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んふふっ、ティーレさんから謝礼を頂いたんだけど、その結果
[所持金 二百二十五万六ヴェール ]
とあいなりました! ティーレさん太っ腹だね。
いや、ひょっとしたら死人が出たかもしれないことを考えると
妥当なのかもしれないけど、私にとってはデメリットなく使える力だもんね。
こういうのをチートっていうんだろうね。
無双まではできないけど、十分すぎる力だよ。
最初はサンドバックは嫌だぁとか言っててごめんなさいだね。
「お嬢様、次は湖岸の洞窟に向かいますか」
ウイナの回復を待ってそうするつもりだったけど、
もう回復してるからね。ヴェールもたくさん手に入ったけど、
せっかく下準備は終わらせたんだし、行くとしようか。
「そうだね。今日はゆっくりとして、明日の朝に出発しよう」
エンテ達もかなり強くなってるから、
そうそう遅れをとるような敵はいないと思うけど
魔人とかが出てくれば流石に厳しいと思う。
準災害級がそうポンポン出てくることはないだろうけど……。
そういえば強さが上がったおかげで
部隊を増やすことが出来るようになったんだよね。
ディナーナを買ってもいいんだけど、洞窟探索が終わってから考えよう。
次の日の朝、早速私達は湖岸の洞窟に向けて出発した。
前回魔人に襲撃された場所を通った時は、流石に警戒したね。
もちろん何が起こるでもなく通過したけど。
この世界は魔物が多いというのは前にも云った通りだけど、
ハンターギルドの資料室で調べていくつかわかったことがある。
それはこの世界で人間というのはかなり弱者の立場にあるという事。
この大陸にはベルト、リジャーラ、メレテクト、エジェナ、
パーラサス、マダ、エリュートの七つの国があって
それぞれを一応の国境線でわけている。他にも島国のイバンとかがあるみたい。
でも人間の活動領域は思った以上に狭いんだよね。
たとえばこのベルト国にしてみても王都ディメスやバルーザの町、
その他の小さな町や村はたくさん点在しているものの、
それら以外は魔物が跋扈する世界だ。ディメスやバルーザなどは
防壁がしっかりしているから人々も安心して暮らしているけど、
小さな町や村は防壁や柵も小さく、魔物の襲撃に怯えながら生活している。
ただそこまで人間を好んで襲ってくる魔物は多くはないみたいだけど。
魔人とかみたいに、人間を敵視している魔物のほうが少ないんだね。
遺跡なんかが各地で見つかることから、
昔はもっと人間の活動領域は広かったんだろうけどね。
エンテの説明に古代アストリア時代とか書いてたし、
そういった時代もあったんだと思う。
そういうわけで湖岸の洞窟まではそこそこの頻度で魔物と遭遇した。
すれ違う人はいなかったけどね。
特に村もなく、素材がいい狩り場でもないから
ハンターの人も通らないんだろうね。
現れる魔物はどれもウイナの弓で終わるくらいでした。
そういえばウイナだけ他のみんなよりもレベルが低いんだよね。
今度改めて上げなくちゃ。
「大きい湖ですね……」
エンテがほわぁぁって顔をしてる。たしかに大きい。
はっきり言って今見てる場所だけを切り抜いたら海と勘違いするかもしれない。
うっすらと霧がかかっていてより神秘的な雰囲気を感じさせる。
向こう岸がみえないほどの大きさだけど、
ところどころに影のような物が見える。たぶん島じゃないかな。
私は未だ見ぬ冒険に心がワクワクするのを感じた。
「お嬢様、こちらです」
ウイナの声で我に返る。ウイナの方を見ると湖とはまるで関係ない場所にある洞窟。
うん……今から行くのは湖岸の洞窟だったね。
たんに湖の近くにあるからそう言われてるだけであって、
べつに湖に入っていくわけじゃないんだよ。ワクワク返して!
「みんな夜目薬と暖化薬は飲んだ?」
私はみんなに確認する。洞窟の入口に立ってても
少し肌寒かったからね。持ってきてよかった暖化薬。
「マスター、いつでもいけます」
エンテが剣を構えて頷く。その頭には青い薔薇の髪飾り。
よっぽど気にいったんだね。
ちなみにこれ魔法具というだけあって、ただの髪飾りではないみたい。
たしか少しだけ運勢がよくなるんだとか。
よくある開運グッズみたいだけど、
魔法具といわれるとなんとなく効果があるんじゃないかと思うよね。
実際に確かめようがないことだからなんともいえないけど……。
洞窟内はほのかに青く光を帯びている。
この洞窟に生えてる紺碧苔っていう苔のせいということだけど、
なんだか水の洞窟ってかんじで神秘的だね。私の中でワクワクが復活しました!
