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本日二話目の更新です。
いつもより少し長めになってます。
人も魔物もその戦いに近寄ることが出来ない。
戦場でぶつかりあった二人の魔人は、周囲を圧倒しつつ戦い続ける。
「魔人の裏切り者め! この魔人殺しの魔人がぁぁっ!」
ダゴスがその爪を振るうと、腐食の毒が衝撃波とともに放たれる。
それを背中に生えた翼で吹き飛ばすルルカ。
「お前達の仲間じゃない。目ざわり」
ルルカもまた異形の姿へと変貌していた。
燃えるような赤い髪は文字通り炎に包まれ、
その背中には同じく燃える翼を羽ばたかせる。
両手両足は複雑な模様が浮かび上がり、ドクドクと脈打つ。
それは複合された魔法陣。
ルルカの両手両足はいつでも魔法を打ち出す砲台と化すことが出来る。
戦いは明らかにルルカが優勢だった。
ダゴスの攻撃など意に介すこともなく、
その両手から生み出される熱線がダゴスの身体を削っていく。
魔人としての格の差をありありとみせつけられ、ダゴスは歯ぎしりする。
その時、地面に影が差した。
「まったく、不甲斐ない。しかたないから加勢してあげるわ」
その声とともに、数十本の刃がルルカに降り注ぐ。
その全てを触れる前に焼き尽くすルルカ。
「おぉ、マルジュア様」
ダゴスは歓喜の声を漏らす。
その傍らに降り立ったのは、青い髪を地につくほどに伸ばした少女。
間違いなく美少女と呼べる顔だちでありながら、
その瞳に宿る禍々しい妖気が見る者の心を凍てつかせる。
両手は凍結したように霜が降りており、常に霧を纏っている。
水晶で出来たかのような透明な翼を持ち、下半身は巨大な蛇身を晒していた。
「ちょろちょろと嗅ぎまわってうっとおしいのよ。この場で始末してあげるわ」
マルジュアは両手の指に氷の刃を生みだすと、
その蛇身をくねらせてルルカに接近する。
それに続くようにダゴスもその巨体で突撃をかける。
「お前達に用はない」
ルルカは両手から熱線を放ち、二体の魔人を狙い撃つ。
それをマルジュアの生み出す氷の壁が遮る。
お返しとばかりに、マルジュアの凍てつく爪が
ルルカを切り刻もうと高速で繰り出される。
しかしその氷の爪はルルカの翼で叩き折られていく。
「ふんっ、うっとおしいわね!」
マルジュアは悪態をつくと、すぐさま爪を復活させた。
その横合いからダゴスの腐食の爪が襲いかかる。
「こちらのセリフ」
ルルカの両手足の模様が激しく脈打つと、
それぞれが激しい炎に包まれる。
極炎の魔法を維持し継続させる、近接攻撃魔法。
炎を纏ったルルカの激しい乱打がマルジュアとダゴスに襲いかかる。
一撃一撃が凶獣クラスならば即死させるほどの攻撃。
二人の魔人を相手取っても、ルルカは対等以上に渡り合う。
「お前達よりも強い魔人がいるはず。さっさと呼べ」
「バルハイを呼びつけようなんて、身の程を知りなさい!」
ルルカの炎の突きをマルジュアの氷の壁が遮る。
構わずたたき割ろうとルルカが一歩踏み込んだ瞬間、
横合いからダゴスの剛腕が振るわれた。
ガキィィィンン!!
