三十 合格発表
明朝、僕とグレンは合格者を張り出した掲示板の前にいた。
無事に合格者に名を連ねることができたようで一安心だ。
こういうのって、まず大丈夫だと思っていても、確認するまで不安になるのは僕だけだろうか。
ちなみに隣にいたグレンは涼しい顔である。
合格者は学園の職員に誘導されて、儀礼式典などに使われる大広間へ通された。
周囲には見知った顔もある。
「ミアン!」
輝かんばかりの笑顔で走ってきたのは、ローセスだった。
その様子が尻尾を千切れんばかりに振ってる大型犬を連想させる。
ローセスも合格できたようで何よりだ。
「ローセス。おはよう」
「あ、おはよう。……あぁ、いや、それより!
ありがとう、お前のお陰で合格できたよ!」
「ローセスの努力が結実したんだよ。僕はほんの少しお手伝いをしただけ」
「もちろん努力はしてきたけどさ。それでも、ありがとう」
「……ん、どういたしまして」
ローセスは真っ直ぐで、輝くような瞳を向けてくれる。
僕は、会話は技術だと思っているタイプだけれど、こうして純粋な気持ちから出た言葉が力を持って人の心を打つ、という事は忘れてはいけないと思う。
そう言えば、話を聞くところによるとローセスも貴族なのだそうだ。
貴族街に住むグレイゲラフ伯爵家の長男。
ローセス=グレイゲラフ。
黒髪に赤褐色の瞳を持つ彼は、きっと、長男という重圧に耐えながら試験に臨んでいたのだろう。
「そろそろ席に着かないとダメだな」
三人でお喋りに興じていたら、思った以上に時間が経っていたみたいだ。
周りを見渡せば、それぞれが席に着いており、立って話をしている人は大分少なくなっている。
僕達も別れて自分の指定された席へ座った。
合格おめでとう、から始まった学園長の話──意外な事に軽い枕と要点を述べた、簡潔なものだった──を聞き、これからの日程が説明された。
卒業式の後に寮が空くようで、三月の後半になれば入寮出来るみたいだ。
今日は入学の手続きと、入寮の希望書の提出と……意外にする事が多い。
まぁ一度地元に帰った後にまた手続きに来るなんて、よほど近くの街で暮らしていない限りは難しいからなぁ。
必要な手続きは滞りなく終わり、次に王都へ来る時は来年の三月。
そして、入学すれば今まで生きてきた年数より多くの時間を、この学園で過ごす事になる。
「なんか、あっという間だったな」
「一週間くらいなのに、色々な事があったね」
「王都に着くまでの道程まで考えたら、更になぁ」
「確かに……ふふ、帰り道にも何かあったりしてね」
あ、これってフラグになるのかな?
サンダーゲート領の都市、ロイグを離れてから二週間と少し。
たかだかその程度の期間なのに、異様に濃い日々だった気がするなぁ。
「しかしまぁ、これでティーナ村の皆に胸を張って報告ができるな」
「そうだね、きっと喜んで貰えるよ。僕も父様と母様に吉報を届けられて一安心だね」
ただ残念ながら、入学試験の結果は一番ではなかったけれども。
新入生代表の挨拶は、最も優秀な成績を収めたファラになった。
学力試験は満点、戦闘試験では試験官を降し、魔法試験でも非常に優れた技術を披露したようだ。
更に最終試験では凄まじいカリスマ性と人望を見せ付けていた。
コツコツと言葉を交わして人間関係を作らなければならない僕には、ほんの僅かなコミュニケーションで沢山の人の心を掴んでしまう、ファラのようなカリスマ性は、ない。
「……ところで、ずっと思ってたんだけどさ」
「ん?」
「ミアンって感情の変化が分かりやすいな」
なぬ……?そんな馬鹿な。
前世では人と接する仕事に慣れてきた頃から、ポーカーフェイスは得意になった、筈だ。
そりゃ、ちょこちょこ表情は変化するけれども、大体は意識して表情を作っているのだ。
「それだよ、それ」
「それ?……って、どれ?」
顔を指で指されても良く分からない。
思わず首を傾げる僕に、グレンは手を伸ばして──
「ぴゃぁっ!?……って、何をするんだよ!」
耳を摘まれた。
「何かあるたびに耳が良く動くんだよ。嬉しければ、ぴこぴこ上下に動くし、ヘコむと下がるし、分かりやすいわ」
「な、なん……だと……!」
「あぁほら、驚くとピーンとしたまま固まる」
う、うおお、マジか。ずっと気付かなかったぞ……。
しかも……これ自分の意思じゃ全然動かせないじゃないか!
呪いのアイテムかよ!
「表向きの顔色は変わらないのに、耳だけやけに感情豊かで面白かったんだが……まぁ、やっぱり気付いてなかったか」
「全然、気付いて、なかった……」
こうして、王都グローミュート滞在は、人生最大の驚きと共に幕を閉じたのだった。




