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んー! いい天気だね。ちょっと暑いくらいだけど。
それじゃあメレテクトに向けて出発しよう。
フラキスさんたちはゆっくりしてから町に向かうみたいだね。
飲み過ぎたのかな。
馬車を進めるにつれて、人をよく見かけるようになるね。
基本的に旅をする人がいないこの世界だけど、
こういったイベントの時は近隣の町や村から人が集まってくるんだとか。
人が集まるとそれを商機と捉えて、商人の人達も集まってくるから
結果としてかなりの人々がメレテクトの町に集まるんだね。
このままメレテクトに到着すると、武技大会まで十日間ちょっと時間が余るけど
退屈はしないで済みそうだね。武技大会だけじゃなくて、
色んな催し物をしているって聞いたし。
あとハンターギルドで簡単な依頼は受けてもよさそうだね。
そんなことをみんなで話しながらも、
馬車はメレテクトへと向かって進み続ける。
そして私達の眼に見えてくる、王都メレテクト。
見たままの感想……でかいぃ!
周囲を荒れ地や砂地に囲まれながらも、バルーザと同じく……
いやそれ以上に強固な外壁で囲まれている。
外壁越しにも見えるほどに高い建物が多いね。
しかも横幅もあるから重量感がすごい。流石は王都ってかんじかな。
門のところには結構な人だかりが出来てるね。
バルーザと同じく、特に入るのに必要なものはないけど
王都だけあって衛兵の姿はかなり多い。
別にやましいところはないけどなんだか緊張してくるね。
今回は馬車の外に出てるのがディナーナだけだし、
注目はされてないだけましだけど。
どうやら私達の番みたいだね。
「すまんが馬車の中を確認させてもらうぞ」
衛兵さんの声が聞こえてくる。
「こんにちは、お仕事ご苦労様です」
馬車の中を覗き込んだ衛兵さんに、にっこりと笑って労いの言葉をかける。
衛兵さんは暑いからなのかわりと軽装だけど、
そのぶん筋肉の盛り上がりとかがはっきりわかるね。
小麦色に焼けていて、屈強そうだわ。
その屈強な衛兵さんが私と目を合わせて止まってる。どうしたんだろう。
「はっ! い、いえ……どうかメレテクトの町をお楽しみください」
兵士さんがすぐさま顔をひっこめる。
なんだか慌ててたけど、どうしたのかな。
というか、口調も変わってるんだけど……。
バルーザの町の衛兵さんもたしかこんなかんじだった気がするね。
「――おい、どうしたんだ慌てて。何かあったのか?」
「いや、何も問題はない……。
というかどこかの貴族のお嬢様みたいな人が乗ってた。
とんでもなく可憐で優しい言葉をかけていただけたよ。
いやぁあれは天使だね」
「なっ、そんなにか。くそっ、俺もその天使をみてみたかったぜ――」
…………。やめてください、
これ以上恥ずかしい呼称を増やさないでください、お願いします。
私は馬車の中で顔を赤くしたまま、メレテクトの町へと入ることとなった。
というわけで、なんとかメレテクトの町へと入ることが出来ました。
町の様子はバルーザに比べると整然とした印象を受けるね。
バルーザが交易の町というのに比べて、こっちは王都だからね。
当然といえば当然かな。
でも人口はバルーザよりもかなり多いと思う。
もちろん武技大会ということでいつも以上に人がいるんだろうけど、それにしても多い。
大通りの両脇には露店がいくつか立っている。
見た感じは食べ物を売ってるみたいだね。
で、その付近には座って話をしている人達がこれまたたくさん。
盛大な井戸端会議と形容すればいいのか……。
まだ武技大会まで十日くらいあるはずだけど、すでに熱気が町に充満してる。
「お嬢、どうするの?」
ディナーナが馬車の中に顔を突っ込んで聞いてくる。
「とりあえずは宿を探して落ち着いてから行動しようか」
バルーザの町の時はそれで宿を探すのにあせっちゃったからね。
武技大会の登録とかやるべきことは多いけど、
まずは旅の疲れを癒しておこうかな。
「マスター、私がどこに宿があるか聞いてまいります」
「お嬢様、私も一緒にいってきますね」
エンテとウイナがそう言ってくる。
みんなでバラバラに動くとはぐれそうだしそれがいいかもね。
はぐれても私を目印に集まることはできると思うけど……。
なんだか灯台を想像してしまったよ。
二人は馬車から出ていくと、付近の衛兵さんに尋ねている。
気候が暑いせいか、通りを歩く人達は結構な薄着だね。
「メビウスも暑くない? もう町の中に入ったし、鎧を脱いでもいいと思うけど」
私は馬車の中で重鎧を身につけているメビウスに声をかける。
旅の間はすぐに戦えるように鎧を身につけたままだったけど、
見てると暑そうだからね。
下半身は膝上のスカートだけど、上はがっちり着こんでるから。
湖岸の洞窟でジュネとの会話から、
武具乙女たちも暑い・寒いは普通に感じるってわかったし。
「しかし……いえ、たしかに今は必要ないかもしれませんね。
それでは……」
少し躊躇しながらも、メビウスはその重鎧を外す。
とたんに溢れ出んばかりに存在感を示す胸。
メビウスはちょっと恥ずかしそう。
……ひょっとして存在感のある胸を出すのが恥ずかしくて、
鎧をいつも着てるのかな?
