37
いよいよ魔物討伐の進軍が開始したね。
王様から精力薬を大量に受け取った次の日、
王都から騎士団とハンターの混成軍が出立した。
私はそれを城のバルコニーから眺めている。
いや、さぼりじゃないよ?
あれから薬を集め始めたんだけど、
思ったよりも集まりが悪かったのが原因。
そりゃ国の一大事に必要とかいっても、
スペシャルスキルのことを知らないと、精力薬が何の役に立つんだって思うよね。
説明するのも難しいし……。
それとわざわざ持ってくる貴族の人はほとんどいなかったみたい。
まぁ普通は持ってるのを隠したがるよね。体裁的にも。
そこで各貴族宅に隠密裏に回収して回るとのこと。
全員が全員売ってくれるとは思えないけど、
私は城でそれらが届くのを待っている状態だね。
「お嬢、心配なのはわかるけど今は待つしかないよ」
私が不安そうな顔で出立する人達を見ていると、
ディナーナが気遣いの声をかけてくれる。
「うん。もどかしくってね……」
あれからみんなで話し合った結果、
私の傍らに誰か一人は残るべきだって、私以外の全員の意見が一致した。
正直戦力は一人でも欲しいと思うんだけど……。
私を思ってのことだから、無碍にもできないよね。
あとそうじゃないと安心して戦えないって言われたら承諾するしかない。
部隊的には
エンテ、メビウス、ジュネがフロントに、
アドナ、イリア、ウイナがバックという形で組むことにした。
「武具乙女」でもバランスタイプと呼べる構成になった気がするよ。
結果としてディナーナが私の傍らに残ることになった。
レベルも出来る限り上げることにした。
前の魔人の時は、逃げるのに夢中で忘れてたからね。
ただ流石に六人もいると賞金で一千万貰っても全然足りない。
でもやれることは全て行ったはず。私も薬が集まったら急いで向かうけど、
それまで無事でいてほしい。ううん、絶対にみんなでまた家にかえるんだからね!
ちなみに、今回はドラゴンパワーをエンテ達と騎士団の人達にかけている。
メレテクトにいる大司祭の人と一緒にかけたんだけど……
騎士団の人達が声を揃えて「天使様ー」というのは
悶死してしまうのでやめてほしいです。
ハンターの人達は前回のバルーザの時と違って、
パーティでわかれてるから効果範囲外だったので行使できなかった。
一つずつのパーティにかけていくと、
王様から貰った薬が全て無くなりかねなかったからね。
私は朝なのに暗雲が広がり始めている薄暗い空を見上げて、皆の無事を祈り続けた。
「こいつはたしかに壮観だな」
カラルは峡谷を進む魔物の集団を見下ろして間延びした声をもらす。
「いまからこれ全て倒さなくちゃいけないのよ。
そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわ」
グリティーヌが呆れた声を出す。
「しかし上手く先発隊の誘導に引っかかったな。
所詮は群れてても魔物は魔物ってことか。」
「ギュイも楽観視しすぎ。魔人が控えているのよ。気を引き締めなさい」
会話の間にも、魔物の群れはどんどん前進し、
メレテクト騎士団へと襲いかかる。
それを防ぎ、叩き、潰していく騎士団。防御して耐えるというよりは、
むしろ攻撃して魔物を撃退していく。
「あのヤトって子の力かしら……。凄い力ね」
グリティーヌはヤトの力によって
数倍の力を得た騎士団の活躍に感嘆の声を漏らす。
大型兵器から繰り出される巨岩や魔弾も魔物の群れへと叩きこまれて、
数を減らしていく。
「……これからが本番だな」
カラルが魔物の群れの中ほどを指し示す。
そこにいるのは熊よりも大きな体格の黒い犬。
べリアルハウンドと呼ばれる、ヘルハウンドの上位の犬型の魔物だった。
巨体でありながら俊敏な動きも併せ持つ、凶獣クラスの魔物。
さらに魔物の群れの中でも、ひと際その大きさが目に付く巨人ギガース。
黒い甲殻と巨大な毒針を持つ、危険な魔物デモンズスコルピオ。
複数の頭を揺らしながらズリズリと進むヒュドラ。
牛の頭を持つ筋骨隆々の巨人、牛闘鬼。そして――
「超獣クラス……久しぶりに見たわね」
グリティーヌが苦虫をつぶしたような顔をして、
複数の頭を持つ巨大な獣キマイラを見てつぶやく。
大型の魔物が混じり始めると、騎士団達にも被害が出始める。
負傷者と入れ替わる様に新たな騎士たちが前に出るも、
魔物の侵攻にジリジリと後退を余儀なくされる。
魔物達が勢いに乗って、より激しく騎士団に襲いかかるその時――
ドガァァァンンン!!!!
