22
「ご心配をおかけしました」
ベッドの上でウイナが弱々しく微笑む。
身体中に包帯をしていて痛々しい。
「ごめんね、私が油断をしたから……」
ウイナはゆっくりと首を振る。
「私はお嬢様を守ることが出来て、嬉しいのです。
お嬢様が目の前で傷つく方が、私には耐えられませんから」
私が塔でウイナをかばったことを気にしてたのかな。
嬉しいけど、やっぱりウイナにも傷ついて欲しくないよ。
でも命に別状がなくてよかった。
あれから私達は急いで町へと戻ってきた。
ウイナを一刻も早く治療したかったからね。
町の治療院でウイナを元に戻したんだけど、
武具に変えた直後の状態だった。
どうも武具になってる間は時間が止まってるような感じなんだよね。
ただ意識だけがまどろんでるような………。
だから治療院は大騒動だったよ。
まさに今大怪我をしたばかりって状態だもんね。
止血と治療の魔法で応急処置を済ませて、今は安静にしているところ。
回復魔法で一瞬で回復! というのは普通はないみたい。
高位の神官職の人なら強力な回復魔法が使えるとのことだけどね。
私が本物の聖女だったら、ウイナの傷を癒してあげるのに。
あくまで聖女に似た力を使えるだけだからね。
「それじゃあまた明日来るね。ゆっくり傷を癒して」
私達は治療院の人にウイナをお願いすると、
宿へと戻る。あまり大人数でいても、他の人達に迷惑だからね。
明日はなにか美味しい物を持っていってあげよう。
そんなこんなでようやく宿の部屋で落ち着きました。
私はもちろんエンテもジュネもメビウスも疲れ果ててるね。
ちなみに宿代は大丈夫でした。魔人を倒したのが大きかったのか、
所持金が一気に百万近く入手できたんだよね。
――いや、正直あの強さならもう一桁多くてもいいように思うんだけど……。
基準がどうなってるのかわからないけど、
どう見直しても百万とちょっとしかないんだよね。まぁ百万も十分大金ですけどね!
「ふぁぁ…!?」
私は目覚めると驚き止まる。
横にエンテの幸せそうな寝顔があったからね。
反対側を見るとジュネの同じく幸せそうな寝顔。
もしやと思って足元を見るとメビウスが。
みんな私のベッドに自分のベッドをくっつけてきたの!?
あとでちゃんと戻しておこうね。宿の人に怒られるから。
朝食を食べながら今後の予定を話し合う。
ウイナが回復するまではとりあえず動けないけど、
回復したら当初の予定通りに湖岸の洞窟に向かいたいね。
アクシデントというにはあまりにも大変な出来事だったけど……。
フィールド歩いてたらいきなりボスと遭遇したようなものだよね。
準備はできてるから、ウイナが回復するまでは各自で自由行動にした。
といってもみんな私と同じくウイナのお見舞いに行こうと思ってるんだろうけど。
というわけで宿を出たんだけど、なにやら騒がしい。
「すみません、何かあったんですか?」
私は騒がしい方へと駆けだそうとしているおじさんを捕まえて聞いてみる。
「騎士団が帰ってきたそうだよ。なんでも大戦果だったらしい」
おぉ、ガムンさん達が帰ってきたんだ。
騒がしいのは、凱旋した騎士さん達を出迎える音だね。
大戦果ってことは無事討伐できたんだろうね。後でお祝いに行こう。
今行ったら、とんでもないことになりそうだからね。
あとでこっそりとですよ。
「ウイナ、怪我の方はどう?」
私は病室で本を読んでいるウイナに声をかける。
憂い気な表情といい、深窓の令嬢っぽい。
当たり前に接していたから意識しなかったけど、
ウイナってかなりの美人さんだもんね。
今はメイド服じゃなくてパジャマ姿だけど、雰囲気ががらっと変わるね。
「お嬢様!」
私の姿を見て、微笑むウイナ。破壊力高すぎる。
男だったら即落ちしそうだよ。
「お嬢様……実は……」
ウイナが小声になる。どうしたんだろう?
「実は、もうほとんど回復してるんです」
ん? ほとんどって昨日応急処置した時は、
怪我が酷かったよね。いくらなんでも……
怪訝な顔をしているだろう私に、
ウイナは太ももに巻かれている包帯を外す。
うん、白くて綺麗ですべすべした太ももだね。
たしか昨日は裂傷があったと思うけど。
少し赤いあざのような部分があるけど、これなのかな?
