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「主様……考えはかわりませんか?」
ジュネが心配そうな顔で見てくる。
エンテも同じような顔をしているね。
でも、もう決めたことだから……。
「ではこれより武技大会の開催をいたします!」
その瞬間、大きな歓声が空間に満ち溢れる。
私はその歓声を聞きながら、周囲を見回す。
みんな屈強そうな人達ばかりだね。
私のことをチラチラと見てくる視線も感じる。
そう、私は選手として会場に立っているのです。
あのあと色々考え、実験した結果私も参加することにしたんだよね。
ウイナだけじゃなくて私も★★ダブルだから参加資格があるんだよ。
戦闘能力がない?
ふふふっ、実験の結果私も戦えることに気が付いたんだよね。
まぁある意味チートかもしれないけど、
これも第二位入賞の為、取れる手段はとることに決めたよ。
「おいおい、あんなちっこいのも出るのかよ……」
「へへっ、もし当たったらラッキーだな」
「いや、予選も勝てねぇだろ。というか、
親は何を思って参加させたんだろうな」
周囲からそんな声が聞こえてくる。
おっと、エンテの殺気がなにやらヤバい感じになってるね。
「エンテ、抑えて抑えて。言わせたい奴には言わせておけばいいのよ」
「ですが……」
「それよりも、エンテ達と同じブロックに当たらなくてラッキーだったわ」
そう、私とエンテとウイナとジュネは
それぞれ違うブロックでの予選となったんだよね。
武技大会の流れは、十六のブロックに分かれて乱戦を行い
最後に残った一人がトーナメントへと進むことが出来る。
だいたい一つのブロックに二十人ほど集まってるから、
全部で三百二十人くらい参加してることになるね。
多いのか少ないのかは初参加なのでわからないけど、
少なくとも全員がある程度以上の実力者と考えると結構多いかもね。
そうこうしてるうちに、王様の挨拶が始まった。
王都で行うだけあって、王様も観戦に来るんだね。
ちなみに王様はがっしりとした体格の中年親父という感じでした。
もし口に出して言ったら怒られるじゃ済まないね。
というか、その周囲に綺麗なお姉さんが三人ほど侍っていたんだけど……。
ハーレムだよね。
どうもそっちのほうもお盛んなんだとか。
エンテとかに興味をしめさなきゃいいんだけど。
無理強いしてるとかの悪い噂は聞こえてこないから、大丈夫とは思うけどね。
っと考えてる間に挨拶が終わったみたいだね。ごめん、聞いてなかったや。
さて、このままブロックごとに分かれて予選という名の
乱戦バトルに移行するみたいだね。
場所はこの周囲に用意されているらしくて、ほぼ同時に始めるみたい。
だからエンテ達の戦いが見られないんだよね、残念。
「それじゃあ無事にトーナメントに行けるよう、みんながんばって!」
「主様もどうかご無事で」
「マスターにご武運を」
「お嬢様、くれぐれも無茶だけはなさらないでくださいね」
私達はお互いに言葉を交わして、本会場を後にした。
さて、予選会場に到着したものの、
やっぱり好奇心を含んだ視線がいくつも集まってくるね。
半分は嘲笑を含んだ視線だけど。
「ますたー、ここで応援してますね」
アドナが会場際に立って杖を振るう。
うんうん、いいところを見せないとね。
というか、重いから早く始まらないかな……。
私は背中に背負った盾と引きずる様にして持っている骨斧を見て気合を入れ直す。
そう、私はディナーナとメビウスを装備しているんです。
(お嬢、まだ力使わない?)
意識にディナーナの思考が流れてくる。
まだ開始の合図がなってないからまずいね。
結界内に入ってるから使っても問題はないんだけど、
もしばれちゃうと失格になるかもしれないからね。
っとどうやら全員結界内に入ったみたいだね。
周囲を見回すと、全員男の人だ。
そういえばさっきの会場でも、女性の参加者は少なかったね。
剣士の人、半裸のパワーファイターみたいな人、
短刀を二本腰に差してる盗賊風な人。
なかなかバリエーションが豊富なブロックだね。
一番特殊なのは私だと思うけど……。
審判の人が準備を終えたみたい。
観客も会場の周囲を埋め尽くしているね。注目されてるのが視線で分かる。
「ではこれよりDブロックの予選を行います!」
審判の人の声が響くと同時に、ゴングのような音が会場に響き渡る。
(ドラゴンパワー!)
