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武具乙女  作者: ふきの精
第二章
22/41

21

 

 「エンテ、ジュネ、メビウス。全力で魔人を攻撃!」



 ヤトの声が夜の荒野に響き渡る。

その声を聞いても魔人モルバは動じない。

たしかにこのパーティは強い。

トリプルのパーティの中でも上位に位置する強さだろう。

だが自分に勝てるほどではない。

モルバはトリプルのパーティが複数でこようとも、

相手取るだけの自信があった。

事実、魔人とはそれほどの強さを持つ存在であった。

落とそうと思えば、モルバ一人でバルーザの町を落とすことはできるだろう。

しかしそれでは面白くない。


 バルーザの町を落とすのにアンデッドの力を使おうとしたのも、

自身と敵対する存在であるルルカの目を欺くというだけでなく

単純に楽しそうだからという理由があった。

ガングァの魔術院内での鬱屈した思いに付け込んでアンデッドとしたのも

人間が傷つけあう姿を見るのが面白かったから。


 その計画を邪魔した聖女。

モルバの中では聖女をどのようにして苦しめて

命を奪うかが重要になっていた。

楽しみを邪魔されたぶんは、

聖女自身で楽しませてもらおうと。

時間をかけてゆっくりと嬲りながら……。



 力を解放したモルバの前では、

エンテ、ジュネ、メビウスとて及ばない。

いまさら全力で攻撃したところで、

せいぜい傷が数か所つけられる程度だろう。致命傷には程遠い。

なんなら聖女の前でお供達を一人ずつアンデッドに変えていくのもいい。

モルバは名案を思い付いたかのようにほくそ笑んだ。


 モルバが違和感を感じたのは、メビウスが盾で攻撃を防いだ時だった。


 (なんだ? このとてつもなく硬い物を叩いたような感触は)



 さきほどまでとは明らかに違う。

事実、メビウスは攻撃を受けて後ずさるどころか前に踏み込んできている。

モルバは自分が力負けしていることに驚愕する。


 「はぁぁっ!!」


 エンテが横合いから胴を薙ぎ払いにくる。

その動きは先ほどまでとは明らかに違い、モルバの目でも追いきれない。


 (ふん、どちらにしろ無駄だ)


 モルバは刃を甲殻で受ける。

せいぜい表面に傷を付ける程度だろうと高をくくっていた。

その刃がモルバの甲殻を切り裂き肉に食い込むまでは。



 「ぐおぉぉぁっっ!!」


 それはこの戦いが始まって初めてのダメージらしいダメージ。

モルバの腹に深い傷が入り、血が地面に滴り落ちる。



 (なんだ? なにがどうなっている)


 モルバは混乱する。

戦闘で傷を負うこと自体ほとんど経験がなかった。

なによりただの人間のパーティなどに。

激昂して黒炎を吐こうとした眼前に槍の穂先が迫っている。



 「りゃぁぁぁっっ!!!」


 紫電を纏ったその突きをモルバはかろうじてかわす。

しかし完全にかわしきることはできず、

左鎖骨から肩越しにかけて深い裂傷を受ける。


 「うぐごぉぉ」


 甲殻を破り、肉を裂かれ紫電が焼き焦がす。

明らかに先ほどまでの攻撃の比ではない。

ここで初めてモルバの中の余裕がなくなった。




みんながんばって。

 私はエンテ達が魔人と戦う姿を祈るように見つめる。

明らかに先ほどまでとみんなの動きが違う。

私がほぼ全所持金と引き換えにエンテ達のレベルアップを行ったから。

ほとんど手つかずで残ってた百五十万ちょっとのお金だけじゃない。

大量のアンデッドを倒したことで、

私の所持金はさらに膨れ上がっていたんだよね。

戦闘中にレベル上げを行うなんて、

「武具乙女」はおろか、他のゲームでも考えつかなかった。

でも現実となった今はそんな制約はない。

もちろんレベルアップが足りずに勝てない可能性もあったけど………

みんなの力を信じて間違ってなかったよ!