その腐食の爪をカラルの蒼鬼が遮る。
「でかぶつ。お前の相手は俺がしてやる」
「人間風情が!」
自分の攻撃が人間に防がれ、逆上するダゴス。
その剛腕に腐食の毒を乗せて嵐のように振り回す。
それを冷静にかわしつつ、鋭い突きをダゴスに放つ。
カラルの槍は蒼いオーラを纏い、的確にダゴスの身体にダメージを蓄積させていく。
片腕を失っているとはいえ、
魔人である自分と互角以上に渡り合う人間に苛立つダゴス。
「人間がこれほどの力を……もしやクワドラプルと呼ばれるものか!?」
「ほぉ、魔人にも知れ渡ってるとは光栄だな」
ダゴスは目の前の存在に、魔物達の侵攻が遮られている原因を悟る。
魔人に匹敵するほどの力を持つものとして、クワドラプルの存在は知っていた。
半分は誇張された噂だと思いながら。
しかし目の前の男の存在に、噂は本当だったと思い知らされる。
「ぐうぅっ、おのれぇおのれぇっっ!」
ダゴスは怒りの咆哮をあげるも、
カラルは淡々と読み、捌き、攻撃を繰り返し続ける。
「ふんっ、クワドラプルが混ざっているなんてね!」
マルジュアはダゴスの咆哮を聞いて、ダゴスが劣勢だと悟る。
同時にクワドラプルの存在も。
マルジュアは歯噛みする。
もともと戦闘に参加したのはダゴスを手助けするつもりではなく、
バルハイにいいところを見せようとしただけ。
それなのにダゴスは思っていた以上に弱く、ルルカは思っていた以上に強かった。
おまけにクワドラプルの存在。
「許さない、許さない、ゆるさない、ゆるさない!!」
マルジュアの長い髪がザワザワとうねり、
大きく束となると六本の蛇の形へと変化する。
その髪の束がまるで生きているかのごとく、ルルカに襲いかかる。
さらに両手の氷の刃をより鋭く、
より頑強にコーティングしてルルカに振り下ろそうとした。
ジュッ!!
マルジュアの氷の刃は、ルルカに振り下ろされる前に炎の鳥に蒸発させられる。
「ぐぅっっ!! 誰よ、邪魔するのは!」
更なる攻撃を警戒して、ルルカから距離をとるマルジュア。
炎の鳥が飛んできた方を見れば、一人の赤いドレスの女性が立っている。
「多勢に無勢でわるいわね。けど魔人相手には全力で倒しに行かせてもらうわ」
グリティーヌが周囲にいくつもの炎塊を浮かべる。
その一つ一つがさきほどの炎の鳥を生みだす卵であった。
「……お前もクワドラプルってわけ?」
マルジュアはその力量に、ほぼ確信を持って言葉をかける。
その言葉に笑顔で返すグリティーヌ。
(ついてないついてないついてない!!
なんでクワドラプルが二人もいるのよ!
人間ごときが! バルハイに嫌われちゃう!!)
頭の中で怒りと憎悪と苛立ちが膨れ上がる。
支離滅裂な思考のまま、マルジュアは攻撃しようと身を乗り出して――
「ゲームはここで終わりかな」
少年の声でその動きを止めた。
「バルハイ!」
「バルハイ様!」
その少年の姿を見ると、すぐさま二人の魔人は戦いをやめてその傍らへといく。
「残念だけど、僕らの負けみたいだね。
もっと拮抗した戦いを見れると思ってたけど、
クワドラプルが二人もいるなんて予想外だよ」
まるで残念な様子も見せずに、微笑みを浮かべるバルハイ。
一見普通の少年にしか見えないその存在に、カラルとグリティーヌは眉をひそめる。
ただ一人ルルカだけはその身に魔力を溜める。
「魔物達もずいぶんと減らされてしまった。
集めるのに手間がかかったんだけどな」
周囲を見回すバルハイ。
魔物も人間もみなバルハイの存在に呑まれたように動きを止めている。
カラルとグリティーヌは二人の魔人を従わせる姿に、
昨晩のルルカの言葉を思い出す。
「災害級ってわけか……」
強さの底が見えない。
カラルは相手の心を読もうとするも、すぐさまそれを放棄する。
(こいつ……普通に話しながら、頭の中は破壊衝動しかねぇぞ……)
心を読もうとして、逆にこちらが精神ダメージを受けかねないほどの負の感情。
こんな思考をした相手は、人や魔物を問わず初めてだった。
グリティーヌもまた警戒を最大レベルまで引き上げる。
(上位竜でもここまでの威圧は感じないんだけど……
見た目が普通なだけに不気味ね)
「じゃあゲームはおしまいってことで……ここからは蹂躙の時間だよ」
その言葉を発した瞬間膨れ上がる、圧倒的なプレッシャー。
少年の身体が徐々に異形の身体へと変化し始める。
