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私達が村に戻ったのは夕方近くになる頃だった。
洞窟と村まではだいたい1時間くらいの場所なんだけど、
迂回しつつ帰ってきたから時間がかかってしまった。
「お嬢ちゃんたち戻ったのか」
私達が宿に向かっているとガムンさん達がこちらに向かってきているところだった。
馬に乗ってるけど、洞窟の魔物退治に馬でいくのかな?
「今から洞窟の魔物退治なんですか?」
「いやいや、それは昼前におわらせとるよ」
おぉ、今日討伐に行くとは聞いてたけど早いな。流石は副団長。
「魔法を使う奴が混じっていたが、
あの程度ならば騎士たちの実戦訓練にちょうどいい」
ふむふむ、魔法を使う奴というと岩魔鬼がいたのかな。
しかし馬に乗っているという事は出かけようとしてるんだろうけど
死人使いの件で何か進展があったのかな?
「実は別働隊から不審なアンデッドを見たという情報が来てな。
どうも当たりのようだから、部隊を編成して向かうところだ」
なるほど。しかし午前中は魔物討伐に午後は死人使いにと大変だ。
「どうかお気をつけて。ご武運をお祈りしてます」
ガムンさんはかなり強い方だと思うけど、
死人使いがどの程度かもわからないからね。
「うむ。お嬢ちゃんたちも気を付けてな。
もしバルーザの町に来たならば俺を訪ねてくると良い。
他国で勝手がわからないであろうからな」
バルーザの町かぁ。南の洞窟の探索も終わったしちょうどいいかもね。
「実はそろそろこの村を発ってバルーザに向かおうと思っていたんです」
「そうか! では町に戻った後の楽しみが一つ増えたな。
その時はまた飯でも一緒に食いたいものだ」
「はい、その時はご馳走してくださいね!」
私は全開の乙女の笑顔で返事をする。ガムンさん普通に良い人だよ。
次会った時はアンデッドになってたとかはないようにしてほしい。
ん……そうだ出来るかどうかわからないけど試してみるとするか。
私はスペシャルスキル「浄化の加護」をガムンさんや騎士さん達にかけてみる。
祈るように目を閉じて手を合わせてガムンさん達を意識すると、
強い力が手に集まってくる感じがする。これならいけるか?
「ガムンさんと騎士の方がた、少しよろしいでしょうか?」
「ん?まだ何かあるのかな、お嬢ちゃん」
「はい、皆さまに祝福を」
私が手に集まった力をガムンさん達に解放すると、
ガムンさんと騎士さん達が一瞬キラキラとした輝きに包まれた。
おお、どうやら部隊単位で効果がでるみたい。
ガムンさんと騎士さん達全てが輝きに包まれたからね!
「お嬢ちゃん、今の力は?」
ガムンさんが驚いた顔をして聞いてくる。騎士さん達もザワザワしている。
「アンデッドなどにたいして有利になるような……
おまじないみたいなものです」
「ふむ……たしかに清らかな力が身体にしみ込んでくるのを感じたな。
まさかお嬢ちゃんが司祭の力を持っているとは思わなかった」
ん? 似たような力を使える人がいるみたいだね。
司祭という言葉から神職系統の職の人が使えるっぽいけど。
「ひょっとするとこの村に俺たちが来たのは、
お嬢ちゃんと逢う為の天啓やもしれないな」
いやいや、そんな大袈裟な……。
「この力、無駄にはするまい。お嬢ちゃん達も気を付けてな」
ガムンさんは勇ましく駆けて行った。その後ろに騎士さん達も続く。
みんなも気を付けてね。こうして村からあわただしく騎士の人達は去って行った。
私達は夕食を食べながら、女将さんから北の魔物討伐の話を聞く。
あっそうそう、女将さんにジュネを紹介したけど
服装について特になんとも思っていないようだった。
私からすると公序良俗に反してる気がしなくもないけど、
流石は異世界ということか。
(この話をするとジュネが主様酷いと泣きついてきた)
ただ昨日の今日でまた一人増えたのにはびっくりされたけど……
「案内役の猟師に聞いた話じゃそりゃ勇ましかったって話だよ。
かなりの数がいたみたいだけど、バッサバッサと斬っては捨て斬っては捨て――」
女将さんの話はかなり誇張気味ではあるものの、
やっぱり騎士の人達は強いんだなと思えたね。
あと女将さんが妙に演技が上手かった。
聞いてる方も食事を忘れて聞き入ってしまったよ。
「それじゃあ女将さん、部屋をよっ―――」
「マスター、それではお金が勿体ないと思います」
「お嬢様、お金は大切にするべきですよ」
「主様、私は主様と床を共にしとうございます」
一斉に否定された。というか最後欲望駄々漏れになってませんかね?
