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武具乙女  作者: ふきの精
第二章
21/41

20

 「がはぁっっ!! 何……だ、これは…」



 私の目の前には黒ずくめの男が片膝をついて血を吐いている。

倒せなかったけど、かなりダメージは与えたみたい。

半分悪魔だしね。

周囲を見ると他に残っているアンデッドはいない。

ガングァすら消え去っている。チャンスは今しかないね!


 私はわき目も振らずに駆けだす。

この広間に来る途中に一か所だけ上に続く階段があった。

出口かどうかはわからないけど、可能性にかけるしかない。


 「ぐ……う…うぅ…ガングァ…どこにいった…ガングァ――」


 私に攻撃手段があれば止めを刺したいところだけど、

生憎何もない。私はとにかく走り続けた。

途中でボーンウォーリアやグールが襲いかかってきたけど、

とにかく避けて走り続けた。

広間の外にいたアンデッドまでは効果が無かったみたい。

でもこのくらいならなんとか振り切れる。



 途中で夜目薬を持っていたことに気が付く。

持っててよかった夜目薬! 階段までは所々に篝火がついてたけど、

階段から先は真っ暗闇だ。地下だし、今は真夜中だもんね。

私は夜目薬を飲みこむとしばらく水も飲んでなかったことに気が付いた。

これで水分補給するとは思わなかったよ………。

私はひたすら階段を上り続ける。



 はぁはぁ……まだ地上につかない。

上への階段は間違いなく地上に繋がってると思うけど、

なかなか出口が見えてこない。

石段を登ってはアンデッドの攻撃を振り切り、また石段を登る。

そんなことを繰り返してようやく辿りつく石の扉。

これって私の力じゃ開けられないんじゃないかな……。


 扉の大きさからして、ここが出口のような気がするけど、

押せども引けども微動だにしない。

ここで非力な自分がこんなに恨めしく思うとはね……。


 魔人の男はダメージを受けていたようだけど、

致命傷には程遠かった。絶対に追ってくる。

どこかに抜け道は――

突然私の知覚が敵の攻撃を感じとる。

咄嗟に私は身を伏せるとその上を何かが通り過ぎる。

そして石扉にぶつかると、石扉を粉々にした。



 なんていう威力なのよ……扉が開いたことは開いたけど、

私の後ろには異形の姿と化して赤く燃えるような瞳をした魔人が立っていた。










 「あぐっ!!」


 私は魔人に蹴られて吹き飛ばされながら地下墓地から外に出る。

痛い、岩鬼なんかの比じゃないくらいのダメージだ。

私は痛みと苦しみに耐えながら起き上る。


 「お前、何をした。あの数のアンデッドを消し去るだと? 

 まさかクアドラプルなのか?」


 クアドラプルってこの世界に数人とかいうレベルのハンターだっけ? 