「消し飛べ」
誰もがバルハイの威圧に呑まれていた中で、
ルルカだけがその両手に溜めていた膨大な炎の魔力を解き放つ。
それは極太の熱線となって、バルハイを消し飛ばさんと突き進む。
あまりの熱に、周囲で固唾を呑んで見守っていたもの達も激しい熱さを感じるほど。
身体を変化させながらただ見つめるバルハイ。
熱線がバルハイを飲み込む瞬間、異形の口を大きく開けてその熱線を喰らった。
「なっ!?」
無表情だったルルカの顔が驚愕に包まれる。
回避されるでもなく、防御されるでもなくただ喰らう。
無傷で己の最大の攻撃を無効化したことに、
ルルカは悪い夢でも見ているような思いに囚われた。
「ふふっ、別に美味しくもなんともなかったけど、君のその顔が見れて満足だよ」
そこには少年の面影はすでになく、異形の魔人の姿となったバルハイが立っていた。
顔は獰猛な獅子の如く、金色のたてがみを風に揺らす。
身体も金色の毛で包まれ、その手足は筋肉が盛り上がり巨大な体躯と化している。
背には二対の翼を生やし、尻尾には三匹の毒蛇が蠢く。
「次は来ないのかい? それじゃあ次はこちらから――」
「させないわよっ!」
グリティーヌが周囲に浮遊させていた炎塊を一度に孵化させる。
数羽の炎の鳥が四方からバルハイへと迫る。
それをまるで蠅を追い払うように手を振るってかき消す。
「なっ!?」
その炎の鳥、一羽一羽が凶獣クラスの魔物を
炭化させるほどの威力を秘めている。
だというのに、目の前の魔人にとっては手で打ち払う程度の攻撃でしかない。
その事実におのれとの力量差をまざまざと感じさせられる。
「少し時間もあるし、クワドラプルもまとめて相手してあげよう」
バルハイはその巨体では有り得ないほどの速さで、
グリティーヌに向かって駆ける。
その凶眼に捉えられ、グリティーヌの心に恐怖が宿る。
それでもかろうじて炎の壁を生みだしてバルハイを遮ろうと試みるが――
「ひっ!」
グリティーヌはまるでスローモーションのように、
バルハイが炎の壁を突き破りその鋭い爪で自分を引き裂こうとする姿を見つめる。
刹那、その視界に黒い影が飛び込んでくる。
ガガガッッッ!
グリティーヌの目に飛び込んできたのは、激しい衝撃音を上げながらも、
その攻撃を防ぎきる漆黒の女騎士。
「はぁぁっ!!!」
同時にバルハイの眼に映る、白銀の鎧の女騎士。
白銀の輝きを放つ剣をその爪で防ぐ。
「こんのぉぉぉ!!!!」
さらに続く紫電の輝き。鋭い突きがバルハイの腹部を貫かんと突きだされる。
それに呼応するかのようにバルハイの尻尾の毒蛇が振り払われ、その突きを弾く。
ブオォンッッ!
凄まじい風切り音をあげてバルハイに放たれる輝く矢。
頭部を狙ったその矢を首をひねって回避する。
「ふんっ、まだ威勢の良い者が残っていたみたいだね」
バルハイはその顔に喜悦を浮かべて、自分に挑んでくる者達を見回す。
白銀の騎士に漆黒の騎士。槍を構えた軽装の戦士に、弓矢を構えた女。
こちらに向かってくる杖を持った女と白いドレスの女。
どれもみな、自分の力を恐れることなく挑もうとしている。
「ふふっ、もうしばらく時間がかかりそうだし遊んであげようか」
バルハイは牙を剥き出しにして笑う。
その戦いを前にして、人も魔物も距離をとって見守る。
巻き込まれれば命など消し飛んでしまうほどの激しい戦い。
バルハイ一人に対して挑むのはエンテ達のパーティ六名、
カラルとグリティーヌ、ギュイとルルカの合計十名。
「そら、まだ僕は傷一つ付いていないよ」
バルハイがその剛腕を振るい周囲を囲む人間達を薙ぎ払う。
触れずともその衝撃だけで、十分な殺傷力を持つ。
後方も毒蛇に威嚇されて隙がない。
「――荒ぶる風の魔女よ、彼の者に残酷なる抱擁を!」
アドナの魔法が放たれると、バルハイの身体が竜巻に包まれる。
身動きの取れない状態で身体を切り刻む攻撃――
「くくっ、なんだいこれは?」
しかしその竜巻にバルハイは喰らいつき、かき消してしまう。
「あいにく僕に魔法は効かないよ」
その言葉にアドナとグリティーヌとルルカが苦い顔をする。
先ほどから何度魔法を放っても、バルハイが喰らいかき消される。
ルルカの最大級の攻撃魔法ですら通じなかったことから、
威力など関係ないのだろう。
(それならそれでサポートに回れば――!!!)
