殺意の輪郭
「四番線、電車が参ります。白線の内側まで―――」
週末の駅のホーム。飲み屋帰りのサラリーマンたちのアルコール臭が鼻をつく。今日はこの夏の最高気温をたたき出したらしい。ひしめく人間たちが作り出す駅の空気は、夜になっても気だるい熱を帯びたままだ。
自分の頬を汗が滴るのが分かる。こめかみから噴き出した汗は驚くほど冷たく、熱にやられそうな頭にかろうじて冷静さを保たせた。肩から掛けたバッグの中に手をやる。手がそれに触れる。冷たく感じた汗よりも、さらに何倍も冷たいそれは、逆に自分から冷静さを奪っていく。
自分の前方を見る。四人のサラリーマン集団。その中の一人の男に視線をやる。
喧噪ひしめくホームの中で、ひときわ大きな声を出している。酔いの回った高い声が耳につく。今日がいかに暑く、自分がいかに大きな人間か、を滔々と語っている。だらけたスーツ姿、ネクタイはしていない。背中からはシャツがだらりとのぞき、顔はこれでもかというほど赤く染まっている。
バッグの中のナイフを固く握りなおす。自分は今日、この男を殺す。今朝から何度目になるだろうか、再度自分自身に対し、念を込める。後戻りはできない、そう言い聞かせる。今日しかない、そう信じ込ませる。
右方向から光が差し込む。電車がホームに滑り込んでくる。ファンッと甲高い音が聞こえ、黄色がかった蛍光灯の光が何両も目の前を通り過ぎる。車体がゆっくりと止まり、ドアが開く。大量の人間を吐き出した車両は、新たな人間たちを飲み込んでいく。
その男が電車に乗り込んだ。自分も後を追おうとした。
しかし、足が動かない。アスファルトのホームからは、立ち上る熱気が顔まで伝わってくる。が、自分の足はその場で凍りついたようにピクリともしない。さきほどまでホームに立っていた人間は、皆電車に乗り込んだ。焦る。身体が動かない。呼吸すら、しているのかどうかさえ判然としない。男を見る。車内を照らす黄色い蛍光灯がまぶしく、視界がぼやける。頭が重い。汗がひく。喧噪すら聞こえない。意識が遠のく。
バッグの中で握っていたはずのナイフがない。手に伝わっていた冷たく、凍てつくような感触がない。
ドアが閉まる。足は動かない。電車が動き出す。音は聞こえない。光が遠ざかってゆく。夜の闇の中で、確かに輝く車両の明かりがぼやけ、霞み、溶けていく。息苦しい。
「―――――」
倒れそうな感覚と、薄れていく意識の中で、なにかが聞こえた気がした。
「―――――」
分からない。音がしている、という感覚だけ、かろうじて理解できた。
「――――か」
もう自分が立っているのか、倒れているのかもわからない。ただ、音だけが聞こえる。
「――なのか」
声。男か女かも分からないが、声が聞こえる。不鮮明で、歪な声。重い頭になだれ込んでくる。
意識が消える。さっきまでの夜の闇よりもさらに濃く、深い闇の中へ身体が溶けていく。
声はもう聞こえない。