しかたないので部屋を二つで妥協することにした。
エンテとウイナとどっちと一緒に寝ようか迷ったけど、
エンテがウルウルした瞳で見てくるので今夜はエンテと一緒に寝ようと思う。
ジュネ? もちろん最初から選択肢にない。ウイナはなんだか嫌そうだけど、
頑張ってほしいと思う。
ナイスバディな二人が同じベッドで絡み合って………
うん、これはこれでなかなか……
「マスター、色欲が漏れ出してます……」
おっと、これは失礼。
お金がいくらあっても足りないというのは確かなんだけど――
[所持金 六万二千二百六ヴェール]
弓を買ってほぼ素寒貧になってた状態から少しは増えてきたかな。
まだこの世界に来て五日か六日だっけ。一週間たってないんだよなぁ。
でもエンテやウイナやジュネと会えたから寂しさはないけどね!
私は横でスヤスヤと寝息を立てているエンテを見て思う。この子達の為にも、
頑張って安心して過ごせる場所を作らないとね!
「それじゃあお世話になりました」
「寂しくなるねぇ。無理はするんじゃないよ」
私は女将さんに今日村を立つことを話する。
お腹がペコペコの時に食べたパンと木の実と根菜のスープの味は忘れません。
またこっちのほうに来た時はここに泊りたいな。
私は女将さんに抱きしめられながらそう思った。
「お爺さん色々とありがとうございました」
行商のお爺さんにも挨拶をしないとね。
「わしたちはここから東にある村に向かう予定じゃが、お嬢ちゃん達もどうかね?」
お爺さんからありがたい申し出をうける。でもやる目標も出来たからね。
その目標に向かって進みたいと思う。
「ありがとうございます。でも私達はバルーザの町へ向かいたいと思います」
バルーザの町を拠点にして仲間を増やして安心して過ごせる場所を作る。
「そうか、バルーザの町か。
わしたちもまだしばらくは行商に回るがバルーザにも行くつもりだ。
その時はお互い元気な姿で会えるといいのぉ」
「はい、その時はまた何か珍しいものを見せてくださいね」
「ほっほっほ。そこのお嬢ちゃんがもっとる弓みたいなやつかの。
そうじゃな、また珍しいものをたくさん仕入れとくとするかのぉ」
ウイナの弓を見て笑うお爺さん。持ってるというか弓そのものなんですけどね!
私はお爺さんから頭をポンポン撫でられる。
やっぱり孫娘的な扱いだけど、なんだかくすぐったいな。
お父さんが早くに亡くなってあんまり父親を意識したことなかったけど、
なんだかこんな感じなのかも。
今の私の外見年齢だとお爺さんと孫だけどね。
私達は雑貨屋さんで旅の支度を整えると、カンテ村をあとにした。
目指すはバルーザの町。
まだ見ぬ仲間との出会いにワクワクしながら、第一歩を踏み出した。
バルーザの町。
ベルト国の王都ディメスに次いで大きいとされている。
ディメスが王都として主要な施設が揃っているのに対して、
バルーザの町は交易の町といわれる。
ベルト国は大陸の東端に位置しているが、王都ディメスはその中のさらに東。
大陸の東の端といってもいい位置にある。
それに対してバルーザの町は西寄りの他国との交易路の中心に位置している。
さらに周辺にはカンテ村をはじめ、いくつもの村や小さな町が点在している。
ガムンさんが率いている騎士団はベルト国の第二騎士団で
バルーザの町に常駐しているとのことだった。
ちなみに第一騎士団は王都ディメスに常駐している。
その他に第五騎士団まであるみたいだけど、その辺りは任務によって色々と動いてるらしい。
というわけで、カンテ村から北西に位置するバルーザの町を目指しているんですけど
街道を通っているのにそこそこな頻度で魔物を発見する。
出てくる魔物は飢狼犬や牙バッタ(勝手に名付けた)や草子鬼など。
草子鬼は草原に出てくる子鬼の一種で、
「武具乙女」では森や岩よりも先にこっちと戦う事になる。
いわゆる普通のゴブリンってかんじの魔物だね。
エンテ、ウイナ、ジュネが連携して危なげなく倒していく。
私は三人に守られながら魔物から光の粒子を回収する。
うーん……ありがたいんだけど、何か申し訳ないな。
やっぱり会社でバリバリと仕事してただけに、
守られるだけっていうのはなかなかに落ち着かない。
かといって武器を扱うのは無理っぽいんだよね。
練習すれば上達するんじゃないかと、
エンテに剣になってもらって素振りをするんだけど、どうにもうまく振れない。
「武具乙女」で攻撃ができなかったせいなのか、それとも私が幼くなったからなのか。
でもこの年くらいだったら、もうすこし力があったようにも思うけど。
町に着いたら護身用に短剣でも買おうかなとは思う。それくらいならたぶん使えるはず。
ただ私が武器を持って戦おうとすることに、三人娘は消極的なんだよね。
「マスターが魔物に近寄る必要はありません。
最初出会った時のようなことは二度とさせません」
「お嬢様が護身用の武器を持たれるのは賛成です。
ですが、それを持って前線に出るのは反対です。
なにごとにも適材適所がございます。