グリティーヌがサポートの為に動こうとした瞬間、強い衝撃が身体を貫く。
「――え……ごぼっ……」
自分の身体を見下ろせば、腹部から生えるようにつきでている氷の爪。
「ふふっ、バルハイは蹂躙っていったのよ。
私達がじっとしているとでも思ったの?」
背後から氷の爪でグリティーヌを貫くマルジュア。
その瞳は残酷な光が宿っている。
「あ、あねき!!」
ギュイは転移の力を使い一瞬でマルジュアと距離をつめると、
姉を貫くその腕を斬りおとそうと剣を振るう。
「危ないじゃない」
その攻撃を余裕を持ってかわすマルジュア。
引き抜かれた爪についた血をその舌で舐めとる。
「ふふっ、邪魔してくれた代償は頂いたわ。その命でね」
「がはっ!」
グリティーヌは吐血をしながらその場に倒れ込む。
その身体を支えて傷口を見ると、凍傷とともに身体を貫いた痕が見える。
幸いなことに血は凍結により流れていない。しかしその命は風前の灯といえた。
「回復いたします!」
イリアが駆けつけようと走り出すと、巨大な身体が行く手を阻む。
「回復なんぞさせるわけにはいかんのぉ」
ダゴスの剛腕がイリアへ振り下ろされる寸前に、
蒼い槍がダゴスの腹部を薙ぎ払う。
「お前の相手は俺だといっただろう」
「ぐぉぉっ、またしても邪魔だてを」
カラルを睨みつけ、その剛腕の目標を変える。
「回復を頼んだ」
カラルはそう言うと、ダゴスに突きの嵐を繰り出す。
「グリティーヌ!」
グリティーヌが貫かれた瞬間、ルルカも駆けつけようとする。
しかしバルハイの爪牙がルルカの行く手を遮る。
「君は規格外の存在だからね。同じ規格外同士、ここで殺し合おうじゃないか」
「一緒にするな」
ギュイが駆けつけたのを横目に見て、ルルカはバルハイに視線を戻す。
自分の魔法攻撃は通用しない。ならばそれ以外の攻撃で戦うしかない。
ルルカは拳を強く握りしめた。
「……とりあえず応急処置はしました。ですが命が危険なことには……」
イリアの言葉を聞きながら、ギュイは姉の姿を見る。
顔は青白く、寒さのせいか小刻みに震えている。
眼を閉じたその顔からは生気が失われていくように感じる。
(転移の力で姉貴だけでも町へ……)
ギュイの転移の力を使えば、
メレテクトの町まで数分とかからずに戻れるだろう。
しかし戻れたところで、どうなるというのか……。
ここで魔人達をとめなければメレテクトの町が崩壊する。
それでも目の前の姉を救えるならば……
「ギュイ……馬鹿なことをかんがえてないで……たたかいな……さい」
うっすらと目を開けて、弟を見るグリティーヌ。
何を考えているかなど、すぐに理解できる。
だが一人でも戦力が必要なこの場所で、ギュイがぬけるわけにはいかない。
もう自分に戦う力はのこっていないのだから……。
「ちっ……すぐにおわらせてやるからよ。大人しく待ってろよ!」
そう言うと、イリアに姉の事を頼みルルカの元へと転移をする。
「ふふっ……」
グリティーヌはその姿に頼もしくも嬉しく思う。
その身体から急速に生命力を失わせながら……。
バルハイ一人に対して劣勢を強いられていたエンテ達は、
二人の魔人が加わることで絶望的な状況となっていた。
「はぁぁっ!!」
エンテの斬撃がバルハイの腕を切り裂く。
白銀の輝きを持ってしてもその金色の毛に防がれて、
まともにダメージを与えられない。
「ふふっ、攻撃をあてられるだけでも大したものだよ」
バルハイは笑みを浮かべながら、爪を長くのばして高速で振るう。
なんとか回避するも、思わぬ方向から毒蛇の攻撃を受けてバランスを崩す。
そこに牙を突きたてようと、喰らいつくバルハイ。
「っと!!」
エンテの横に瞬時に現れたギュイが、
エンテとともに転移を行いその牙から逃れる。
「助かりました」
「いや、お互い様だ」
すぐさま態勢を整えて再びバルハイに斬りかかる二人。
ルルカもまたその炎の力を身に纏って、バルハイへと乱打を叩きこむ。
絶望的な状況の中でも必死に戦うエンテ達。
