33
「エンテちゃーん!!」
「エンテ様、素敵ー」
「エンテーがんばれー」
「ジュネ様ー!!」
「ジュネ様踏んでくれー!」
「ジュネ様俺をいたぶってくれー!」
いよいよ始まる第二回戦の第一試合。
クワドラプルの人とは違う意味でも話題になってるんだよね、この試合。
どっちも間違いなく美少女。更に強いときてる二人の戦いだからね。
でも応援の声にかなりの違いがみられるんだけど、なんでだろう。
二人は闘技場の上で何か話をしているね。
小さい声だから、ここからじゃ聞き取れない。
数値的にはエンテのほうが高い。
けど攻撃能力に関してはジュネに軍配が上がるからね。
どちらが勝つかは分からないけど、どうせなら決勝でこの戦いが見たかったよ。
一位と二位を両方ゲットできるからね!
闘技場では二人の少女がそれぞれ相手を見ていた。
普段はともに闘う仲間。このような機会でもなければ、
刃をまじえることはなかっただろう。
「不思議な感じですわ。エンテとこうして戦う事になるなんて」
「それはこちらも同じです。ですが手加減はしませんよ」
エンテの言葉にジュネはいつもの笑みを浮かべる。
「手加減してもしなくても結果は変わりませんわ。
主様と決勝で巡り合うのは私です」
「マスターと晴れの舞台で邂逅する。ジュネの出る幕ではありませんよ」
「あと約束は忘れてませんわね」
「もちろん。勝った方が一晩マスターとご一緒する権利を得る。
頬に口づけまではオッケーでしたね」
「私は唇と唇でも、いっそ最後まででもいいのですけど?」
「いいでしょう。ですがジュネにその機会が訪れることはありえません」
お互いがぐぬぬと睨みあう。周囲の人には会話が聞こえないために、
気迫の睨みあいをしていると思われている。
審判が所定の位置に着くと、エンテとジュネはいったん距離を取る。
それを確認すると、審判が高らかに声をあげた。
「はじめ!」
審判の声とともに、白銀の流星となってジュネへと接近するエンテ。
それを目を細めて迎え撃つジュネ。
(相変わらずの速さですわね)
高速で向かってくる白銀剣をジュネの雷槍が弾きながら、
駆け抜けようとするエンテに紫電を纏った薙ぎ払いを放つ。
(やはりこの雷撃がやっかいですね)
エンテは剣で薙ぎ払いを防ぐも、身体に伝わってくる
雷撃までは防ぎきれない。さらにジュネの雷槍が勢いを増す。
ガガンッガガガンッ!!
激しい乱れ突きをさばくエンテ。その突きの中にも時折紫電が走り、
エンテにダメージを蓄積させていく。
「はぁぁっっ!」
勢いに乗らせまいと、エンテが左右に身体をぶれさせながら斬撃を放つ。
槍で止められても構わずに左右にステップを踏みながら
ジュネの間合いを削り取っていく。
(くっ、ちょこまかと……!)
狙いをつけにくいエンテの動きにいら立つジュネ。
何度か受けそこない、斬撃を許してしまう。
ペースを握ろうとするエンテにジュネはこれ以上立ち寄らせないように
突きの弾幕を張り巡らせる。
二人の剣と槍の応酬は激しさを増しながら、延々と続く。
その戦いは観客達を魅了する。
素人目に見ても分かるハイレベルな戦いに、観客達は口を閉じて見守る。
延々と続くかに思える戦いも、次第に均衡が破れてくる。
(くっ、とまらなくなりましたわ!)
