表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

不食人6

 僕はその日、眠れぬ夜を過ごした。無理にでも、病院に連れていくべきではなかったのか? 彼が死んだら、僕は罪になるのだろうか? 


 もしこのまま、長岡が亡くなってしまったらと、考えずにはいられなかった。 


 翌朝、早めに起きて長岡の様子を見に行こうと思っていた。しかし、眠りの就いたのが朝方ということもあり、長岡のアパートに着く頃には、すでに八時半を回っていた。バイトの時間まで三十分も無い。


 僕は最悪の展開を予想しつつ、声を掛けずに友人の部屋のドアノブを回した。昨日まで転がっていたはずの彼の靴が、綺麗に揃えてあった。玄関に入って直ぐに、僕は得も言われぬ奇妙な感覚に襲われた。


「おう、柏木」


 長岡はちゃぶ台で、型遅れの携帯電話を弄っていた。


「起きいて、平気なのか?」


「今日は気分がいい。お前のお蔭だ」


 布団は綺麗に畳んである。昨日は起きることすら困難に見えた。


 その時の僕は唖然としながら、間の抜けた顔をしていたに違いない。友人は痩せ細り、見た目はそれ程変わらない。しかし、心なしか顔色も良く。声の通りも良くなっていた。


「何か食べたのか?」


「いや、何も食ってない」


 僕は、ちゃぶ台を挟んで彼と対面した。今日で五日目、僕が飲ませたのはお茶だけだ。


「本当に、何も食べていないのか?」


「この部屋に、食べ物が無いのは知ってるだろう?」


 僕は長岡の表情を探った。嘘を付いているようには見えないが、誰が見ても明らかだ。長岡は昨夜より、確実に回復している。


 たった一本のお茶で、ここまで元気になれるものなのだろうか? 不思議に感じていたのは、彼も同様だった。


「昨晩、母親の夢を見た。顔はおぼろげだが俺には分かった。お前とあんな話をしたからだろうな。母親が差し出したおにぎりを、俺は無我夢中で頬張ってた。とてつもなく美味かった」


「その夢は警告だ。もう断食なんてやめろってことだろう」


「そうかもな。でも昨日とは違う。死ぬほど腹が減っていたのに、今朝はそれほど食いたいと思わない」


「何だって?」


「食欲が無いんだ」


「そんな事、あるわけないだろう」


「俺だって信じられない。上手く説明出来ないが、自分が一番驚いてる」


 困惑する長岡の眉間に、深くしわが寄っていた。断食をすることで、彼の体がおかしくなってしまったのだろうか? 感覚の麻痺、あるいは精神作用か……。どちらにしても、僕にわかるはずもなかった。


「僕までおかしくなりそうだ。バイトが終わったらまた来るから、それまで目を覚ましておけよ」


 昨夜ならともかく、今すぐ死んでしまうようには見えない。とりあえず目先の不安は、取り除かれた気がした。


 しかし、自転車を走らせる僕の頭の中に、友人の揃えられた靴が鮮明に映し出されていた。それが、死神に取り憑かれた者が渡る橋であり、死にゆく者の儀式に思えてならなかったからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