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「ふぅ、ようやく帰ってきたね」
私達はバルーザの町へと到着した。
あれから川辺で野宿して帰路についたんだけど…
いやまぁ川辺で行水している時も色々ありましたよ。
えぇ、主にジュネが。
あとエンテの怪我の治りが思いの外早いことにびっくりした。
こういうところでも高スペックなんだね。
帰る途中にメビウスの戦闘も見てみたけど、普通に強かった。
草鬼くらいだったら余裕を持って倒してたんだよね。
つまりそこそこ腕の立つ騎士さん以上の強さはあるということかな。
防御面は文句なしだったね。
姫様見ていてくださいといって、草鬼の攻撃を防ぎ続けてたんだけど
盾はもちろん鎧部分に棍棒の直撃をうけても、なんともないようだった。
最後は草鬼が攻撃に疲れて逃げだそうとしたくらい。
「んふふっ……」
「マスター、すごく笑顔ですね」
私がついつい笑顔になるのを、エンテが楽しそうに見つめる。
あぁ、顔にすぐでちゃう癖はなおさなきゃだね。
「お金がたっくさん入手できたからね! みんなのおかげだよ」
そう。私が笑顔を抑えきれない理由は手持ちのヴェールにある。
[所持金 七十五万四千百十ヴェール ]
塔に入る前にレベルアップで残り十万ヴェールくらいになってたから、
塔で六十万近く入手したことになる。
細かい内訳はわからないけど、たぶん亡霊騎士とワイトが大きかったと思うな。
いやぁこれならまた戦いたいよ。
移動手段を何かしら考えたら、
少し遠出のダンジョンに繰り出してもいいかもしれない。
さてまだ日が高いし、ハンターギルドに向かおう。
今私達はギルドマスターの部屋で座っています。
何がどうしてこうなったのかというと、受付の人に指輪を見せたからです。
何かまずいことをしたんだろうか?
普通に討伐したワイトが持ってたっていっただけなのに……。
たいていこういった偉い人に呼ばれる時って何かやらかした時だよね?
私異世界に転移した小説とかで知ってるんだぁ…。
「ヤトさん? 別に咎めたりとかじゃないので、
そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。
大丈夫ですからその……
お仲間の方たちも怖い顔をしないでくれませんかねぇ」
ん? 怖い顔してる?
みんなの顔をきょろきょろみるけど普通だよね?
でも咎める為じゃないっていったね。よかった。
ちなみにギルドマスターさんは普通のおじさんでした。
こう昔はすごいハンターだったよ…みたいなかんじではなく。
会社の上司にこの人いたとしてもたぶん違和感ないと思うよ。
「その、なぜ呼ばれたのかよくわからないんですけど。
ワイトを倒したことに関係が? それともデュラハン?」
ひょっとして亡霊騎士のほうなのかな?
でもあっちは倒した証明なんて…盾くらい?
「いえ、ワイトの――ってデュラハン!?
デュラハンも討伐されたんですか? いやはやそれはまた……」
これは新人がすごい敵を倒したって流れなのかな?
どっちも上位の魔物ではなかったと思うけど……。
「とりあえず急ぎ使いをやってますのでもうしばしお待ちを――
お、来たようですね」
その時ドアをノックする音が。入ってきたのは……
「失礼いたします。第二騎士団の分隊長をしておりますマグノと申します。
聖――ヤト様お久しぶりです」
入ってきた騎士さんの名前は知らなかったけど、
見覚えはあった。たしかカンテ村で酔っ払ってたガムンさんを諫めてた人だね。
苦労性な感じのする好青年ってかんじだったけど、分隊長さんだったんだね。
「今副団長は別件の仕事があり来ることができませんでしたので、
私が話を窺いに来ました」
ギルドマスターさんとマグノさんが詳しく聞きたかったのは、
ワイトが現れた状況だった。
ワイトがどのような形で現れたのか、ワイトのほかにどんな敵がいたのか?
ワイトに何か変わった点はなかったか? などなど。
会話の中でわかったのは、ワイトやデュラハンはかなり強い部類の魔物で、
ギルドランクのトリプル★★★はないと厳しいだろうとのこと。
あとデュラハンがアンデッドを倒していたというところも興味深く聞いてたね。
デュラハンがワイトを呼んでいたかもしれないというのも言ったけど、
私の主観だから確証はないとも付け加えておいた。
「ありがとうございます、ヤト様。
団長と副団長にもこの話は報告いたします」
そう言うと慌ただしくマグノさんは帰って行った。
なんだかすごく急いでいたみたいだけど、何なんだろう?