ジュネの攻撃を物ともせずに、白銀剣をうならせるエンテ。
ジュネは防戦一方になる。
(なぜこんな……)
ジュネは知らなかった。エンテが攻撃のたびに確率で
ジュネの攻撃力を低下させていたことに。
あせるジュネはつい大振りの薙ぎ払いを放ってしまう。
それをエンテが踏み込みながら払い上げる。
「しまっ――」
ジュネの槍が大きく跳ねあげられると、
エンテは無防備になった胴へ返す刃を叩きこんだ。
「かはっ!」
その強烈な一撃に、ジュネは思わず片膝をつく。その目の前に白銀剣。
「…………………参りましたわ」
「勝者、エンテ!」
その瞬間会場内が大きな歓声で包まれる。
それは両者の戦いを称えるもの。
エンテはジュネに手を差し伸べる。ジュネは頬をふくらませるも、
その手を取って立ち上がる。
「次は負けませんわ」
「こんなに疲れること、もうしたくありません」
二人は軽口を言い合いながら、
出迎えるべく場外にいるヤトの元へと歩き出した。
ふぅ、いよいよ私の試合だね。
相手は妖艶な美女といったかんじのフリアイさん。
でも目が怖いんですけど……。
ちなみに第二試合はクワドラプルのカラルさんが圧勝。
まさに次元が違うね。
第三試合はギュイという人が勝った。
というか、あの人転移する力を持ってるみたいだね。
他の人は超高速で動いてるように見えてるかもしれないけど、
私の感知能力は線の移動じゃなくて点の移動として捉えてたから。
魔法かスキルかわからないけど、やっかいだよね。
次の試合で私が勝ったら当たっちゃうんだけど……。
ん、エンテとジュネ? がんばったよね。
がんばったんだけど……勝った方と私がどうして一晩一緒のベッドで
子供に見せられない行為をすることになってたんですかね?
そんな約束初耳なんですけど。もちろん却下ね、却下。
エンテがジュネみたいなこと言ってくるとは思わなかったよ。
まぁ一緒に寝るくらいならいいけどね。文字どおりの意味で寝るだけ。
「ふふふふっ、可愛らしい天使ですこと。
あなたはどんな声で鳴いてくださるの」
フリアイさん……美人なだけに迫力が半端ないんですけど。
年齢的には一緒くらいだとおもうんだけどね……。
もちろん若返る前のだけど。それになんだか変な嗜好を持ってそうだよねこの人。
ジュネと同じ雰囲気がするよ。
できれば近寄りたくないんだけど、そうもいってられないね。
(姫、あの者が持つ鎌からは妖気の類を感じます。ご注意を)
メビウスから警戒の声が聞こえてくる。
呪いがかかってるとかその手の武器なのかもしれないね。
メビウスもひょっとしたら、他の人が見たら呪われた盾に見えてたりして。
(姫、ひどいです……)
ごめんごめん。さてそろそろはじまりそうだね。
フリアイさんは鎌を手にセクシーなポーズをとる。
あれが構えなのかな? 観客席から凄い声援が飛んできてるね。主に男性の……。
「はじめ!」
審判の人の声とともに、私はドラゴンパワーを行使する。
それと同時にこちらにフワリフワリと近寄ってくるフリアイさん。
向かってくる姿も優雅というか妖艶というか……。
でも油断できないね。ゆっくりに見えるけど、かなり速い。
あれに惑わされる人も多いんじゃないかな。
おまけに持ってる武器はいわゆるデスサイズ。
二つ名の由来にもなってる死神の鎌だね。
「武具乙女」にもこれに似た武具があったんだよね。
残念ながらフリアイさんの持ってるのは違うみたいだけど。
「ふふふふっ」
フリアイさんが大きく鎌を振りかぶる。
まだ間合いじゃないと思うけど、頭の中に警鐘が鳴り響く!
メビウスが危険を感じて私の前に盾をかざす。その瞬間盾に走る衝撃。
「あら、防がれてしまいましたわ」
防いだのに鎌に宿る妖気が私の身体に伝わってくる。これはやっかいだね。
ジュネの雷撃とかと同じタイプの攻撃みたい。
防御してもダメージを受けるとかやりにくいね。
(お嬢、大丈夫!?)
ディナーナの心配げな声が響く。
大丈夫は大丈夫だけど、攻撃を受け続けると危険かな。
妖気のせいとわからなければ、防御してもダメージを受けるなんて
パニックをおこしそうだね。
私が冷静なのを見て、フリアイさんが怪訝な顔をする。
とりあえずこちらも反撃といこう。私はディナーナに攻撃をまかせる。
(とりゃー!!)
