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不食人7

 警官がバイト先のコンビニに来たのは、秋野さんと店長がシフトする、昼下がりのことだった。警官の話では昨夜の八時過ぎ、公園で若い女性がひったくりに遭ったらしい。警官が帰ると、早速秋野さんが呟いた。


「たかがお弁当一つで、大げさだわ」


「よりによって、うちの客が狙われるとはね」


 店長はいかにも迷惑そうにぼやいていた。僕の脳裏に一瞬、長岡の顔が浮かんだが、直ぐに搔き消した。彼は人の物を盗むような人間ではない。犯人など考えなくてもわかる。盗まれた場所は、公園なのだから……。 


「そんな事をするのは、公園に住んでるホームレスですよ」


「そんな決めつけ良くないわ。それに盗んだ人だって、よっぽどお腹が空いてのかもしれないじゃない?」


 まるで秋野さんがホームレスを、犯人を擁護しているような言い方に、僕は俄然納得いかなかった。


「公園にホームレスなんか置いておくから、こんなことが起こるんです。見て見ぬふりして放置してる、あの公園もどうかしてる」


「犯人はホームレスじゃないわ。私は公園で、逃げる犯人を目撃しているの。黒いフード付きのジャンパーを着た、やせ形の若い男の人だった」


「目撃? どうしてそのことを、警官に話さなかったんですか?」


 秋野さんは何も答えなかった。店長はそんな彼女を見て、溜め息を付いた。


「話さなかったんじゃない。話せなかったんだ」


 何か言いかけた秋野さんに、店長は手をかざして静止した。


「秋野君は、ウチで余った弁当や総菜を、あの公園のホームレスに持って行ってあげているんだ」


「どうして、そんな事……」


 僕の心は勝手ながらも、信愛の裏切りに支配されていた。


「あんな奴らに餌を与えていたなんて、秋野さんは何を考えてるんですか! あんな連中にそんな事したって、感謝なんてされませんよ。ラッキーくらいにしか思ってない。居なくなればいいんだ。あいつらは人間の恥だ!」


 瞬間店内に、乾いた音が響いた。僕は秋野さんに、平手で打たれていた。


「食べたくても食べられない。柏木君は一度でも、そこまで自分が追い込まれたことがあるの? あの人達だって、人に言えないような事情を抱えてる。好きで公園になんか、住んでいるはずないじゃない!」


 彼女の目は潤んでいた。僕はなぜ打たれたのかも分からないまま、床に目を落とした。母親に叱られた子供のような心境だった。


「柏木君は誤解しているわ。話せばみんな、気のいい人達ばかりよ」


 もういいとばかりに見かねた店長は、秋野さんに仕事を任せると、僕を奥の休憩室に呼び寄せた。


「知らなかったのは、僕だけですか?」


「いや、他の従業員も知らない。大っぴらに言う事でもないだろう?」


「よく、許可しましたね」


 店長は煙草を一本取り出すと、口に咥えた。


「ウチの商品を食べて食中毒にでもなったら、それは大問題だ。客も減るしメーカーにだってどやされる」


「じゃあどうして?」


 店長は煙草に火を付けると、煙と共に大きく息を吐き出した。


「秋野君が五歳の時、仕事を終えて帰って来るであろう母親を信じて、何も食べずに待ち続けた」


「なんですか? それ」


「十五年も前の話だ。幼女マンション、置き去り事件」


「置き去り?」


 僕は一気に血の気が失せた。


「しかし、母親が帰って来ることはなかった。結局玄関で衰弱して倒れているところを、警官に保護された。母親が蒸発してから、二日も経った後だった」


「そんな……」


「酷い話だ。生還して父方に引き取られた彼女を、当時のマスコミはこぞって取り上げた。全国誰もが同情したよ。俺だって例外じゃない。同じような歳の子がいたから、その事件のことはよく覚えてる。秋野君がその子供だと知った時、よくぞ真っ直ぐ育ってくれたと、涙が出そうなほど嬉しかった。そんな話を聞けば、協力したくもなるってもんだろう?」


「知らなかった……。秋野さんに、そんな過去が有ったなんて……」


 店長は煙草をもみ消すと、椅子から立ち上がった。すれ違いざま僕の肩に手を置いた。


「なんでどうして、柏木君の気持ちはわかる。だが、人の人生と心根は、簡単に説明できる程単純じゃない。秋野君を、許してやってくれ」


 僕は休憩室を出ると、一人仕事をする秋野さんの前に立った。当然ながら二人の間には、居た堪れない空気が漂っていた。僕は意を決して彼女の瞳を正視した。


「店長に、話を聞きました」


「そう……」


「今度行く時は……。僕も一緒に連れて行ってください」


「え?」


「夜の公園は、危険ですから」


 僕の言葉を聞いた途端、浮かなかった彼女の顔に華が咲いた。


「わかってくれてありがとう。ついカッとなってぶったりして、ごめんね。痛かったでしょう?」


「いえ、平気です」


 打たれた頬など痛くはなかった。それよりも、秋野さんの心を傷つけてしまったことの方が、僕にとってはずっと痛かったのだから―――。


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