そんな上等なものじゃないんだけど。

外に出ることは出れたけどまずいなぁ。

もう少し時間を稼ぎたかったけど、思った以上に強かった。

準災害級は伊達じゃないね。


 魔人は今やその姿を隠すこともしない。

両手は大きく膨れ上がり、まるでドラゴンの腕が付いてるみたい。

身体の所々に角のような突起物が生えており、

その肌は岩鬼をもっと硬くしたような甲殻で覆われている。

その目は赤く輝き、口が大きく裂けて牙をむき出しにしている。

夜の闇の中で目だけが爛々と輝いている。

身体も一回り以上大きくなってるんじゃないかな。

威圧感が半端ない。


 「お前のせいで予定が完全に狂ってしまった。

 せっかくバルーザの町を死の町へと変える準備が整っていたというのに」



 ざまぁ見ろだわ。あんな良い人が多い町を死の町なんて変えさせない。


 「おまけに力を解放したからルルカのやつにも探知されかねん。

 しばらくはこの付近に戻ってこれなくなる。

 だが、その前にお前の命は貰っていくとしよう。

 ガングァの代わりにお前をアンデッドにして手駒にしてあげよう」


 「悪いけど、アンデッドになるつもりはないわ」


 とはいえ、逃げ切るのは無理。戦うのも無理。

可能性はもう一度スペシャルスキルを叩きこむことだけど………。

一日やり過ごせるとは思えないなぁ。

こんな時に課金アイテムのスキル回復薬があれば、

スペシャルスキルを連打してやるんだけど。

無いものは仕方ない。もう一度地下墓地に戻って時間を稼ごうか、

それとも南に向かって進むか。

エンテ達と合流出来れば……流石に距離が遠すぎるかな。


 「くくっ、仲間と合流しようと考えているようだが、

 ここと戦場跡とは一日近い距離がある。希望ですらない、願望だな」



 わかってるわよ、そんなこと! 

でも最後まであがきたい。エンテ達ともう一度会うまでは死ねない。

たしか月が出ている方角が南だったはず。

私は大きく空に輝く満月を目指して駆け出す。

直後背後から猛烈な重圧をかんじる。やばいやばいやばい!

咄嗟に右に飛び跳ねる。


 ザグォッッ!


 私のいた場所が地面からえぐれる。なんていう破壊力。

これが石扉を破壊した攻撃ね。当たったらどれだけ体力が削られるやら。

下手したら一撃とか……。私はなんとか立ち上がりさらに駆け出す。


 「まったくちょろちょろと……」


 私はその後も攻撃を察知して左右に回避する。

察知能力が役に立ってくれてるよ! 


 「いい加減に諦めなよ」


 私は背後に今まで以上の重圧を感じると、

避ける余裕もなく地面に転がされた。うぅっ、これって――


 「まったく頑丈だね。強い防御の加護でもかけてるのかな? 

 でももうここまでだ」


 私は地面から顔をあげると、

目の前には魔人が立っていた。

衝撃波じゃなくて直接体当たりとか、

さすがによけきれない。


 私は魔人を睨みながらなんとか立ち上がる。体力は………


 202/315


 

 たしか魔人からは蹴られた時と

地面に倒された時の二回しかダメージをうけてないはず。

あとは逃げる途中でアンデッドの攻撃を

何度か受けたくらいだったと思うけど……百近く減ってるとか。

無理ゲーすぎるわ。


 魔人はその腕を振り上げる。

前にメビウスが受けたことがある薙ぎ払いだ。

この攻撃を受けてメビウスのように弾き飛ばされよう。

そして距離が開いたらまた走ってやる。

体力が0になるまでは諦めない。

私は両手で魔人の攻撃から本能的に身をかばう。


 ドガァッ!!


 強烈な衝撃が私の身体を襲う。

私は魔人の力に任せてそのまま体を跳躍させる。

痛――くない?

痛いことは痛いけど、思ったほどじゃない。

これってひょっとして格闘マンガなんかでよくある、

敵の攻撃を受け流して威力を抑えるってやつ?

私にこんな才能があったなんて………ってあるわけないね。

これはアビリティの力だ。

そしてこの力が発揮されるってことは――


 「今の攻撃を受けてなんともないだと!?」


 魔人が驚いた顔をする。

そりゃこんなか弱い乙女が耐えれるとは思わないよね。


 「残念ね、私は仲間に守られてるのよ」


 直後、輝く矢が魔人の身体に突き刺さる。


 「ぐぉぉぉっ!!」


 魔人が振り向いたその先には、

メイド服を着た女性が輝く矢を弓に番えていた。

刹那、銀の流星が魔人に襲いかかる。


 「はぁぁっっ!!」


 エンテの白銀の剣が魔人の甲殻に傷を付ける。

硬い。白銀の輝きを発してなお甲殻に傷が付いただけだなんて。

でも確実に攻撃は効いている。エンテに続いてジュネも突撃する。


 「こんのぉぉ!!」


 雷槍から紫電が迸る。鋭い突きを魔人はその腕でガードする。

ガードの上からでもおかまいなしにジュネが乱れ突く。


 ガガンッガガガカンッ!!


