像出来ないほどの速さでゴブリンキング達を一口で喰らい、新たな獲物へと、正確に鼻先を向けた。
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