魔物の群れの中心に巨大な爆発が発生する。
それは騎士団の後方に控えていた魔術師団の連携による魔法攻撃。
そして合図でもあった。
「いくか」
カラルが獰猛な笑みを浮かべると、
蒼鬼を構えて地を蹴り斜面を駆け降りる。その眼をこれ以上なく蒼に染めて。
「まったく、楽しそうにするんじゃないわよ……。
でも士気を高めるためにもクワドラプルの力を示しておく必要があるわね」
グリティーヌは両手に激しく燃え盛る炎を生みだすと、
魔物の群れに解き放つ。二つの炎塊は炎の鳥と化して蠢く魔物達を炭化させていった。
「ルルカは魔人が出張ってくるまで待ってろよ。それじゃあいってくるか!」
ルルカが頷くのを確認すると、ギュイもカラルに続くように斜面を駆けていく。
それに続いてハンターたちが雄叫びをあげながら魔物の横っ腹に喰らいつく。
突然のハンター達の急襲に、魔物達に混乱が広がる。
「次は私達の出番ですね」
エンテの言葉に、ウイナ、ジュネ、メビウス、アドナ、イリアも頷く。
カラル達が居た場所とは反対の斜面の上。
ここからさらに急襲する作戦となっている。
エンテが後方を振り向くと、エンテ達のすぐ後ろで待機していたフラキスと眼が合う。
「いつでもいけるよ」
フラキスは落ち着いて頷く。その後ろには大勢のハンター達。
全員がエンテの声を待っていた。
エンテは前に向き直ると、完全にこちら側に注意を向けなくなった魔物を見下ろす。
「突撃!」
エンテの透き通る声が響き渡ると、
エンテ達のパーティを先頭にハンター達が斜面を駆けていく。
銀の流星となって駆け抜けざまに魔物を切り捨てていくエンテ。
それに続くのは紫電を迸らせながら魔物を弾き飛ばすジュネ。
魔物の群れの中で二つの武器が閃くたびに、魔物を光の粒子へと変えていく。
この乱戦の中では、誰も光の粒子へと変わることに気を止めていなかった。
たとえ気に止めたとしても、スキルの力だろうと疑問に持つものはいなかった。
「マスターと離れ過ぎているからでしょうか……」
光の粒子はその場で少しとどまるも、霧散してしまう。
エンテは残念に思いながらも、魔物を斬り払っていく。
倒しても倒しても、後から後から襲いかかってくる魔物達。
その時エンテに、巨大な黒い影が躍りかかる。
ガキィィン!!
べリアルハウンドの鋭い牙を盾で防ぎ、逆に弾き飛ばすメビウス。
「突出しすぎてますよ、エンテ」
「ありがとう、メビウス」
二人は頷き合うと、怒りをあらわにしているべリアルハウンドに相対する。
次の瞬間、輝く矢がべリアルハウンドの頭を射る。
頭を射抜かれたべリアルハウンドは痛みと怒りで身体を震わせるも、
そこにアドナの無数の風の刃が襲いかかり、べリアルハウンドは地に沈んだ。
「その意気ですよ、アドナ」
「はい!」
「負傷された方はこちらに!」
イリアが後方から叫ぶ。その声に数名のハンターが
よろめきながら辿りつく。みな手足を負傷して血を流していた。
「ああっ、助かるぜ」
イリアを含めて回復の力を持つもの達が負傷者を癒していく。
真剣な面持ちで治療の力を使うイリアに見とれるハンター。
「これで大丈夫です。頑張ってくださいね」
イリアは治療を終えたハンターに、柔らかな微笑みを向ける。
「う……うぉぉぉぉやってやるぜぇ!!」
雄叫びをあげながら戦線に復帰する男の人を見て、イリアは首をかしげる。
「わたくしの力に、回復以外の効果ってあったかしら?」
戦いは激化していく。左右からのハンターの急襲に続き、
メレテクト精鋭騎士団が正面から魔物に突撃する。
精鋭騎士団もまたヤトの力を受けており、怒涛の突撃を魔物に浴びせる。
「しかし終わりが見えんな」
カラルは牛闘鬼の振り下ろす戦斧をかわしざま、魔物の腹を一閃する。
牛闘鬼はその一撃を受けて、血を吐きながら巨体をよろめかせ地に倒れ伏した。
「終わりは魔人を倒すことよ」
グリティーヌが周囲に群がる魔物を炎の波で焼き尽くしながら、
毒液を吐こうと首をもたげるヒュドラに特大の火球を放つ。