 時折紫電が魔人の身体を走る。


 「うっとおしい!」

 

 魔人が大きく腕を振り払ってエンテとジュネを後退させる。


 「姫様、おまたせいたしました」


 それと同時に私の目の前にメビウスが仁王立ちする。


 「みんな!!」

 

 私の周囲に心強い仲間達が揃った。






 「なぜお前達が……戦場跡へとむかったはず。

 向かわなかったにしてもこの場所がわかるはずが……」



 そういえばそうだね。

私は助かったんだから理由なんていいんじゃないってかんじだけど、

魔人にとっては計算違いも甚だしいよね。



 「ふふん、あなたはこの地上から

 あの月を見ることが出来ないのかしら」


 「なんだと?」


 ジュネの言葉に魔人が怪訝な声をあげる。

ごめん、私もよくわかんないや。

今夜は満月で綺麗な月がでているけど。



 「夜空を見上げれば、

 この地上のどこにいても光り輝く月を見ることができますわ。

 主様は私達にとってそれ以上の光。

 たとえどこにいようとも、

 月を見つけることよりも容易く見つけ出せる……

 あなたの陳腐な嘘に騙されるわけありえませんわ」



 光……光か。ジュネの言葉に私は胸がジーンとなる。



 「マスターを傷つけた事をその命で悔いていただきます」


 エンテが白銀剣を構える。

ジュネも飛びかかれるように腰を低く落とす。

ウイナの弓に輝く矢が生まれる。

ウイナの輝く矢が放たれたのを合図にエンテとジュネと魔人が動いた。




 ブオンッ!


 大きな風きり音をあげて魔人の腕が振るわれる。

長身だった男は魔人の本性を現したことで、

さらに一回り大きくなっている。

その身体に不釣り合いなほどの巨大な腕の攻撃範囲はかなり広い。

腕を薙ぎ払っただけで、エンテ達は後退を余儀なくされる。

さらに甲殻の硬さもあって、ダメージを与えにくい。


 やっかいなのはそれだけじゃない。

石扉を破壊した衝撃波。

距離を取ってもあれがくるから、攻勢に転じにくい。



 「メビウス、ここはいいからエンテ達の加勢をしてあげて」


 魔人の攻撃を引きつけるメビウスの存在がないと、

エンテ達じゃあ攻撃に集中できない。


 「しかし、姫が……」


 メビウスは昨日私が攫われたことを気にしてるんだろうね。

でも今ここであいつを倒さないと。


 「私は大丈夫。今は魔人との戦いに集中して。

 あいつもアンデッドを呼ぶ余裕はないみたいだし、

 三人なら突破口を開けると思う」


 「―――わかりました。姫もご注意を」


 メビウスは頷くと魔人に向かって駆けていく。

アビリティが発動すれば、エンテやジュネの負担もかるくなるはず。


 「ウイナはここから援護をお願いね」


 「おまかせください」


 三人と魔人との乱戦になってるけど、

幸い魔人はエンテ達よりもかなり大きい。

ウイナの腕もあれば、誤射の心配もないはず。

しかし強い。国が相手取るというのも頷けるね。

あんなのとさっきまで一対一でやり合おうとしてたとか無茶だったわ。

メビウスが加わったことで、

エンテやジュネの攻撃も魔人の身体に何度も届くようになった。

けど有効的なダメージにはなかなか遠い。

デュラハンも硬かったけど、あれとは次元が違う。


 「まずいわね……」


 エンテ達もあまりダメージらしいダメージは受けていない。

メビウスも相手の攻撃を受け流しつつ防いでいるので、

前回のように吹き飛ばされるようなことにはならない。

それでもジリジリとスタミナ的な面で押されつつある。

厄介なのは衝撃波による攻撃と――


 ゴォォォッッッ!!!