勢いよくディナーナが襲いかかる。
ちなみに手に持ってる武具は武具乙女自身の意志で自由に動けるんだよね。
もちろん私の関節的な意味で無茶な動きはできないけど。
それでも武具乙女自身が動くという事は、
かなりの使い手としての技量となるわけで……。
「くっ、可愛い顔をして、とんだお転婆です事」
とっても重そうなディナーナを右に左にと叩きつける。
フリアイさんはなんとか鎌で防ぐも、流石に一撃の威力が高いからね。
たまらずに距離を取ろうとフワリとバックステップを行う。
間合いを取られるとこっちが不利だからね。
武器のリーチもさることながら、腕の長さも違うんだよ……。
とにかく食いつくようにメビウスを構えて突進する。
「あまりいい気にならないことね!」
瞬間フリアイさんの雰囲気が変わる。
手に持つ鎌の妖気の濃度が上がり、闇を纏ったように黒く染まる。
これはヤバい攻撃がきそう!?
(姫、私を信じてこのまま突撃を!)
メビウスの力強い声が響く。
どのみち近寄らないと攻撃できないし、メビウスを信じるよ。
私は盾に身を隠すようにして、フリアイさんに身体ごと突っ込んでいく。
ガキンッッ!!!
叩きつけられるように振るわれた鎌を
メビウスががっちりとガードする。強い衝撃とともに妖気が私の身体を侵食する。
けど、大部分の妖気はメビウスのおかげで防げたみたい。それよりも――
「な、にが……? 身体が……うごきま……せん……わ」
逆にメビウスの力が発動したみたいだね。
フリアイさんが驚愕の視線のまま、鎌を振り切ったポーズで固まってる。
そのポーズすらセクシーとかある意味凄いよ。
でもこのチャンスにみとれてるわけにはいかないね!
(お嬢を惑わせた罰、とんでけーーー!!)
ディナーナがそんな雄叫びとともに思いっきりスィングする。
ちょっと可哀そうだけど、これも勝負の為。
というか、惑わすってどういう意味かな?
私は涙目になって場外に吹っ飛んでるフリアイさんを見ながら、
心の中で謝罪する。
「勝者、ヤト!」
その瞬間、観客席がおおいに沸き立つ。
ふふっ、やっぱり歓声を受けると恥ずかしいけど嬉しいものだね。
さて、トーナメント三日目。いよいよ第三回戦だね。第三回戦は
第一試合 白銀の戦乙女 エンテ vs 蒼眼 カラル
第二試合 神速剣 ギュイ vs 黒髪の破壊天使 ヤト
何か私の二つ名変わってませんか? 運営の人遊びすぎじゃないかな……。
まぁそれはいいとして、第一試合はかなり注目されてるね。
ここまでの戦いでエンテはメレテクトでもかなり知名度が上がっている。
クワドラプルの人にも負けてないくらいだね。私としても嬉しい。
親ばかな人の気持ちがちょっとわかる気がするね。
ちなみに昨日の夜は約束通り、エンテと一緒に寝ることになったよ。
添い寝という形だけどね。真剣な瞳で私に優勝することを約束してくれたけど、
もし私も勝ったら決勝であたることになるんだけど……。
エンテが困った顔をしそうだったから、黙っておいたけどね。
そろそろ試合が始まる。
私はジュネやウイナやアドナとともに、闘技場のわきで見守る。
「やっぱり勝ちあがって来たか。楽しみにしてたぜ」
「ずいぶんと余裕ですね」
カラルとエンテが向かい合って言葉を交わす。
エンテは目の前の男から、かつて戦った魔人に近い威圧を感じる。
カラルもまた目の前の少女が常人離れした存在であると知覚する。
(人間……だよな? 雰囲気にどこか違和感をかんじるが)
お互いがお互いの力量を計る。
「はじめ!」
審判の声とともに、エンテが白銀の流星となってカラルに向かう。
カラルは蒼い眼でその姿を捉えた。
(速いが、素直すぎだぜ)
高速で距離を詰めるエンテに神速の薙ぎ払いが襲いかかる。
「はっ!!」
白銀剣で力を逸らせるように受けるエンテ。
その突進は止まらない。槍の柄を伝うように斬撃を叩きこむ。
「っと、あぶねぇな」
手元に迫る刃を、柄を跳ね上げて弾く。
そのまま身体を捻りながら、回転しつつ薙ぎ払う。
まるで竜巻のようにエンテを巻き込もうと槍がうねりをあげる。
一回転、二回転と角度を変えながらの高速薙ぎ払い。
(くっ、勢いがとまらない)
身体ごと回転させての大振りの薙ぎ払い。
本来であれば隙だらけのはずが、エンテは踏み込むことが出来ない。
あまりに速く、勢いが強すぎて下手に踏み込んでも逆にこちらが弾かれてしまう。
「距離を取るのは愚策だぞ」
エンテがバックステップをして距離を取った瞬間、
槍が蒼い残像を残しながら猛烈に突かれる。
「ぐうっっ!」
必死に突きを捌くも、あまりの手数に何度か身体を掠らせる。
更に距離を取り一端態勢を立て直す。
「はぁはぁ……」
エンテは目の前の男の強さを改めて感じる。
まだこちらの攻撃は一度も届いていない。
エンテはカラルの眼を見る。あの全てを見透かすような瞳。
あの蒼い瞳で見られると、どんな攻撃をしてもかわされる気がしてしまう。
(でも負けるわけにはいかない。マスターに勝利を誓ったのだから!)