残ったギルドマスターさんも色々とメモを取っている。
うーん…なんだか厄介事の臭いがするね。
「ありがとうございました、ヤトさん。
あとワイトの持っていた指輪ですが、
実は騎士団からの探索依頼としてハンターギルドに依頼がきていたんです。
ヤトさんは依頼に気が付かずに達成されてたようですが、
報酬はお支払いいたします。
あとデュラハンの方もポツポツと発見報告が上がっていたので、
そろそろ討伐依頼も検討していました。
こちらのほうも報酬をお支払いいたします。
被害が出る前に未然に討伐していただき、ありがとうございました」
なんだか思わぬ収入を得てしまったね。
デュラハンのほうは討伐証明とかないんだけど、
特徴的な盾を持っているというのと
私の報告を信用してくれたということなんだろうか?
もちろんありがたくいただくことにしました。
あとギルドランクがダブル★★になりました。いいのかな?
厳しい審査が必要とか聞いた気がするけど。
トリプル★★★でもいいんですけど…なんてギルドマスターいってたけど、
丁重にお断りしました。★★あれば私の希望はだいたい叶いそうだからね。
ギルドを出る頃にはもう夕方になってたよ。
でも顔は自分でもわかるくらいホクホクしてると思う。
「主様のほっぺたをツンツンしたいわぁ」
なにやらジュネが変なことを言ってる。
「気持ちはわかりますが、やめるんですよ」
ウイナも何を言ってるのかな?
「マスターのほっぺをぷにぷにしたいですね…」
「エンテもですか。私もムギュッとしたいです」
エンテとメビウスが頷きあってる。いったいどうしたって……
あっ、ガラスに映った自分の顔を見て思ったわ。
満面の笑みでほっぺたが膨らんでるね。
「こほん、とりあえず今日はもう宿で休むことにしましょう。
明日は色々とお店回りをしたいからね」
[所持金 百七十五万四千百十ヴェール ]
ん?朝と何かが違ってる? やだなぁ百万ですよ、百万。
亡霊騎士の討伐報酬、指輪の回収、あとワイト討伐の報酬も少し上乗せされた。
本来は魔物討伐は討伐依頼が出てから報酬が設定されるみたいなんだけど、
特例的なものとして頂くことが出来た。
今回は塔という比較的町に近い場所にワイトが出現していた為、
未然に被害を防げたという意味合いが含まれている。
警備の依頼の時に危険指定されてる魔物が―――という説明があったし、
それに該当するのかもね。指輪が討伐証明という事かな。
まぁ好き勝手に強い魔物討伐してきて報酬くれてたら、
ギルド破産しそうだもんね。
けど素材なんかを入手できれば高値で売買できるとのこと。
その素材が手に入らないんですけどね!
さぁ明日は楽しいお買いものだぁ!
ここはかつてベルト国とその隣国メレテクト国で
大規模な争いのあったバーレス戦場跡。
いまでは訪れる者もほとんどいない、荒れ地となっている。
その荒れ地近くにある廃屋に、一人の男と一体の魔物が話をしていた。
「……アルバザックで狩りをさせていた
デュラハンが倒されたようだね。あとワイトとの繋がりも途絶えた」
「どういうことだ!? 倒された?