その瞬間、私はスペシャルスキルを発動させる。
途端に背中の盾と手に持つ骨斧が軽く感じる。
「へへっ、お嬢ちゃんここは遊び場じゃないんだよ」
にやけた顔をした盗賊風の男の人が近寄ってくる。
なんというか、いくら外見がこれだからって油断しすぎでしょ。
(カチーン)
頭にディナーナの声が響く。
次の瞬間骨斧が猛烈な勢いで、盗賊男に叩きつけられる。
「ほぶぉぉっ」
そのまま場外まで飛んでいく盗賊男。
ちなみに私はなにもしていない。
ディナーナが勝手に盗賊男を張り飛ばしちゃったよ。
「えっ、何が起こったの?」
「ひょっとしてあの子が?」
「あいつどうしたんだ」
会場の内外がザワザワとする。
というか、みんな戦闘をやめてこっちを見てるんだけど戦わないでいいの?
「ますたーかっこいいです!」
そんな中、アドナの明るい声が良く響く。
ふふっ、それじゃあさっさと終わらせちゃおうか。
そのまま私は次の標的に剣士の人を定めて駆けよる。
「んなっ!?」
流石に参加者だけあってすぐさま行動を起こすけど、
もう遅いよね。そのままディナーナに攻撃をまかせる。
剣士の人は防御するも、防御の上から力任せに骨斧を薙ぎ払う。
「ぐはぁぁっ」
盗賊男と同じように場外までふっとぶ剣士の人。
いやぁ人ってあんなに飛ぶものなんだね。流石はドラゴンパワー。
「はぁっ!」
横合いから斬りかかってくる戦士の人。
でも私の察知能力は武具乙女達よりも優れてるからね。ちゃんと見えてるよ。
(甘いですね)
メビウスが剣を弾くと戦士の人が大きく態勢を崩す。
(ほい、どかーん)
それに併せてディナーナが骨斧を叩きつける。ふふっ、気持ちいいね。
っと遠くからこちらに向かって投擲してくる人が。
私は空気を切り裂いて飛んでくるナイフを察知すると、
身体をちょっとだけずらして回避する。
「なっ、見切られたのか……」
遠くでそんな声が聞こえてくるけど、
回避するくらいなら得意なんだよ。
伊達に魔人の衝撃波をかわし続けてたわけじゃないからね。
いつのまにか場外からは凄い歓声が。
特に私が場外に参加者を叩き飛ばすとすごい盛り上がりだね。
場内はあと十人くらい残ってるけど、なんだか私に標的を絞ったみたい。
こんなか弱い乙女にそれはないんじゃないかな。
まぁやることはひとつだけどね。みんな叩き飛ばす!
「勝者、ヤト!」
審判の人の声が場内に響き渡ると、観客の人達の歓声が轟く。
ふうっ、なんとかなるものだね。
もちろんメビウスとディナーナのおかげだけど。
「ますたー、おめでとうございます!」
アドナが駆けよってくる。なんだか激しく振られてる尻尾が幻視できるね。
「ありがとう。みんなのおかげね」
(そんなことはありません。
姫のお力がなければそもそも私達は動くこともできませんので)
(そういうこと。でもお嬢のスキルってすごいね。
今はあたしより力あるんじゃないかな)
メビウスとディナーナの声が聞こえてくる。
うーん……たしかにスキルの力は偉大だね。
引きずるくらいしかできなかった骨斧を軽く振り回せるんだから。
ちなみにスキルっていうのは珍しいものではあるけど、
この世界にも使える人はいるみたい。
たとえば神職の人の加護の力なんかも、スキルといわれてる。
魔法とはまた別の系統の力なんだって。
さしずめ私は「武具乙女」っていうスキルを使えるということかもしれないね。
アバウトすぎるけど。
「それじゃあ本会場に戻ろうか」
勝っても負けても本会場で落ちあう事にしてたからね。
みんな勝ってると良いんだけど……。
まだ終わってるブロックは少ないみたいだね。
まばらにしか参加者が戻ってきていない。
「マスター、ご無事で何よりです」
最初に戻ってきたのはエンテだ。にっこりと微笑んでいる。
これは予選を突破できたみたいだね。