 魔人の口から勢いよく黒い炎が噴き出される。

まるで地獄の炎のようなそれをなんとか回避するジュネ。

あの攻撃を受けたところを想像したくない。

見るからに危険な攻撃だよね。

メビウスの盾でなんとか防ぐけど、メビウスもきつそうだ。

幸い連続で使ってくることがないのが救いだけど……。


 私の頭にレイドボスという単語がよぎる。

レイドボスというのは複数のプレイヤーが協力して戦う

普通のボスとは比べ物にならないほどの強さをもったボス。

数人から下手したら数十人の部隊じゃないと勝てないほどの……。

まさに今戦ってる魔人がそうなんじゃなかろうか。


 確実にダメージは与えている。

でも相手の体力が無限に感じるほどに手ごたえがない。

時間がたてばたつほど、焦りが生まれてくる。

せっかくみんなと会えたのに。



 私の焦る気持ちが隙を生んだのか、

魔人と目と目があった瞬間、魔人の放つ衝撃波が私に向かって飛んできた。


 「お嬢様っ!」


 とっさの判断が鈍った私の前にウイナが身を投げ出す。


 ズババシュッ!!


 「あうっっ」


 ウイナが衝撃波を受けて吹き飛ばされる。


 「ウイナ!?  ウイナ!! しっかりして」

 

 私が考えに夢中になってて油断したせいだ……。

ウイナはメイド服が衝撃波でズタズタに裂かれている。

あの石扉を粉々にした破壊力をその身に受けて無事なわけがない。


 「お嬢様が…無事でなによりです」


 ウイナは弱々しく微笑む。

肌が見えた部分からは血が流れている。

命を奪うほどではなかったにしても、

戦闘を続行するのは無理だと思う。

それでも気丈に立ちあがろうとするウイナ。


 「ウイナ、今は動いちゃ駄目よ。ここはみんなにまかせて」


 ウイナに声をかけるも、

私も魔人と戦うエンテ達を見て険しい表情を作る。

メビウスがこちらへの衝撃波を警戒する位置取りをすることで、

エンテとジュネも行動範囲が限定されてしまっている。

さきほどまではジリジリと劣勢に追いやられていたけど、

今は明らかに魔人のペースになっている。


 でも動けないウイナを狙われたら今度こそウイナの命が……。


 私はみんなのマスターなのに、なにもしてあげれない。

みんなが傷ついていくのをただ見てるしかできないなんて…。

私は悔しさから視界がにじむ。泣いてる場合なんかじゃないのに。

何か方法は…。あいつを倒せる方法は……。

無双でもチートでもなんでもいいから――チート!?



 



 ―――ちょっとまって…。

ある………。出来ることがあった! 

私にしかできないことが。逃げることに夢中で――

みんなと合流してからは安心感から頭から離れていた。

なにより戦闘中にそんなことをするなんて思いもしなかった。

でもこの均衡を破るにはこれしか方法がない。



 「みんな、すこしだけ防御に集中。魔人を抑えておいて!」


 私はみんなに防御に徹するように伝えると、

ウイナを弓に戻す。ちょっとの間だけ休んでいてね。


 「仲間を転移させた!? 

 ふん、このまま逃がすわけがないだろう」


 ウイナの姿が消えたのを転移と勘違いしたみたい。

魔人がこっちに向かってこようとするけど、

メビウスががっちりと抑え込む。


 「姫の元には行かせません!」


 エンテとジュネも魔人の進路を阻むように位置取りする。

攻撃はせずに防御と回避に集中しているから、魔人の攻撃も届かない。


 私はみんなを信じて、目を閉じる。意識を集中する。


 カチカチカチっと。


 時間にして十数秒くらい。

短いようで長かった気がするけど、

私が再び目を開いた時魔人は一歩も近寄れていなかった。

みんなありがとう。

そして最後までみんなに頼りっきりだけどお願いするね。


 


 「エンテ、ジュネ、メビウス。全力で魔人を攻撃!」


 私の叫びが闇夜に響き渡る。

私は意識を自分のステータスに向ける。



 [所持金  三百六ヴェール]


 さっさとあいつを倒して、宿代を稼がないとね!

 



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