一瞬で全身が燃え上がると、ヒュドラは毒液を吐くこともなく炭化していた。
クワドラプル達の戦いは周囲で戦う騎士団やハンター達の士気を高揚させる。
エンテ達の戦いもまた、それと同等かそれ以上に周囲のもの達を鼓舞させる。
「こんのぉぉぉへびぃぃぃ!」
ジュネの雷槍が豪雷を轟かせてヒュドラをぶち抜く。
かつて湖岸の洞窟で戦った時とはまるで別人のような攻撃。
エンテ達はヤトの力によって、出来得る限りのレベルアップが行われていた。
その結果――
「ぐぎゃぉぉぉぉ!!」
五つ首のヒュドラが体内から雷撃で焼かれて、光の粒子へと変わる。
ジュネはそれに見向きもせずに、すぐさま別の魔物へと目標をかえる。
「すげぇな、槍艶姫……」
近くで戦うハンターが思わず見とれてしまう。
巧みに槍を使い、紫電を纏いながら舞うように戦うその姿はまさに戦乙女。
ジュネだけでなく、エンテ、メビウス、ウイナ達も
周囲のハンターたちに崇拝に近い感情を抱かせた。
「えぇいっ!!」
必死で魔物に向かって魔術を行使するアドナ。
「アドナちゃんに近寄らせるかよっ!!」
「この変態魔物野郎が!!」
「ロリコン魔物が、くたばりやがれ!!」
アドナもまた、別の意味で士気高揚させていた。
戦いが始まってから数時間が経過し、徐々にメレテクト側が押し始める。
当初の予測ではメレテクト側にも多大な被害が予想されていたが、
ヤトの力にクワドラプル二人、エンテ達の規格外の力が加わり
その予想は良い意味で覆されていた。
まだ魔物の数は多いものの、ハンター達も騎士たちも勝利を確信する。
その存在が戦場に姿を現すまで。
「まさかこんな一方的な戦いになるとはのぉ。
せっかく従わせた魔物どもが、これほど役に立たんとは……」
戦場に現れた一人の好々爺然とした者。
「老骨に働かすなど、図体ばかりデカイ屑どもが……」
歩きながらその手を巨大な鬼の如き形へと変貌させると、
目の前のギガースを薙ぎ払う。
その一撃で枯れ葉のように弾き飛ばされるギガース。
老人はただ目の前の雑草を払ったかのように、何事もなく歩き続ける。
「バルハイ様の機嫌を損ねてはこちらの身も危うい。
面倒じゃが、少し道幅を広げるとしようかのぉ」
老人は遠くに見えるメレテクト騎士団の盾の壁を見て、口元を歪めた。
歩きながら、徐々にその姿を異形の者へと変えていく。
上半身の筋肉が膨れ上がり、その腕は剛毛に包まれた
巨大な鬼のソレへと変わる。
下半身はまるで獣のように四足の形へと変貌する。
その手足の爪は長くのび、薄紫の禍々しいオーラを纏う。
「な、なんだあれ……」
ハンターの一人がその異形の姿の魔物を見て、思わずつぶやく。
すでに好々爺然とした顔はなく、憤怒を体現した悪鬼の如き顔と化しており、
その身体はさきほど弾き飛ばしたギガースをも上回るほどになっている。
「魔人くらい知っておるじゃろう。恐怖はしらぬであろうがのぉ」
魔人ダゴスはそう言うと、威圧され固まっているハンターたちへと突進する。
「ぐぅっ!!」
「ぎゃぁぁっっ!!」
「な、なんだよこいつぅぅ!」
ダゴスの突進を受けて弾き飛ばされるハンター達。
突進は止まらずに、騎士やハンターだけでなく魔物まで巻き込みながら
防御柵を作っているメレテクト本隊まで突き進んでいく。
必死に止めようと動く騎士達だったが、
それらを意に介することもなく逆に加速する。
さきほどまでの優勢を一瞬で悪夢の惨状へと変えながら……。
「ちっ、現れたか」
カラルは魔人の姿を見ると、舌うちをして駆けつけようとするが――
「いや、大丈夫だ。ルルカが動いた」
ギュイの言葉と同時に巨大な熱線がダゴスへと放たれる。
「ぬぅぅぅぅっ!!!!」
ダゴスは間一髪でその身をよじり熱線をかわそうとするも、
左腕が吹き飛ばされる。
「ぐぅッッ……ルルカめ……やはり来たか」
ダゴスの見つめるその先には、
中空に浮かび無表情に見下ろすルルカの姿があった。




