四十三 休日2
演目が開かれるホールの中に入ると、その広さと大きさに目を瞠った。三階建ての大ホールだ。
開演までまだ少し時間があるせいか、席は半分ほどしか埋まっていない。全席指定席なのでチケットに書かれている番号の席に座って、開演を待った。
「グレン、公演中はトイレに行き辛いから、行くなら今のうちだよ」
「お前は俺の母さんかよ……けど、まぁ行ってくるわ」
「はいはーい」
僕はぷらぷらと手を振ってグレンを見送ると、手元にあるパンフレットに目を落とした。
今日の公演の役者紹介や、この劇場で公演予定の別の演目のチラシなどなど。
こう言うものに目を通していると、待ち時間も意外と早く過ぎてしまうのだ。
……あれ?王子様役が二人……あぁ、子供時代と青年時代と、時間軸が分かれているんだ。
僕と同い年くらいかな?それに、やはり同じ年代の女の子も出るみたいだ。
この劇団のアレンジが加えられているのだろう。
有名なお話でも劇団や演者によって結末が違う、なんていうのも、一つの楽しみではある。
「ただいま」
「お帰り、あれ、どうかした?」
「ん、なんか……いや、なんでもない」
「?」
グレンは釈然としない表情で席に着いた。
なんだろう、と疑問には思ったけれど、なんでもない、と言う以上あまり無理に聞いても仕方がないか。
「そう、まぁ言いたくなったら言ってよ」
「ああ」
時間になって照明が落ちると、導入部分の語り部となる女性が出てきた。
スポットライトが当たる女性は、服装からすると使用人のようだ。
『遥か昔に栄えた、ヴァルハラー帝国。
その国の王子様は、聡明で、とても思いやりに溢れた方でした』
そう言うと同時にライトアップがされ、大きな音楽と共に多くの人が踊り出した。
兵士や使用人に扮した男女十数人が、ダンスと共に歌を披露する。
その瞬間に、ブワッと全身に鳥肌が立った。うん、やっぱりプロは凄い。
歌とダンス、そして普通の台詞を交えて物語は進んで行く。
『アイシア!花を編んで冠を作ったんだ!』
『まぁ、素敵。きっとアインス様にお似合いだわ』
出てきた二人は幼い頃の王子様と、最初に出てきた使用人の娘のようだ。
パンフレットの女の子はこの子だね。しかしこの子、天然ボケをかますなぁ。
『あはは、何を言っているの。これは、アイシアに作ったんだよ』
『えっ!?私にですか?』
そう言うと、王子様はアイシアと呼ばれる女の子に、花冠を被せた。
そうすると、また音楽と共に二人がダンスを踊り、愛を歌った。
いやー……上手い子はほんと、小さな頃から上手いんだよねぇ……。
歌と踊りが終わると、王子様は誰かに呼ばれて、袖にはけた。
『でも、私は……使用人の子……』
アイシアがそう呟くと、暗転して場面転換だ。
ちらりとグレンの様子を窺うと、少し難しい顔をして劇を観ていた。
まぁ、楽しめているのかな?
それから二人は成長をした。
役者さんも変わり、メインキャストである王子様も麗しい青年になった。
そんな時に帝国に悲報が舞い込んだ。
世界の果てから湧き出した悪魔が、帝国を襲撃してきたのだ。
被害は広がり、兵士や勇猛な将軍、そして無辜の民が犠牲になってゆく。
帝国は窮地に立たされたのだ。
もはやこれまでか、と思われた時に奇跡が起きる。
使用人の娘、アイシアが、女神として覚醒したのだ。
王子様とアイシア、そしてアイシアに付き従う天使達。
女神の加護を得た王子様は、破竹の勢いで悪魔の軍勢を蹴散らして、本拠地に乗り込む。
殺陣も非常に素晴らしい。これに関しては本職も多いこちらの世界は凄まじいクオリティの高さだ。
そうして最終決戦の前。
『アイシア、この戦いが終わったら、俺と結婚して欲しい』
おおう、盛大な死亡フラグを立てるなよ。
『ああ、ああ、嬉しいです。アインス様。
でも、私は使用人の娘なのです』
『そんな事は関係ない!俺の側にいろ。アイシア』
王子様はそうしてアイシアを抱き寄せると、軽く触れるキスをした。
『……はい、アインス』
アイシアは、王子様の胸の中でこくりと頷いた。
うーん、胸が暖かくなって、こういう展開は好きなんだよなぁ。
最後の戦いは熾烈を極め、強力な力を持った天使達も一人、また一人と戦場に散ってゆく。
苦心の末に王子様とアイシアは悪魔達の王の元へ辿り着き、最終局面を迎える。
『悪魔の王よ、何故世界を滅ぼそうとする!』
『くはは!知れた事!貴様らは世界を蝕む害虫よ。
虫共を駆除して何が悪い』
悪魔の王を演じる役者さんは、んー、竜化した竜人さんかな?初めて見た。
個人差はあるんだろうけれど、身体が大きくて、悪魔の王役がぴったりとハマっている。
『この世界に住む人達は、害虫などではありません!』
『ふん、偽りの女神が。害虫共の親玉よ。揃って消え失せるが良い!』
『消させたりはしません!この世界は、私が守る!』
そうして、戦いは、終わった。
悪魔の王は王子様に倒されて、世界には平和が訪れた。
アイシアの、女神様の犠牲と引き換えに。
『泣か、ないで、アインス』
『そんなの、無理だ。無理だよ、アイシア』
『覚え……て、る?』
『な、何を?』
王子様かそう言うと、舞台の奥にライトが当たり前、二人の子供が出てきた。
さっきの、幼い頃の王子様とアイシアだ。
『これは、アイシアに作ったんだよ』
『アインス様……』
『僕はね、アイシアが好きだ』
『私もです。アインス様が幸せなら、私は幸せです』
『ふふ、嬉しいよ』
照明は、手前の二人に戻ってきた。
『アインス。貴方の、幸せが私の幸せなの、笑って、笑顔で、ね?』
『ああ、くそ、ちくしょう……ちくしょう……』
それでも無理をして笑顔を作ろうとする王子様。
泣き笑いの様な、歪な笑い方だ。
『ふふ、私は、いつまでも、貴方達を、見守って──』
アイシアが強い光を放って、姿が消え失せていた。それと同時に、裏にいた子役の二人もいなくなっていた。
壇上に残ったのは、王子様ただ一人。
『また、またいつか会おう。アイシア……』
そうして、暗転し、一番最初に出てきた使用人の女性が、エピローグを話す。
うん、なんかこうなる気がしてました。
んで、僕は非常に涙腺が弱いので、絶賛崩壊中です。
「お、おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。だけど、うぅぅ。グレンは悲しくないの」
「心が、少し、痛かったが……いや、でも泣き過ぎだろ」
「ううう、うるさい」
くそう、グレンめ。
「悲劇的な話は卑怯だよ。喜劇の方がいいよ、うー」
ぐすっ……あー、うん。ようやく落ち着いてきた。──けれども、あれ?
舞台の上で演者紹介が行われているんだけれども、なんか、演者さん達が困惑している?
それに、メインキャストであるアイシア役の人が出てこない。
そうしているうちに、アイシア役の人が来ないうちに演者紹介も終わり、幕が下りた。