光っていると言ってもほのかにだから、夜目薬はやっぱり必要だね。
水辺にある洞窟だからか、ところどころに水たまりが出来ている。
ひょっとしたら湖と繋がっている部分があるのかもしれないね。
現れる魔物もこれまで見たことのないような水系のものが多い。
「主様、ジメジメしてますわね」
「うん、ジュネの格好って寒くない?」
私はジュネのこれでもかと露出した格好を見て思う。
いちおうローブを買ってはきたけど、戦闘のたびに脱がないとだから
面倒そうなんだよね。
「いえ、薬のおかげかそれほど――い、いえなんだか肌寒いですわ。
主様の肌で温めていただければ――」
うん、大丈夫みたいだね。よかったよかった。
「マスター!」
「うん、右の水たまりから魔物が一体! その奥の方から更に二体きてる」
私の声の後、水たまりがボコォとなって粘体質の魔物が現れる。
たしかアクアスライムだっけ。
物理攻撃が効きにくいんだよね。「武具乙女」では攻撃魔法でたおしてたけど……。
その奥からはドスンドスンという足音。
半魚人ってかんじの魔物だ。名前はネードッド。
結構体格は大きい。前に戦った邪猿くらいあるかな。
ヌメヌメとした光沢を放つ鱗に包まれている。
こっちは逆に魔法耐性が高かったんだよね。嫌な組み合わせだけど――
「はぁぁっ!」
エンテがアクアスライムに斬りかかる。
アクアスライムは動作が遅い為、全く反応できていない。
ザシュッ!!
気持ちの良い音をたてて、アクアスライムが両断される。うん、強いわ。
まさにレベルをあげて物理で殴れだね。
奥から来るネードッドにはメビウスとジュネが向かう。
二人とも足元が悪いのに速いね。
ネードッドは二人の姿を見ると、それぞれが口を大きく開く。
次の瞬間高速で射出される水塊。
水鉄砲なんてレベルじゃないね。
あの勢いだったら、下手したら致命傷を受けるかもしれない。
「この程度!」
メビウスが盾を構えて水塊を迎え撃つ。
ボシャァァン!!
水とは思えない音が響くが、メビウスは涼しい顔をしている。
威力は高そうだけど、魔人の黒炎に比べたらたいしたことないんだろうね。
メビウスの陰からジュネが躍り出る。
いまだ大きく口を開けたままのネードッドの口中に雷槍が突き刺さる。
「ぎゃごぉぉぉっ!!」
雷槍と紫電の連続攻撃がネードッドの体内で炸裂する。
相変わらずの攻撃力だね。この一撃が致命傷となったのか、
ネードッドが崩れ落ちる。
もう一体残ったほうもその巨腕を振り回して踊りかかってくるも、
軽くいなされて首元に鋭い突きを受ける。
「私の出る幕がありませんね」
ウイナが苦笑するほどに、余裕を持って勝利することができた。
魔人との戦いでレベルをあげたおかげでエンテ達三人は強くなったからね。
エンテ Lv-43
ジュネ Lv-35
メビウス Lv-30
結構高くなってるのは、アビリティを二つ同時に上げたからだね。
「武具乙女」でもよく使ってたやり方で
手早くレベル自体を高めてステータスを上昇させるという方法。
主人公の強さも上がって一石二鳥なんだよね。
どうしてもレベルが高くなってくると一レベルあげるのも大変になってくるんだよ。
結局使い続けるなら最大まで上げることにはなるんだけど。
とはいえ、油断や慢心は禁物だね。
数値の強さなんていうのは結局目安にはなっても状況で大きく変わってくる。
魔人との戦いはそれが逆の意味で助けになったんだと思うけどね。
数値だけでみたらたぶん魔人のほうが数段上だったと思うから。
その後も水たまりや奥から現れる魔物を撃破しながら進む。
ハンターが訪れないからなのか、結構魔物は多い。
ネードッドの水塊を放つのだけ気を付ければ、そこまでの脅威はないね。
あと今回は宝箱自体が見当たらない。どうせ空だからいいんだけど……。
そろそろ奥に到達しそうかなという時、
突然強い魔物の気配を感知する。これは……やばそうだ。
亡霊騎士の時と同じくらいの威圧感を感じる。
あの時よりはみんな強くなってるけど、強敵には違いない。
「みんな警戒して!
この先の広い空間に強い魔物がいるみたい」
私の言葉にエンテ達の表情が引き締まる。
メビウスが盾を構えて皆の前に立つ。
やっぱり防具の武具乙女がいると頼もしいね!