あの二体を相手取ってか?」
冷静な男とは対照的に、魔物が激昂する。
その身体は透き通っており、淡く黄色の光で包まれている。
それはレイスと呼ばれる霊体のアンデッドであった。
「落ち着きなよ、ガングァ。
アンデッドになると普通感情が希薄になるものだけど、
成り立てだからかなぁ」
男は面白そうにガングァを見る。その瞳は赤く燃えるように輝いている。
男がガングァを初めて見たのは王都の魔術院で
死人相手に鬱憤を晴らしている時だった。
ガングァの属していた死人使いというクラスは魔術院の中で、
他の魔術師から蔑む対象としてみられていた。
死人を相手に薄気味の悪い行いをする者たち……。
ガングァは同僚達からそのような扱いを受け続けていた。
さらに死人使い達には様々な制約が課せられている。
それらの鬱屈した思いを死人相手に晴らす。
狂気すら感じるガングァの魂を男は面白いと思った。
男はその鬱屈した思いを、同僚達相手に晴らして見ないかと持ち掛けた。
まるで悪魔が甘い言葉を囁くかの如く。
結果、ガングァは自分を蔑み続けていた同僚を殺害し、
アンデッドとして貶めることに成功する。
男は更に甘く囁く。死人たちの町を作り上げて、
その支配者となりたくはないか……と。
「お前が落ち着きすぎなのだ。
この付近にトリプルのパーティがいるなど聞いていないぞ。
あの二体だけではない。
ボーンウォーリアの集団もついていたはずだ。これでは計画が……」
ガングァは机を叩こうとする。
霊体なので意味のない行いだったが。
「まぁ計算通りとはいかなくなったけど、仕方ないね。
もっと触媒を集めておきたかったんだけど。
だけど興味があるだろう? 一体誰があの二体を倒したのか。
騎士団に動きはない。トリプルのパーティが動けば
流石に情報が出回るがそれもない。ではいったい誰が?」
「知るかそんなこと!
騎士団といえばあやつらも予想外であった。
本来ならばもっと手駒を揃えておく予定だったのに」
「あぁ、あれはたしかに予想外だったね。
おかげで君のアンデッド化が速まってしまった。
たしか聖女と呼ばれる存在が情報に引っかかったけどね。
神殿が動いたって話は聞かないんだけどなぁ」
男は何かを考えるかのように目を閉じて黙考する。
「聖女だと。忌々しい。
だが我のアンデッドをああも容易く倒すような力、
王都の聖女くらいのものだろう。
バルーザにはそもそも聖女がいるなど聞いたこともない」
男は何か閃いたかのように、目を開けてニヤリと口元を歪ませる。
「ねぇガングァ、ひょっとしたら塔の二体を倒したのも
その聖女が噛んでいるかもしれないよ。
少なくとも高位の神職の力がなければ、
トリプルだろうとそうそう倒すことはできないだろうさ」
「……流れの聖女がいるとでもいうのか?
それともルルカの手の者に計画が知れ渡っていると?!」
ルルカの名を聞いて男が瞳を細める。
明らかに不機嫌な雰囲気を発する男に、ガングァはしまったという顔をする。
「その名前は気安く言わないでほしいな。
計画が知れ渡るはずはないさ。力を極端に抑えて動いているんだ。
それよりも……流れの聖女というほうがおもしろいと思うな」
男は良いことを思いついたかのように満面の笑みを浮かべる。
「そうだ。もしその聖女がいるなら、儀式の生贄となってもらおう。
それだけの力を持っているなら
きっとすごい力を得ることが出来るよ。
ガングァ、僕の作ったアンデッド軍団はいまどのくらいになってる?」
「今は……三百くらいだ」
それを聞いて男は何かを計算する。
「…………ふむ、塔で集めていた触媒を回収してくれば、
あと百ちょっとは増やせそうだね。
じゃあ準備が整ったら盛大なパーティーを開くとしようか。
ちょっと騎士団の連中がウロウロしているから
城塞跡のほうにもう一体のワイトを置いて町から出ていってもらおう」
「こっちに一体も置かぬのか?」
「それは仕方ない。本来であればワイト、デュラハンで
町の戦力を分散させる予定だったんだ。
城塞跡のワイトには増加分の百体をつけておくとしよう。
それなら騎士団もほおってはおけないだろうからね」
「追加の百体もこちらに置かぬのか?
流石にアンデッド三百とわしとでバルーザの町は落とせんぞ」
「大丈夫。第二騎士団の大部分がいなければあとは烏合の衆だよ。
トリプルがいるなんて話も聞かないからね。
それに流れの聖女様を捕まえることが出来れば、
それだけで今の倍を呼ぶことだってできるかもしれない。
なにより……この魔人たる僕が一緒に行ってあげるんだ。
たとえトリプルのパーティがいようと関係ないさ。
一夜のうちにバルーザの町はアンデッドの楽園に変わる。
くくっ、楽しみだなぁ」
男はまるで楽しいことを夢想するかのように笑った。