お嬢様は皆に指示を出されることを優先されてください」
「主様の珠のお肌に傷がつくなんて、耐えられませんわ。
もし傷ついてしまわれたら私が舐めてさしあげます」
みんな私のことを思って言ってくれてるから、
無碍にもできないんだよね。あとジュネはぶれないな。
まぁウイナの言う事も尤もだし、
「武具乙女」のように中心で皆に指示をだせるように頑張ろう。
バルーザの町まではカンテ村からだいたい日中歩いて二日くらいの位置にある。
徒歩で二日だから馬車なんかの乗り物を使えばもっとはやいんだろうけど。
私達が通っている街道は、道中に他の村はない。
ただ旅人などが寝泊まりに使えるように、街道には小屋が点在している。
もちろん小さな小屋なので、何人かのグループが鉢合わせしたら
野宿しないといけなくなるだろうけど、
今のところ他の旅人とすれ違う事もないし、その心配はしなくていいかな。
カンテ村で女将さんが泊る人が少ないと言ってたんだけど、
この世界では旅をする人が珍しい。
一番の問題はやっぱり魔物が多いからなんだろうな。街道沿いでこんなに出るくらいだし、
一歩街道からそれて奥まったところに入ればより強い魔物がわんさかでてきそう。
何かしらの事情がある人かハンターの人か行商の人か……
だいたい旅をするのはそんな人たちだ。
私達はたぶんとんでもない事情を秘めてる集団に思われたんだろうなぁ。
「そろそろ日も暮れてきたし、あの小屋に泊ろうか」
私は本日幾つめかの小屋を発見すると、今夜の寝床にすることにした。
「うわぁ・・結構ホコリが積もってるねぇ」
「あまり最近は使われてないみたいですね」
私とエンテは顔を見合わせてため息をつく。
まぁ夜露をしのげるだけでもありがたいからね。
「それじゃあ夜の見張り番の順番を決めようか」
いくら小屋の中とはいえ、魔物の襲撃があるかもしれないし
盗賊とかも襲ってくるかもしれないからね。
「あと、見張り番は私も参加します。あーあーきこえなーい」
私が宣言したあと、当然のように三人から反論の声があがるけど無視する。
昼に戦闘してないの私だけだし、このくらいはやらないと私が納得しないからね。
見た目は最年少でも精神的には最年長ですから!
いや、単純に年齢でいったらエンテ達の方が上か。
なんせ作られた時代に古代とかついてたもんね……
深夜、今は私が見張り番をしている。
驚いたことにこの世界では月が三つもある。流石は異世界ってかんじだね。
だから夜でも真っ暗というわけじゃなくて、
ほのかに月明かりが照らしている。もちろん雨雲がでたら真っ暗にちかくなるけど。
私は小屋に置いてあった椅子にかけて三人が寝ている姿を眺める。
三人は大きめな毛布にくるまって寝息を立ててるね。
こうやって寝ている姿を見れば、昼に魔物を圧倒していた印象はまったくないなぁ。
みんな可愛い顔をして寝ている。ジュネも悪戯気な笑みがないと、あんがい幼く見えるね。
ふむ……ちょっとレベルをあげておこうかな。
エンテの敵の攻撃力ダウンに、ウイナの二回攻撃と……
ジュネは雷撃追加ダメージがいいかな。
エンテはいつも敵に一番近い位置にいるし、少し多めにあげておこう。
私が傷つくのをみんなが心配してくれてるように、
私だってみんなが傷つくのは嫌だからね。
私の体力もレベルアップに伴って上昇する。今なら岩鬼の攻撃十回は耐えれそう。
もう少しで交代の時間だけど、もうちょっとだけこの子達の寝顔を見ていたいな。
静かな虫の音だけが響く中、優しい時間が過ぎて行った。
朝、目覚めると目の前に三人の顔があった。っとみんな早起きだね。
最後の見張り番をしてたウイナが起きてるのはともかく、
エンテとジュネも目をキラキラとさせている。
何か良いことでもあったのかな? 良い夢を見たとか。
エンテ達も夢ってみるのかな?
そんなことをぼんやりと考えながら、まどろんだ意識を覚醒させていく。
さて、今日中になんとか到着したいものだね。
問題なく行けば夕方くらいに着きそうだけど。
流石にこの付近になってくると魔物の数も減ってくるね。
バルーザは交易が盛んだし、騎士団も常駐してるから安全の為に
定期的に魔物の討伐をしているのかもしれない。
私達は戦闘らしい戦闘も行うことなく、一路バルーザを目指した。
少し小高い丘を登りきると、ようやくバルーザの町が見えてくる。
「うわぁ………思ったよりも大きい町だね」
私は思わず感嘆の声を漏らす。
夕暮れに染まったその町は外壁に囲まれている。
丘から見える町並みは、カンテ村とは比べ物にならないほどに建物で埋め尽くされている。
ここからでは微かにしか見えないけど、かなり雑多なかんじだ。
交易が盛んなくらいだし、色々な文化が混じっているのかもしれないね。
私にしてみれば異世界の町っていうだけで、ドキドキものなんだけどそれ以上に楽しみだ。
「ふふふっ、お嬢様とても楽しそうですね」
ウイナが思わずと言ったかんじで声をかけてくる。そんなに顔にでてたかな?
ともかく町へと行こう。今夜の宿もさがさないとだしね。