明日には消えてそうなくらい微かな痕だね。
「ひょっとして他の部分も?」
ウイナはこくりと頷く。
衝撃波を全身で受けて、至る所に裂傷や痣ができてたんだけど……。
いやこれは喜ぶべきことだね! エンテの回復も速かったけど、
武具乙女は基本的に回復が速いのかもしれない。
「ですので、もう退院してもいいと思います。
むしろこの状態で入院してると他の方にご迷惑かと…」
治療院はそこそこの大きさがあるから
すぐに怪我人でいっぱいになることはなさそうだけど、
ウイナの気持ちが納得できないのかもしれない。
そういえば騎士さん達も戻ってきたんだっけ。
ひょっとしたら治療院に何人か来るかもしれないし、
ここはウイナの意志を尊重したほうがいいかな。
「じゃあ退院の手続きをしてくるね」
もちろん治療院の人と一騒動ありました。
昨日の今日で怪我が治ったとか何事かと思うよね。
実際に包帯を取って見せたら納得してくれたけど。
「では、ウイナの退院と無事の帰還を祝ってカンパーイ!」
私達はカトレア亭の食堂で、絶賛ミニ祝勝会中です。
カンパーイっていってもお酒は駄目って言われちゃったけどね。
たぶん他の人から見たら騎士団の凱旋祝いだと思われそうだね。
時刻はちょうどお昼頃だったので、食堂には他にもお客さんがいる。
珍しく男の人がいるね。カップルかな?
「今回はほんとに危なかったよ。まさか転移で連れ去られるなんてね」
食事をしながら今度のことを振り返る。
この世界にあんな魔法があるなんて思わなかった。
魔人もかなり力を使ったみたいだから、
そう簡単にできるものじゃないんだろうけど。
今回は色んな運の良さも手伝って魔人に勝てたんだと思う。
最初から魔人が手を抜かずにきてたら勝ち目はなかっただろうし。
「お嬢様が連れ去られた時、目の前が真っ暗になりました」
ウイナが胸に手をあてて顔をしかめる。
「ほんとですわ。でも無事で何よりでした」
「そういえばジュネは光っていってたけど、
遠くからでも私のいる場所ってわかるものなの?」
あの場所にみんなが来てくれたからなんとかなったけど、
私一人じゃどうがんばっても無理だったからね。
「えぇ。愛しい主様を思うと、
どの方角にいるかはっきりと感じ取れるのです。
やっぱり主様と私は繋がってるのですわ」
ジュネが胸に手をあててうっとりとする。
うん……ありがたいけど、ストーカーとかにならないでよ?
「ジュネ、私も分かりますよ? マスターと繋がっているのは私も同じです」
エンテもそんなにジュネに対抗意識燃やさないの。
この二人って戦闘の時は息があってるのに、それ以外の時は張りあってるのよね。
でもそれも可愛いんだけど。
「姫をおめおめと敵の手中に落としてしまうとは、面目ございません」
メビウスが肩を落としてつぶやく。メビウスは相変わらず固い。
そんなに責任感じなくても、あれはどうしようもなかったよ。
「メビウス、お嬢様を守れなかったのは私達皆同じなのです。
ですからそんなに自分を責めな――うっ、お酒臭いですね」
見るとメビウスのコップからは泡が立っている。
「わたしなど……わたしなどが姫に仕えているばかりに!
うううっうぅっぐすっぐすっ」
駄目だ。これメンドクサイ系だ。誰だメビウスにお酒のませたのは!
「あら、メビウスったらそれくらいで酔うなんてだめですわね。
私なんて三杯目ですわ」
ジュネ、お前もか。
なぜ私にはお酒こないんですかねぇ。
見た目こうですけど、中身アラサーなんだけど。
「マスターにはまだお酒は早いですね」
「お嬢様、フルーツジュースをおかわりしましょうか?」
「いつか主様と一緒にお酒を飲みたいですわ」
「私なんて…私なんて…ぐすっぐすっ」
まだ昼なんですけど、私達のテーブルは収拾がつかなくなりました。
店員さんごめんなさい。
「なにかあっちのテーブルが騒がしいな」
「もぐもぐもぐ……」
「けど可愛い子ぞろいじゃないか。いいね。
どうせならあっちのテーブルでランチをご一緒したかったぜ」
「頭の中は女のことしかないのね……もぐもぐ」
「しかたないだろ。目の前の女は食べ物のことしか頭にないんだから」
「食べ物がなくてもギュイの相手はしないけど」
「はぁ……何が悲しくてこんな宿に泊ってんだか……
男なんて俺一人しかいないんだぜ」
「こんな可愛い宿ほかにないもの。
女に囲まれて寝泊まりできるなんて、ギュイは幸せ者ね」
「無表情にそんなこと言われてもな。
俺の顔が幸せ者に見えるなら、ちょっと治療院にいってこいよ」
「ギュイの幸せに興味ないからどっちでもいい。………もぐもぐ」
「………はぁぁぁ………」
さて、食事も済んだしガムンさん達の様子を見に行こうか。
加護を行使した以上、結末は気になるものね。
魔人との会話から城塞跡のアンデッド達の黒幕もあいつだったんだろうけど。