もしそうならもったいないよね!
いや、ある人にはない人には無い悩みがあるのかもしれないけど。
そういえばバルーザの町や自宅の中でも鎧着てる時の方が多かったよね。
そのおかげで見る人にすぐ騎士って思われてたくらいだし。
エンテとウイナが戻ってくるまでの間、
私はメビウスの胸をジーッと見ながらそんなことを考えていました。
「……マスター、なんだか色欲がたかまってませんか?」
戻って早々エンテから突っ込みを頂きました。
色欲というか、枕にして寝たら気持ちよさそうかなぁとは考えてたね。
相変わらずエンテは鋭いです。
「ほぁぁ。結構大きな宿だね」
私はこの町でしばらく泊る予定の宿を見て、感嘆の声をあげる。
馬車が停められる宿となると、ある程度限られてくるみたいだね。
目の前の宿はちょっとした高級ホテルっぽい外観。
周囲の建物に比べて二回りくらい大きなレンガ造りの宿でした。
中に入ってみると、結構大きなロビー。
宿泊客も結構いるね。やっぱり武技大会が近いからかな。
「ようこそホテル[メレトリス]へお越しくださいました」
受付の方が丁寧なお辞儀をする。というか今ホテルっていったよね。
ん? なんだかウイナが服をつっいてくる。どうしたんだろ?
「お嬢様、ひょっとしたらエンテと私が尋ねたので、
貴族向けの宿を紹介されたのかもしれません」
……その可能性はあるかもしれないね。
ウイナはメイド姿だし、エンテはお嬢様といっても過言じゃない容姿をしている。
エンテは町に入ってすぐに鎧を脱いでるし、尚更だね。
「どうしましょうか。もし宿泊料金が高いようでしたら、別の宿を探しますが」
ウイナは申し訳なさそうに提案する。
たしかにお金は節約したいところではあるけど――
「今日はここに泊っちゃおうか。
長旅で疲れてるし、リフレッシュする意味でもね。
明日また改めてちょうどいい宿を探せばいいんじゃないかな」
せっかく探してくれたんだしね。
さっき言った通り、旅の疲れを癒すという意味でも
このクラスの宿に泊るのは良いかもしれない。
「……ありがとうございます」
ウイナは色々と察したのか、そう一言だけ言って私の後ろに控えた。
「それでは七人で一泊お願いします」
私は微笑みながら、受付の人へ伝えた。
部屋へ案内されて驚いた。流石はランクの高いホテルだよ。
ちなみに部屋はダブルベッドが二つある四名用の部屋。
それを二部屋とることにした。
七名用の部屋っていうのは流石になかったね。
中の内装は一見地味なのにすごく品を感じる。
主張してこないのに存在感があるというか……。
ウイナがうっとりとしながら、ソファやテーブルをさすっている。
なかなか絵になるね。
ベッドもダブルだけあってかなりゆったりとしている。
私たちなら三人でも十分休めるくらいだね。
アドナはトランポリンみたいにベッドの上で跳ねて遊んでいる。
気持ちはわかるけど、ベッドが壊れるとまずいからやめておこうね。
「ふふっ、主様もいかがですか?」
ジュネがいつのまにかサイドテーブルに置いてあったお酒を飲んでる。
飲んでるというか、もう酔ってるんじゃないかな?
まぁせっかくだし私も一緒に――
「マスターはもう少し大きくなられてからですね」
エンテー! 私はもうお酒飲んでも大丈夫な歳なのよー!
