五十三 実戦演習1
またもや予約投稿日付を間違えていましたorz
入学してから早二ヶ月。クラスメイトの顔と名前も一致してきた。
今日はクラスの行事で、王都の外へ出掛ける事になっている。
馬車を使って目的地の森まで行き、散策をして教師引率の上で、ゴブリン等の低位な魔物との戦闘をこなすのが主な目的になる。
当たり前だが、六歳ではゴブリンとの戦いはおろか、王都から出た事のない生徒は少なくない。
剣や魔法などを使った戦闘訓練はしていても、実戦経験はないのだ。
それだけあって、男子生徒の士気はかなり高い。
必死に訓練をして鍛えた力がどれほど通用するのかが気になるのだろう。
逆に女子生徒は不安げな雰囲気を出している子が多い。
ただまぁ、ネヴィスは除く。とは言え、戦闘を前にしてワクワクしているかと言えばそうでもない。
実戦経験もあるようでゴブリンにはあまり興味がないようだ。
ネヴィスにとっては手応えがなさ過ぎるのかもしれない。
現在は森の中を班になって歩いている最中なのだが、ネヴィスは特に意気込みも怖気付いたりもせず、のんびりとした様子で話し掛けてくる。
同じように一緒の班になったオウルも一見、変わった様子はないように見える……が、たまに手と足が同時に出たりしているから、緊張はしているようだ。
「あー、オウル、大丈夫?」
「うん」
「緊張してる?」
「うん」
「……ダメだね、これは」
「うん」
半ば意識が飛んでいるんじゃないだろうか。
それなのに、ここまで無表情を保っていられるのも凄いね。
……と言うか、表情筋が無表情なまま完全に硬直して、動かなくなっているだけだろうか。
虚ろな目で遠くを見て歩くオウルの顔の前で手を振っても、やはり反応はない。
大きな音が出るように手を叩くと、びくん、と大きく身体が跳ねて、漸く視線がこちらに向いた。
「あ──え?僕、あれ?」
「何か、あったんじゃない?」
「え?」
「オウルの緊張の仕方は、普通じゃないよ。
だから、前に"何か"あったんじゃないかなって」
何となく、未知に対する恐怖や緊張ではないんじゃないか、と思った。
具体的に知ってしまっているからこそ、恐怖も大きくなっているんじゃないだろうか。
「何、か?」
「そう……例えば、過去に魔物と遭遇した事があるんじゃない?」
オウルは困ったように眉尻を下げて、俯いてしまった。
「うん──あるよ。学校に入る前に、一度だけ」
「ん」
「誰か怪我したりとかはなかったんだ。けど──」
少し、話し辛そうにしながら語り出した。
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オウル曰く、一年ほど前の事。遠出をする父親に、商売の勉強の為に付いて行ったんだそうだ。
遠出とは言っても近隣の街へ行くのに大仰な部隊は必要なく、護衛はベテランの冒険者が一人。
それに、当時からオウルが魔法の才能に溢れていた事は父親も知っていて、オウルも自信を持っていた。
今の実力を見る限り、オウルなら低位の魔物などに遅れを取る事はないだろう。
そんな道中で、灰色狼の群れに襲われた。
ベテランの冒険者にとっては驚異にもならず、危なげなく処理が出来る範囲だ。
しかし、年末に試験を控えたオウルと父親は、冒険者に実践経験を積ませたい、と申し出た。
難色を示した冒険者だったけれども、依頼主にどうしてもと頼まれて、オウルと灰色狼が一対一で戦えるように舞台を整えたらしい。
オウルは油断も慢心もなく剣を構え、父親は心配していなかったようだが──
灰色狼が飛び掛かってきた瞬間に全てが吹き飛んだ。
例えば、自分にとっては取るに足らない子犬や小型犬であったとしても、飛び掛かって来たら恐怖を感じないだろうか。
ましてや、向けられるのは敵意と殺意で濁る瞳。
剥き出しになった牙を突き立てられれば、格下である灰色狼でも、自分を殺傷するに足りるだろう。
……その恐怖感は想像を絶する物だった。
オウルは恐怖から逃れる為に、ただ我武者羅に持てる力の全てで風の魔法を放つ。
手加減なく撃たれた殺戮の刃が灰色狼を細かな肉片へと変えた。
慣性の法則に従って、その肉片と血潮はオウルに降り注ぐ。
茫然自失となるオウルが、顔にへばり付いた何かを手に取ると……それは、先程まで自分に向けられていた、濁った瞳だった。
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「酷い臭いと、その光景に思わず吐いてさ」
オウルは話の途中から涙を流し、歪に口角を下げている。
「視界の端で駆け寄って来た父さんが踏ん付けた心臓が、血を撒き散らして、二回か三回か、震えたんだ。
まだ、それが生きたい言っていっているみたいで。
僕は、命を奪ったんだって事と、一歩間違えば、自分がそうなってたんだって事を実感して……泣き喚いて気絶したんだ」
「そう、なんだ」
「ミアンは、魔物と戦った事は、ある?」
彼は救いを求めるような、こちらを窺うような目で僕を見ている。
「あるよ。最初は僕も、泣いて、吐いた」
「今は?今はどうなの?」
ん──なんて、答えるべきかな。
僕は割り切った。
そもそも、昔だって実感がなかっただけで、生き物を殺して生きて来たのだから。
だから自分が生きる為ならば、魔物を殺して糧にだってする。
自分や大切な人を害するのであれば、相手が人間であっても躊躇はしない。
「オウルはどうしたいの?」
「どう、って?」
「僕は、魔物を殺す事を躊躇わない。そう決めた。
……でもね、無理に克服する必要もないと思う」
「え?」
言っている意味がよく分からないのか、オウルは首を傾げた。
「えーとね」
仕事なんて、それこそ数えきれないほどに沢山ある。
楽で楽しいだけの仕事なんてないけれども、仕事の中で楽しさを見付けられない、苦しいだけの仕事なんて続けられるわけがない。
そんなの大体挫折する。
オウルにとって、もし生き物を殺す事がどうあっても苦痛であるなら、別の将来を目指せば良い。
例えば、魔道具作りをするなら自分で戦う必要はない。
自分に合った形での社会貢献を考えれば良いのだ。
と言う事を、出来るだけ簡潔に分かりやすくなるように伝えると、オウルは曖昧に頷いた。
まぁまだ将来の事なんて漠然としていて、具体的なイメージなんて浮かばないだろうし、頭の片隅に置いて貰えればいいな。