「マスターおめでとうございます」
「エンテもおめでとう」
ふふっ、これで二位入賞の確率が高まったね。
それからしばらくして、ウイナが戻ってくる。足取りが重いけど……。
「お嬢様、申し訳ございません」
ウイナが戻ってくるなり頭を下げる。
「ウイナ、頭をあげて。
負けたのは残念だけどウイナも頑張ってくれたんだから。
こっちこそありがとうだよ」
元々ウイナは武技大会で戦うのが厳しいかもって話してたからね。
それがなくても私の為に頑張って戦ってくれたんだから……。
ウイナの性格からして気にしないでといっても気にしちゃうだろうけどね。
私はウイナを抱きしめて背中をポンポンする。
シュンとしちゃってるウイナを見てると、ほおっておけないよ。
「主様、勝ちましたわ~」
その後ジュネが戻ってくる。ジュネは勝ったみたいだね。
ふふっ、思いっきり抱きついてくるけど今は許しておくよ。
そのまま調子に乗ったのか、頬をすりすりしながら
胸に手が伸びてきたので、手の甲をつねっておいたけどね。
「ウイナが負けるなんて……その相手、許せませんわ」
ジュネはウイナの結果を聞いて、憤慨する。
でもウイナを負かせるくらいの相手だからね。油断はできないと思う。
「お嬢様、その私を負かせた相手なのですが……」
「うん」
「クワドラプルと呼ばれていました」
予選が終わった後も喧騒がやまぬ王都メレテクト。
一軒の寂れた酒場で一人の男がひっそりと酒を飲んでいる。
「おっ、噂のクワドラプルがこんなとこで一人酒とは寂しいね」
そこに現れる一人の青年。ギュイであった。
「ふん、ギュイの坊主か。ほっとけ。金がねぇんだよ」
「ひょっとして金目当てに武技大会に参加したのかよ」
「それ以外になにがある」
ギュイは目の前の男、大陸でも数少ない
クワドラプルに位置するハンター、カラルを見る。
一見するとたんなるくたびれた中年オヤジだ。
まだ年齢は三十台だった気がするが、十歳は老けて見える。
「あんたならどこの国でも引く手数多だろ」
「仕えるのは好かん。窮屈だ」
外見だけじゃなくて内面も駄目親父だよなぁとギュイは思う。
「失礼なことを考えてるな」
「いや、そんなことは……ってスキルの力を使ったのか?」
「こんなことで使うかよ。勘だ勘。
だがそのセリフで失礼なこと考えてたとバレバレだ」
相変わらず食えないおっさんだぜ。ギュイは心の中で悪態をつく。
「そういやルルカの嬢ちゃんは参加してないのか?
ルルカの嬢ちゃんなら久しぶりに楽しい戦いができそうなんだがな」
「ルルカはあんた以上に動きたがらないものぐさだぜ。
参加なんてするはずがないだろ。
だいたい俺だって半強制みたいなもんだし」
ギュイは姉のほくそ笑む顔を思い出してため息をつく。
「まぁ今回は色々と面白そうな奴が参加してるからな。
少しは退屈しのぎができそうだ」
「おっさんがそう言うってことは、かなり強いんじゃねぇの」
「まぁそうだな。坊主も油断してると負けちまうぞ」
カラルはグィッとグラスを傾けると、中の酒を飲み干す。
「プハァ! おーい店主、もう一本ボトル追加だ」
その言葉にギュイは呆れた顔をする。
「飲みすぎじゃねぇの? 明日もし当たったら、
二日酔いのせいで勝てそうだぜ」
カラルはその言葉を聞いてニヤリとする。
「この程度で二日酔いになるか。
今日は予選から楽しい戦いが出来たから気分がいいんだよ」
カラルは予選で当たったメイド服姿の少女を思い出す。
一見して遊びで出場しているのかと思ったが、
その弓の腕は達人の域に達していた。
最後に残ったのは自分とその少女だったが、
あの狭い場所で弓矢を用いてカラル相手に善戦した姿は、
周囲の観客から称えられて当然といえただろう。
その後ギュイが帰るまでカラルは酒を飲み続けた。
明日からの強者との邂逅に思いを馳せて。