「姫、こちらにフルーツジュースがありますよ。お注ぎいたしますね」
しくしくしく。私は寂しくグラスを傾けるのでした。
その後、だれがどこで寝るのかという話で
大揉めになったことは、語るまでもないね……。
次の日ゆっくりと休んだ私達は、まず武技大会の登録をすることにした。
人数締め切りがあるとは聞いてないけど、
ここまで来て参加できないとなるとガックリだからね。
「思ったよりは人が少ないね」
受付の場所をホテルで聞いてやってきたものの、
人だかりが出来てるものと思ってたけどポツリポツリといったかんじ。
「参加者だけと考えたら、
受付期間も長そうですから訪れる人は少ないのかもしれませんね」
ウイナの言う通りかもしれないね。たしかに周囲を見る感じ、
ハンターっぽい人とか武装してる人ばかりだ。
私達はそのまま登録へと受け付けに向かう。そこで予期せぬ事態に遭遇する。
受付のところに張り出してあった優勝、準優勝の賞品。
賞金が一位で一千万ヴェール。二位で五百万ヴェール。
流石に大陸中から集まるだけあって、かなりの高額だね。
でも注目したのは副賞の品。
一位が武神の冠。名前が凄いけどこっちは特に興味がない。
二位のバースダイアモンドリング。これは名前に聞きおぼえがある。
「武具乙女」のバースダイアモンドリングのイリアだ。
「武具乙女」にはバースの名前が付く宝石の装飾品が
全部で十二種類存在する。
そう、誕生石をモチーフにした武具乙女だね。
全てのレアリティが★★★★の上に、
イベントの配布品になって話題になったから鮮明に覚えている。
そのイベントというのが、
自分の登録プロフィールの誕生日の武具乙女が貰えるというもの。
★★★★配布というだけでもかなり話題になったのに、
配布されるまで能力が隠されていたから
それはもう色んな情報が飛び交ったね。
私は素直に二月の誕生日だったからアメジストの武具乙女を貰ったけど、
ダイアモンドが強いに違いないという情報が流れて、
四月の誕生日に変える人が多かったんだとか……。
いちおうドロップやガチャでも入手可能だったけど、★★★★だからね。
よっぽど課金してる人じゃないと
なかなか巡り合えないから必死な人も多かった。
結果はまぁ能力に差はほとんどないものの、
アビリティは色々と分かれていて勝ち組み負け組で盛り上がってたね。
私のアメジストはアビリティ的には普通だったけど、
女の子がすごく可愛くて……こほん。まぁ満足だったね。
イリアは気品のあるお姫様的な外見だったと思う。
アビリティは防御力を上げるものと回復だったかな。
防御的なキャラが欲しかった人は満足してたみたいだけど、
攻撃能力が低いから賛否わかれるところではあったね。
でも見た目は文句なしに清楚、綺麗系で男性人気がすごかったよ。
これは一位よりも二位の方を狙いたいんだけど……。
というか、是が非でも二位にはなりたい。
もちろん一位だってとれるなら取りたいけどね。
「マスター、ひょっとして賞品の品が私達の仲間なのですか?」
エンテが尋ねてくる。かなり止まってたみたいだね、私。
「うん。でもどうしようか……」
エンテとジュネが参加というのは変わりないけど、
少しでも可能性を高めるためにウイナも参加してもらうべきかも……。
ちなみにスペシャルスキルでサポートは不可能なんだよね。
というのも武技大会は特殊な結界の中で行われる。
その結界には両者の合意があって入ることが出来るんだけど、
結界内に入るときに全ての付与効果が解除されるんだよね。
つまり外部からのサポートは無理。試合前に能力上昇させる魔法とかも無理。
結界に入ってしまえばその手の力も使えるんだけど、
ズルは駄目ってことなんだろうね。
あと道具の使用も不可と書かれているね。
スキル回復薬がぶ飲みで戦うのもできないかぁ。
どっちにしろそんなに持ってないんだけど。
ただこの結界内であれば攻撃を受けても痛みはあるものの、
傷ついたりしないというのはありがたいね。
ダメージが命にかかわるまで達したと判断されると
結界内からはじき出されるんだとか。
私達は受付を済ませると、改めて宿を探すことにする。
その間も私はどうするか悩み続けていた。あと十日間。
出来ることは全部やっておきたいけど……。
そしてあっという間に時間が過ぎ去り、
いよいよ武技大会開幕の日を迎えることになる。
私のとっておきの秘策を胸に秘めて。