ちなみにジュネとメビウスは部屋に残してきました。酔っ払って大変だからね。
騎士団本部の周りはザワザワとしていたものの、
少しは落ち着いてきてるみたいだね。
近くに行くと慌ただしくしていた騎士さんの一人が私に気が付いたみたい。
「これは聖女様!」
私は苦笑する。聖女じゃないっていっても、
騎士さん達の中じゃ私は聖女様なんだね。
そう思ってくれる気持ちは素直に嬉しいんだけど、
恥ずかしさがやっぱり先に来るかな。
「副団長が聖女様にお会いしたがってました。すぐにご案内いたします」
私は騎士さんに連れられて、騎士団本部へと入って行った。
案内されたのは団長室。そこにはティーレさんとガムンさんが話をしていた。
「これはヤト様、
このたびは加護を授けていただきまことにありがとうございました」
「お嬢ちゃんのおかげで、これ以上ないほどに大戦果をあげてこれたぜ!」
ティーレさんもガムンさんもすごく嬉しそうだね。
加護を行使した甲斐があったよ。
話を聞くに、今回も死者を出すことなく討伐を行えたんだって。
普通この規模での討伐では有り得ないことなんだとか。
三桁同士の戦いだもんね。
今回は前回と違って皆が浄化の力を得ていたから、それはもう凄かったみたい。
士気も高かったしね。恥ずかしさを我慢しただけの価値はあったよ。
やっぱりガムンさんは先頭に立って突撃したんだそうな。
今はそのことでティーレさんにお説教を受けてたんだって。
勝てたのは良かったけど、やっぱり総指揮官が一番先頭なのはねぇ……
「ふふふっ、それならもう少し来るのを遅らせれば良かったですね」
「そりゃねぇぜお嬢ちゃん」
とにかく結果がわかってすっきりしたよ。
「ヤト様、カンテ村での加護も含めてお礼をさせていただきます。
ヤト様の加護がなければ、
ガムン君をこのように叱責することもできなかったでしょう。
本当にありがとうございました」
ティーレさんがピシっとしたお辞儀をする。すごく様になっててかっこいいね。
私もこんな風に歳を重ねていきたいな。
そうだ、ティーレさんに魔人のことを聞いてみようかな。
どんな存在なのか、一般常識みたいだったし。
「あの、ティーレ団長。少しお聞きしたいことがあるのですが……」
「私に答えることが出来ることでしたら、なんなりと」
ふむ……戦ったとかはいわないほうがいい気がする。
準災害級とか自分でいってたからね。
「魔人……とはどういった存在なんでしょう?」
あれ? 質問の仕方間違ったな? ティーレさんの眉間にしわが寄る。
「魔人でございますか? 存在とは……どういった意味ででしょう?」
「その……魔人という言葉を聞いたことがなかったんですけど、
ハンターギルドで話しているのを聞きまして」
「そうですか。魔人というのは我々人間にとって脅威となるべき存在。
王族を含めた全ての家で子供の頃より親に聞かされて育つものですが、
ヤト様は大事に育てられたのですね。」
おぉ、そんなに一般常識な存在だったのか。
通りで魔人に聞かれた時に知らない素ぶりしてたら驚かれたわけだね。
なんというか、悪いことをすると魔人がさらいにくるよとか
そんな存在なんだろうか。
「もう少し具体的な魔人の脅威についてお話しましょう」
ティーレさんが言うには、
魔人とは最低でも準災害級として扱われる存在なんだとか。
魔人でもピンキリはあるものの、
村や町が襲われれば下手したら消滅、良くても半壊。
しかもドラゴン種などの同じランクに位置する魔物と比べて、
人間を敵視しているものが多いんだとか。
そんなヤバい存在が率先して襲ってきたら人類滅亡するんじゃないかと思うけど、
数自体はほとんどいないみたい。
種族として魔人があるわけじゃなく、
あくまで個体として魔人は存在するということなのかな。
それでも魔人の被害は絶大なものだったらしく、
皮肉にもそれが人間同士の戦争を終わらせる原因になったんだって。
ただしそれも五十年近く前までのことで、
今は目立った魔人の被害は殆どないんだとか。
というのも魔人の発見報告があれば、
謎の組織がその討伐に赴いているかららしい。謎の組織とか……
ちょっとヒーロー物っぽいね。
実際ティーレさんも知らないみたい。
第一騎士団の団長を務めてたことがある人でも知らないとか、
ほんとに謎の組織なんだね。
よくそんな存在に勝てたものだね、私達。
その後ティーレさんとガムンさんと談笑してから
騎士団本部を後にした。気軽に遊びに来てくださいとのこと。
異世界に転移してからエンテ達を含めて色んな人と出会ってきたけど、
みんな良い人達でよかった。
たぶん日本にいた頃よりも充実してるんじゃないかな。
死にそうになったこともあったけど、
やっぱりこの世界にこれてよかったと思うよ。