警戒しながら進むと、そいつは広間の中央にいた。
「これは、ヒュドラだね」
洞窟の中とはおもえないほどに広い空間を持ったその中央では、
多頭の頭を持つ、巨大な蛇ヒュドラがいた。
たぶん洞窟奥に見える水辺が外の湖と繋がっているのだろう。
餌を求めてここに来たのか、はたまた寝床にしているのか……。
そして、私の視線は洞窟奥にあるストーンサークルを見つめる。
ここからじゃ見えないけど、ギフトシンボルがある可能性は高いね。
ヒュドラは私達を見ると、新しい獲物が来たと喜んでいるのか頭を揺らす。
たしかヒュドラは熟練のハンターでも苦戦するレベルの凶獣級だっけ。
ここから見るだけで大きいとわかる。
高さは三メートルちかいんじゃないかな。頭は四本ついている。
頭の数が強さの目安になるけど三本から五本が確認されてるから、
強さ的にちょうど真ん中になるのかな。
ヒュドラの厄介なところは、その巨体によるパワフルな攻撃よりも毒にある。
一応毒消しは持ってるけど、
これは毒草や毒虫なんかに刺された時用のものだから、
ヒュドラの毒には効果が薄いんだよね。
「みんな、ヒュドラは毒液を吐いてくるから気を付けて」
私の言葉にみんなが頷く。
「参ります!」
メビウスが盾を構えてヒュドラに向かう。
それにエンテ、ジュネと続く。ヒュドラの反応が速い。
それぞれの首が獲物を見定めているみたい。
シャァァ!!
メビウス達が広間の中ほどまで進んだところで
ヒュドラの口からどす黒い液体が撒き散らされる。
毒を吐いているのは一本の首だけ。
メビウスはそれを盾で防ぎながら走ることを止めない。
ヒュドラに接敵するところで、複数の首が左右からメビウス達に襲いかかる。
「その程度で!」
メビウスが器用に左右からの首をいなし続ける。
ガキンガキンと牙と盾がぶつかる音が響く。
「こんのぉぉぉへびぃぃ!!」
ジュネの雷槍がメビウスに襲いかかる首の一つに狙いを定めて突きだされる。
咄嗟に頭をくねらせてかわすも、
ジュネは突きから薙ぎ払いへと軌道を変える。穂先がヒュドラの首に裂傷を与えた。
亡霊騎士に比べて防御力は低そうだね。
「ぐきゃぉっっ!」
痛みに苦しげな悲鳴をあげる。その首にさらに銀の刃が襲いかかる。
「はぁぁっ!」
エンテの白銀剣が血をダラダラと流す首へと食い込む。
そのまま気合の声とともに首をひとつ斬り落とした。
丸太みたいに太い首を斬りおとすとかすごいね。
頭を落とされた首は力を失ったようにダランと垂れさがる。
怒りに身を任せてヒュドラはその巨体でエンテ達を押しつぶそうとする。
「くっぅぅ!!」
ヒュドラの動きが止まる。
なんとメビウスがその巨体を盾で押さえこんでいる。
あの巨体を止めるとかどんだけのパワーなんだ。
流石にヒュドラもこれには驚いたのか、それぞれの首が混乱するかのようにメビウスをみやる。
その隙を逃す二人じゃないね。
エンテとジュネが左右に分かれてそれぞれの頭を攻撃する。こうなるとエンテ達のペースだ。
ヒュドラの噛みつき攻撃をかわしつつ、確実にダメージを与えていく。
最後のあがきか、残った頭が大きく首をそらして毒液を吐こうと口を開ける。
フォォン!
その大きく開いた口めがけてウイナの輝く矢が吸い込まれる。
あんな小さな的を狙い撃つなんてすごいね。
ヒュドラは毒液を吐くことも出来ず、口を閉じて苦しげに頭を振り回している。
その間にエンテとジュネはそれぞれの頭に止めをさす。
首が三本もやられるとさすがにヒュドラの動きが緩慢になる。
たしか神話に出てくるヒュドラは斬られた首がまた再生してくるらしいけど、
さすがにそこまで化け物じゃないみたいだね。
「これで止めですわ!」
緩慢になったヒュドラをみやり、
ジュネが腰を落として力を溜めると紫電を迸らせながら強烈な突きを放つ。
「ギャォォォォォォォォ!!」
深々と雷槍がヒュドラに食い込むと、
紫電を撒き散らしてヒュドラを内部から焼き焦がさんとする。
これが止めになったのか、ヒュドラの巨体が地面へと倒れ込んだ。
「みんなすごかったよ!」
目立った怪我もなくヒュドラを倒すことが出来て、ほんとによかった。
毒液とか触れただけでヤバそうだからね。
ヒュドラの巨体が光の粒子となって私の中へと入ってくる。
たしかヒュドラってこの湖岸の洞窟の中では珍しく、
かなりいい素材がとれる魔物だということだったけど仕方ないね。
「メビウスのおかげで攻撃に専念できるのがいいですね」
エンテの言うとおり、
メビウスが敵の攻撃を受け持ってくれるおかげで安定して攻撃ができるね。
「私は防御くらいしか取り柄がありませんから。
エンテとジュネとウイナの攻撃があってこそ私の盾は生きるのです」
うんうん、メビウスの言うとおりだね。みんなが連携することで、何倍もの力が出せるんだよ。
まぁ私は何の役にも立ってませんけど…………。
でも、私にしか出来ないこともあるからね!
私は石碑に刻まれたギフトシンボルを見て、自然と顔がほころんだ。




