十 二年が経って
忙しい時間はあっという間に過ぎて、僕は六歳になっていた。入学試験までは残り三ヶ月。
日頃の訓練の成果で、十分な実力がついてきたとあって母様と一緒であれば、という前提がつくが、魔物の出る森への立ち入りを許されている。
魔物が出るとは言っても街の近くでは低位な魔物しかいないし、危険な魔物が出ればギルド所属の冒険者や父様の騎士団が征伐をしているので危険度は高くない。
まぁ奥地には危険な魔物もいるし、どんなに格下の相手であれ油断は禁物である。
矢を番えて弓を引き絞る。
僕が狙っているのは、人型の魔物で半人半犬の俗に言う コボルト達である。
体長は個体差が大きいものの、約百五十センチメートル程で、成人男性に匹敵する筋力を持つ。
知能はさほど高くないが、鼻が良く、何匹かの集団で狩りをする習性がある。
一対一なら新人の冒険者でも討伐は容易なのだけれど、大体の場合は複数で現れるので、駆け出しは二人以上のパーティを組む事が推奨される。
発見したコボルトは五匹の群れ。
隊長と思わしき大きめの個体が集団の中心になり、四匹が斥候に出ているようだ。
最初にリーダーを落としておきたいけれども、一匹がこちらに歩いてきていて、難しい。
よって、まずは手近にいるコボルトから仕留める事にする。
身体の周りに風を纏わせ、更に射線上の空気の流れを止める。そして一呼吸を置いて──射つ。
風魔法の補助を受けた矢は真っ直ぐに飛んで、一番近くに居た一匹の頭蓋を貫通して、鏃が反対側から飛び出したところで止まった。
貫かれたコボルトは矢を受けた勢いのまま大きな音を立てて倒れる。
音に気付いた隊長格が短く吠えて残りの三匹を纏め、息絶えた一匹に向かってきた。
まだこちらの場所は把握されていないか……あと一射は出来そうだ。
同じように弓を射て、先頭に居た1匹を撃ち抜いた。
相手も警戒していたから、すぐ射線から此方の居場所を特定されるだろう。
弓はマジックポーチ──魔法が掛けられ、見た目不相応なほど物が入る鞄──に収納をし、足元に置いていた剣を手に持って茂みから飛び出した。
魔法によって強化された身体は、前世とは比べ物にならないほどの速度でコボルトに迫る。
まだ事態に追いついていないコボルト達の頭を飛び越して奥にある木に着地。
踏み台にして、一番奥にいたリーダーへ斬りかかり、その頭を落とした。
更にこちらへ振り向き掛けた個体の腹を捌き、奥にいる個体へ蹴りつける。
仲間の身体をぶつけられてよろめいた最後の一体の心臓を剣で貫いて、戦闘終了。
……自らの手で初めて殺した魔物は、ゴブリンだった。
あの時は命が失われて濁って行く瞳と、横たわる身体から流れる血液は、想像より遥かに強い衝撃を僕に与えた。
生きるためにはしなければならないけれど、その時の喪失感は忘れられないし、忘れたくはない。
「母様、終わったよ」
「ええ、お疲れ様」
母様はその時も一緒にいたが、口元を抑えて震える事しか出来ない僕を見て、抱き締めたりはせず、声も掛けず、ただ側で見ているだけだった。
それを薄情だと思う人もいるだろうか。
でもきっと、僕が現実を受け止めて立ち上がるのを、辛抱強く待っていてくれたのだろう。
暖かい言葉や人の温もりに逃げてしまえば、僕のためにならないと思って。
余談になるが、この世界の生き物には魔核が備わっている。
魔法の触媒や武具に使われたりするのだが、取り出すにはどうしても胸を開かなければならないのだ。
最初のゴブリンは母様が解説をしながら解体をしてくれた。
深窓の令嬢という雰囲気を醸し出す母様が血に塗れているのは、あまりにあんまりなギャップで、何故か笑いが込み上げてきたのは秘密だ。
この作品で初めて評価を頂きました。
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