エンテは呼吸を整えると、白銀剣を構えゆっくりと間合いを詰め始める。
(雰囲気がかわったか。勝負に出るつもりだな)
カラルはじりじりと近づくエンテを見ながら、蒼鬼を構える。
開始直後の激しい攻防とはうって変わって、張りつめた静かな空気が闘技場内を支配する。
構えたまま、カラルの顔を見ながら進むエンテ。
間合いでいえば槍を持つカラルの方が先に入ることになる。
それでも一呼吸ごとにゆっくりと間合いを詰める。
(入ったが……こいつ……)
カラルの蒼鬼の間合いに入っても、変わらずにゆっくりと間合いを詰めてくる。
エンテの動きに乱れはない。カラルが槍を突けば一方的に攻撃できる距離。
(先々の先を狙うとか、とんでもねぇな)
エンテの視線はカラルの瞳を凝視している。
攻撃の意志を感じ取る刹那の時を逃すまいと。
カラルが何もせずにこのまま剣の間合いに入れば、エンテの白銀剣が先に届く。
たとえ先々の先を狙われたとしても、カラルは攻撃を行うしか選択肢はない。
(並みの奴ならお前の勝ちだったろうさ。相手が悪かったな)
刹那の攻防
カラルが槍を突こうと意識を動かした瞬間、
エンテは踏み込むとともに白銀剣を突きだす。
その剣は槍よりも早くカラルの身体に届くが、
まるでその場所に剣が突かれるのをわかっていたかのように
カラルは身体をずらしながら閃光の如き突きを放つ。
刹那の時が過ぎると、突きを受けて吹き飛ばされるエンテの姿があった。
「かはっ!」
地面に倒れるエンテ。次の瞬間、場外へと転移させられていた。
「勝者、カラル!」
審判の声が響くと、まるで息を吹き返したかのように闘技場内に歓声が轟く。
「わりぃな嬢ちゃん。ちょっとズルイかも知れんが、勝負だからな」
カラルの声は歓声にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
「マスター、申し訳ございません。勝利を届けることができませんでした」
エンテがそう言って頭を下げるけど、あの戦いに不満があるわけないよね。
ただただ相手が強かった。クワドラプルは伊達じゃないんだね。
でもエンテは俯いたまま拳を強く握って唇をかみしめている。
「エンテが謝ることはないよ。頑張ったよね、ありがとう!」
そう言ってエンテを抱きしめる。悔しいだろうけど、
自責の念を感じる必要はないからね。
「二位は獲れそうだし!」
そう、なんと次の対戦者であるギュイという人。
棄権しちゃったみたいなんだよね。
ついさっき、運営の人からそう通達があったんだよ。
何か急用ができたとか……。
ちょっと肩すかしくらっちゃったけど、不戦勝でも勝ちは勝ち。
たとえ決勝で負けても二位は獲れるんだよ。
というか、二位じゃないと駄目なんだけどね。
駄目なんだけど……
エンテを抱きしめてる私の首筋に、さっきから水滴が落ちてきてる。
この子達にとって、私の存在は私が思っている以上に大きいんだと思う。
私に勝利を届けられなかったのが、よっぽど悔しいんだね。
でもそれは私も同じかな。
この子達が思ってる以上に、私はこの子達が大好きみたい。
だから……たとえクワドラプルだとしても、
うちのエンテを泣かせちゃうような男にはそれ相応のお返しをしないとね。