それでも一人、また一人と戦闘不能状態へと陥る。
「はぁ……はぁ……」
「ちっ、どうしようもねぇな」
「………」
満身創痍の状態でもなんとか立ち続けるエンテとカラルとルルカ。
すでにウイナ、ジュネ、メビウス、アドナ、イリア、ギュイは地に倒れ伏している。
なんとか生きてはいるものの、グリティーヌと同じく危険な状況といえた。
立ちつくす三人に相対するバルハイ、マルジュア、ダゴス。
「バルハイ、まだ殺しちゃ駄目なの?」
マルジュアは憎々しいルルカを見ながらバルハイに尋ねる。
許可さえあれば満身創痍のルルカを殺すことなど容易い。
ダゴスもまた散々邪魔をしたカラルに止めを刺したくてウズウズしていた。
「ふふっ……どうやら来たようだ」
そんな二人に返事をするでもなく、バルハイが後方を仰ぎ見る。
そのバルハイの視線を辿る様に、エンテ達も見つめ……その顔が凍りつく。
それは巨大な漆黒の翼をはためかせて、ゆっくりと近づいてくる。
全身を禍々しいオーラに包んで、六眼の眼が負の感情に満たされている。
「おいおい……なんの冗談だこれは」
「………マダで時折感じた魔人の気配……こういうこと」
それはマダで眠っているはずの六眼竜。
準災害級で最も危険な魔物であり、
本来であればこの場にいるハンターや騎士達全員で戦うべき存在。
ルルカは何度かマダで魔人の気配を感じるも、
すぐさま反応が消えることを不思議に思っていた。
だが今その答えがわかる。最悪な形として。
「ふふっ、強いものに従う。
六眼竜を従わせるのはなかなかに苦労したけどね」
それを見つめるハンター・騎士達も絶望する。
強さでいえばバルハイの方が遥かに上。
しかし絶望を与えるという意味では、六眼竜の姿は圧倒的と言えた。
漆黒の巨躯に全身を覆う禍々しいオーラ。最上位竜の一体であり、
その形そのものが人に恐怖を植え付ける。
「ああ、安心するといいよ。君達は六眼竜と戦う事はない」
「……どういう意味だ?」
「あの竜には先にメレテクトの町へと行ってもらうからね」
その言葉の意味を理解する三人。その頭上をゆっくりと飛び過ぎていく巨竜。
「てめぇ……」
カラルが剥き出しの怒りをバルハイに突きつける。
「ふふっ、流石はクワドラプルだね。視線だけで殺されてしまいそうだ」
その怒気にマルジュアとダゴスは一瞬慄くも、
バルハイは意に介することもない。
「守るべきものが先に無くなるっていうのはどんな気持ちかな?
ふふっ、君達の命をわざわざ奪わなかったのはその顔が見たかったからだよ。
憎悪、悲しみ、苦悶、絶望……ゲームには負けたけど、勝負は僕の勝ちだね」
バルハイは絶望の中でも戦うしかない者達を見て、
心の中がどす黒い歓喜で満たされる。
「とりあえず半分くらい殺しておいて、
残りの半分は瓦礫の山と化したメレテクトを見てからにしようか。
ふふっ、頑張っていたのに悪かったね。
僕がここにいたこと。君達の敗因はそれに尽きる」
バルハイは、目の前の命を刈り取るべく足を踏み出して――
ドガァァァァァァァンッッッ!!!!!
遥か彼方の巨竜を稲妻が貫く瞬間を目にする。
「なんだ?」
バルハイが目を細めて遠くの六眼竜を見る。
雷雲など出てはしない。どこから落雷が発生したのか理解できない。
六眼竜はふらふらとバランスを崩すも、
態勢を立て直して再びメレテクトの町へと向かおうとし――
ドガガガガガガガガガッッッ!!!!!!!
数十の極太の稲妻が六眼竜を打ち付ける。
「なんだと………」
バルハイは遠く空の彼方で黄金の粒子と化した六眼竜を見て茫然とする。
その粒子が地上に降り注ぐ。
マルジュアもダゴスも……
それどころか全ての人と魔物がその光の粒子を見つめる。
光の粒子は地上に落ちてくると、
カラカラと走ってくる馬車の中へと吸い込まれていく。
「マスター……!」
微かなエンテの呟き。
この戦場にあってただ一人、エンテだけが泣きながら笑みを浮かべていた。




