不食人4
翌日僕は、バイトが終わってから長岡のアパートに行くつもりだった。しかし、僕は夜七時を過ぎてなお、コンビニで仕事をしていた。
「急で悪いね、柏木君。とりあえず八時までお願いするよ」
店長は、白髪交じりの頭を撫でながらそう言うと、ドリンクコーナーの裏にある部屋に入って行った。
秋野さんが急に休んでしまったのだ。彼女の居ない職場は、なんとなく身が入らなかった。
具合が悪いと、店長に電話があったらしいが、果たして大丈夫なのだろうか? 僕は、一人暮らしの彼女を気に掛けていた。
八時にバイトが終わると、僕は自転車に跨った。帰路に着こうと、迷わず公園西口に進路を向ける。もちろん友人の長岡を忘れていた訳ではない。ただ、遅い時間のこの公園を、通りたくなかっただけなのだ。
この公園は東西横長で、二キロ程の大きな通りがある。昼はそれなりに人が居るが、夜になると極端に人影が失せる。
僕は脇目を振らず、ひたすら自転車を走らせた。しかし、中央にある噴水前に差し掛かった時、ふらふらと歩く老人の姿を見た。また、見てしまった。
僕がこの世で一番嫌いなもの、この公園に住んでいるホームレスだった。昼は道から外れた所で大人しくしているくせに、夜になると我が物顔で公園をのし歩く。どれ程のホームレスがこの公園に住んでいるかは知らないが、遅くなればなるほどゴキブリのように増殖する。
それこそ公園の主でもあるかのように、そして背中を丸めたその姿は、得体の知れない怪物を思わせた。
夢は無く、何の為に生きているのかすらわからない。僕は怯えていたのかも知れない。この人達が、自分の未来を映し出している気がして怖かったのだ。自転車の速度を更に加速させる。消えてくれればいいのにと、心の中で吐き捨てた―――。
次の日、秋野さんはバイトを休むことなくコンビニにやって来た。少し疲れた表情をしていたが、どうやら具合は良くなったらしい。僕はバイトが終わると、長岡のアパートに向かった。
断食は昨日で止めたはずだ。よく乗り越えたと褒めてやるつもりだった。頑張った祝いに、何か食べ物を持ってくるべきだったろうか? 友人のアパートに自転車を止めながら、今更のように考えた。
しかし彼のことだ。今頃いきなり食べ過ぎて、お腹を壊しているかも知れない。僕はそんな友人を想像し、なんだか可笑しくなった。
「長岡、生きてるか?」
ノックすると、ドア越しに声を掛けた。もちろん冗談で言ったつもりだ。しかし、彼からの返事はなかった。肩に掛けていたリュックを玄関に降ろし靴を脱いだ。長岡は布団を被って寝ていた。
「柏木か?」
そう言うと長岡は、途端に咳き込んだ。掛け布団が激しく波打つ。
「ああ、風邪か?」
僕は、友人の顔を横から覗きのみ言葉を失った。頬骨が突き出し、目は大きく窪んでいる。肌は色を無くし、夏だというのに唇は酷く乾燥していた。
「君はまさか、まだ断食を続けていたのか?」
「ああ……」
既に四日近く経っている。断食など、とうに止めたものと思っていた。
「今、何時だ?」
長岡の声は力無く掠れていた。僕は部屋に掛けてある、相変わらずの文字盤に目を向ける。
「もうすぐ六時になる」
「そうか……。ぐふっげほっ」
時計など、少し顔を傾ければ見えるだろうにと、僕は思った。
「隣がうるさくて眠れない……。悪いが柏木、静かにしてくれと言って来てくれないか?」
「何を言ってる? このアパートにはもう何年も、君しか住んでないだろう」
「そうか……。そうだったな……」
幻聴? もしかして目もまともに見えていないのではないだろうか。彼の体が危険な状態なのは、医者でなくても分かる。
「待っていろ、今食べ物を持って来てやる。いや、先に救急車を呼ぶべきか……」
「たかが風邪だ。げほっ」
長岡は、辛そうに上半身を起こした。
「寝ていろ長岡! たかが風邪でも、今の君には致命的だろう!」
「怒鳴るなよ。頭と腹に響く……。それに俺はまだ、やめるつもりはない」
「どうして……」
僕の心はその言葉で溢れかえっていた。




