十二 出立
僕は今、鏡の前に立っていた。
母様譲りの金糸の様な髪は、肩甲骨までの長さがある。
そのままにすると動き辛いので後頭部で縛ってポニーテールにしておく。
切らない理由は父様が悲しむからなのだけれど──なんでなのかは分からない。
丈夫な繊維で出来た服に、動きやすさを重視した革鎧を着けてマントを羽織る。
後は必要な物を収納したマジックポーチと剣を腰に差して準備完了だ。
……うん、鏡の中の立ち姿は一端の冒険者に見える。
同年代と比べても身長が低く、めちゃくちゃ子供っぽく見えるところ以外はね!
「ミアン、準備は出来た?」
「はい、母様」
目の前でくるりと回ってみる。
母様は満足気な顔で頷いた。
「うん、可愛い、可愛い」
なんでやねん。
と、口には出さずに心の中で突っ込む。
「下でアンロさんが待っているわ。ちゃんと言うことを聞くのよ?」
「はい」
アンロさんはサンダーゲート伯爵家と昔からの付き合いがある商人さんである。
母様は一緒に王都グローミュートには行かないが、かと言って完全に一人で放り出すわけにはいかない。
そこで、乗り合い馬車の経営もしているアンロさんに、僕も一緒に連れて行って貰えるように頼んだのだ。
「おはようございます。アンロさん、今日からよろしくお願いします!」
「おはようございます、ミアン様。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう挨拶を返してくれたのは恰幅の良いちょび髭のおじさんだ。
服装や装飾品は決して華美ではないけれど、その所作は美しい。
「ミアンをよろしくお願いします」
「ええ、必ずグローミュートまでお届けします」
乗り合い馬車が停めてある場所までは歩きだが、発車時刻までは大分余裕がある。
……と言うか、商会長であるアンロさんが置いて行かれたら……あ、うん、逆に面白い。
置いて行ってしまった人はお目玉だろうなぁ。
なんて一人でおかしくなって忍び笑いをしていたら、変な目で見られてしまった。
「それでは行ってきます!」
「ええ、気を付けてね」
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慣れ親しんだロイグの街を歩きながら、しげしげと見渡す。
この街と暫しのお別れ、なんだなぁ。
まぁ取り敢えずは試験が終わるまでだから、一ヶ月くらいだけれども。
乗り合い馬車の発着場に着くと、乗るべき馬車は既に用意がされていた。
長旅にも対応していて、収容人数は少ないものの、椅子は柔らかく屋根が付いていた。
「立派な馬車ですね」
「いえいえ、伯爵家で使われている物に比べれば、貧相でお恥ずかしい限りです」
アンロさんは頭を掻くと朗らかに笑った。
それでも恐らく、乗り合い馬車の中ではかなり良い物なのだろう。
うーん、両親には恩がどんどん積み重なっていくなぁ。
暫く待っていると厩舎から馬車を引く馬が連れてこられ……馬、というかそれは一見、亀に見える生き物だった。
大きな身体は強靭な鱗に覆われ、特徴的な棘のある甲羅を持っていた。
恐ろし気に感じる見た目だけれど、円らな瞳が愛嬌を感じさせる。
目を見開いて驚く僕に、アンロさんが自慢気に話をしてくれた。
「あれは地走竜と呼ばれる魔物です。
怖そうな外見をしていますが、あれで大人しい性格なんですよ」
「はぁ〜、初めて見ました」
「そうでしょう。……なんでしたら、少し触れてみますか?」
「良いんですか?というか、噛まれたりしません?」
まぁ噛まれるというか、僕くらいならパクリと食べられてしまいそうだ。一口で。
「えぇ、ああ見えて草食ですし、よく教育もされています。行ってみましょう」
アンロさんは地走竜を連れてきた御者の人と一言二言話をすると、僕に向けて手招きをした。
僕が地走竜の目の前まで近付くと、ニュゥと首を伸ばして、すんすん、と匂いを嗅いだ。
頭に軽く手を置くと目を細めた……うん、ちょっと可愛い。
「ミアン様は好かれたみたいですね。
ちなみに嫌われると、首を高く伸びしてそっぽを向かれますよ」
「あははは、分かりやすいですね」
「さて、そろそろ出立の時間ですね。馬車に乗り込みましょう」
「はい」
馬車に乗り込むと、僕とアンロさんは並んで座る。
出立直前とあって僕達の他にも何人かのお客さんが座っていた。
御者の人が声を上げると、ゆっくりと馬車──竜車?まぁ馬車でいいか──が動き出した。