 弓になったウイナをギュッと抱きしめる。

町に戻ったらすぐに治療してあげるからね。

だから、もう少しの辛抱だから。


 ウイナの

「ご心配には及びません、お嬢様」

という声が聞こえた気がする。



 魔人は明らかに劣勢になっている。

レベルアップをしても単身での強さは魔人の方が遥かに上だと思う。

それくらい魔人というのは――準災害級っていうのは強いんだね。

レイドボスだと思うのもあながち間違っていないのかもしれない。

でも連携すればエンテ達は何倍もの力を出せる。

ただの数値上のデータじゃない。

あの子達はみんな一人一人考えて行動する存在なんだ。


 魔人はこんなに劣勢になったことはなかったのかもしれない。

ここから見ていても、今までよりも攻撃が雑になっているのがわかるくらい。

その隙をエンテの白銀剣が切り裂く。ジュネの雷槍が貫く。

衝撃波も黒炎も今のメビウスを怯ませるほどじゃない。

逆に魔人の身体に一瞬の隙を作る。あれは麻痺が発動してるのかもしれない。

もちろん一瞬でレジストしてるんだろうけど、

その一瞬がエンテ達の攻撃のチャンスとなる。


 もし魔人が最初から本気だったらやばかったと思う。

でも慢心からエンテとジュネの渾身の攻撃を受けている。

私のスペシャルスキルだって効いてるはず。


 魔人は焦りからか、血をだらだらと流しながらも腕を振るう。

風切り音だけが豪快に鳴り響くが、

敏捷性の高まったエンテとジュネは余裕をもってかわす。

かわすついでにその腕にさらに傷をつけていく。

流石に魔人はタフだ。

エンテとジュネの攻撃が傷を作っても、かまうことなく動き続ける。

でも体力が無限に感じるほどの絶望感はない。

エンテの攻撃力低下アビリティも発動しているのかな。

メビウスが魔人の攻撃を逆に盾で弾いてふらつかせている。


 私はこの子達が戦っている姿を見て、思わず綺麗とつぶやいた。

まるで舞うように魔人の周囲を動きながら剣を振るうエンテ。

ジュネもまたエンテと対になるかのように魔人を変幻自在の槍で翻弄する。

そんな二人の真ん中でメビウスが魔人の注意を引き付け続ける。

私のほうへと何度か衝撃波を放とうとしていたみたいだったけど、

メビウスの盾によって全て防がれていた。


 私は祈るように、みんなの姿を見続ける。

そして長いようで短かった戦闘が終わりを迎えようとしていた。

 



 「ぐぉぉぉっこんなやつらに…こんな人間どもに!!」



 魔人が最後のあがきとばかりに、

私に向かって飛びかかってこようとする。

その灼熱のように赤い眼が私の姿を捉える。

私は攻撃に備えて身構えるも、魔人はその場から動くことができなかった。



 「マスターに近寄るなぁぁ!」


 「消えなさいっ!!」



 エンテの白銀に輝く斬撃が魔人の首筋に深い傷を作り、

ジュネの紫電の突きが魔人の腹を深く貫いた。



 「ご……おごぉっ……僕は…魔…人…なんだ…ぞ…」



 その言葉を最後に、魔人はその巨体を大地に横たえた。




 私は魔人が再び動かないか注視する。エンテ達も警戒している。

けど、魔人の身体はそのまま黄金の粒子へと変わる。

その粒子が私の身体へと流れ込んでくる。



 「おわった………」


 私は頭の中に響くコインの音を聞きながら、

その場にヘタヘタと座り込んだ。

昨日の朝に連れ去られてからまだ丸一日も経ってないんだよね。

すごく長かった気がするよ。でもやっと終わったんだ。

ううっ美味しい物を一杯食べて、お風呂にも入って、

後は発泡酒でもあれば最高だよね! 

今日はみんなと一緒に団子になって寝たい気分だよ。


 みんながこっちに走ってくるのが見える。

うんうん、みんなありがとうね。ウイナもありがとう。



 私は満開の笑顔でみんなを迎えた。











 


 ヤト達が去って約一時間後。地下墓地付近に青年と少女が立っていた。


 「どう思う、ルルカ?」


 「どう思うとは?」


 「いや、魔人の力を感知したんだろ?」


 「間違いない」


 男はポリポリと頭を掻く。

ルルカと呼ばれた少女の顔に感情はない。

ただ淡々と戦闘らしき跡を見つめている。


 「魔人がいない。戦ったらしい相手もいないぜ」


 「戦いが終わったから勝ったほうが去っただけ」


 少女は無表情のまま。男は肩をすくめる。


 「せっかく高速で連れてきたのにつれないね。

 そんなに早く決着がついたのか?」


 「ギュイが遅かっただけ」


 ルルカはばっさりと男を言葉で斬る。


 ギュイと呼ばれた男は天を仰ぐ。

 

 「おいおい、俺のスキルで遅いってあんまりだろ。

 どんだけ飛ばしたと思ってるんだよ」


 「間に合わなかったのだから遅かった。それだけ」


 ルルカのにべもない言葉にギュイはダンマリを決め込む。

言っても疲れるだけだと学習した。


 「でも……魔人の痕跡がここで途絶えている」


 ルルカは魔人が倒れたであろう場所までくると地面をさわる。


 「感知から逃れようと痕跡を消したんじゃないの?」


 ギュイの言葉にルルカは首を振る。


 「そんなのじゃない。消えてる。

 倒された可能性の方が高いけど、消え方が不自然」



 「魔人を倒せるような奴、この国にはいたっけ?」


 「いない」


 ギュイは考え込む。では流れのハンターか? 

魔人を討伐できるほどのハンターなんて世界でも限られている。

それほどの存在ならば全て把握している。


 「魔人と魔人がぶつかった可能性が一番高い」


 ルルカの言葉にギュイも頷く。魔人とやりあえる様な存在は限られてくる。

高位のドラゴンか、伝説に近い幻獣か。

それならこんな戦闘跡ではすまないだろう。地形が変わっている可能性すらある。

ならば同格の魔人同士が争ったというのが一番しっくりくる。


 「ルルカのような存在が他にもいるってことか」


 ギュイの言葉にルルカは頷く。


 「ともに戦える存在ならいいんだがな」


 「期待しないほうがいい。魔人は基本的に人間を嫌う。私が例外なだけ」


 ルルカの言葉にギュイは頷く。


 「そうだな。まぁ敵対しないことだけは祈っておくよ。

 というか、俺人間だけどルルカ嫌ってるよな?」


 「人間は嫌いじゃない。ギュイが嫌いなだけ」



 ギュイはそりゃねぇよと呟くと、ルルカを連れて荒野から消え去った。

 





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