不食人2
大量のアイスを、僕は一心不乱にアイスストッカーに詰め込んだ。あまりの冷たさに、指先がしもやけになりそうだった。ようやく詰め終った所で、先輩の秋野さんが僕に声を掛けてきた。
「昼のお客さんも落ち着いて来たし、休憩して来ていいわよ」
「わかりました」
僕は夜学を卒業し以来、朝九時から夕方五時半まで、このコンビニでアルバイトをしている。秋野さんは学生でバイト時間はまちまちだが、いつも夜八時頃まで働いていた。ちょっとした仕事の合間に彼女と話をすることが、何時しか僕の密かな楽しみになっていた。
「柏木君は一人暮らしよね?」
「ええ」
「家賃はいくら位なの?」
「二万円ですけど」
「あら。意外と高いのね」
「そうですか?」
この春から親許を離れ一人で暮らし始めた。この辺りのアパートでは、値段も良心的でお借り得だと思っていた。それだけに、高いと言われるのは心外だった。
「今の所を越すにしてもお金が掛かるし、金持ちの彼氏がいるわけでもないし、欲しいものがたくさんあって困るわ」
もっと安いアパートなら知ってはいるが、とても彼女におすすめできる所ではない。
僕はそれより、付き合っている彼がいないかも知れないという、思いがけない有力情報に胸を躍らせた。そして困り顔の秋野さんに、僕は思わず見惚れてしまっていた。
「なに? どうしたの?」
僕の視線に気付いた彼女が首を傾げた。長く艶のある髪が、肩を滑り降りた。
「いえ、なんでも……」
「おかしな子ね」
そう言って秋野さんはフフフと笑った。彼女の肩越しから、優しいラベンダーの香りがした。僕は気恥ずかしさに、一つ年上のお姉さんから視線を逸らした。
その直後、ズボンの後ろポケットに入った携帯が震えた。メールの差出人は、友人の長岡だった。
(譲りたいものがある。バイトが終わったら取りに来てくれ)
僕は夕方バイトが終わると、そのまま彼の住むアパートへと向かった―――。
バイト先のコンビニから、自転車で五分と掛からない。ここに来る度に思う。怖がりな僕なら、タダでも借りないだろう。
平屋の木造アパートは、両脇に新築のマンションが建ち、夕日にすら嫌われていた。彼が施設を出た後、ここに移り住んで五年経つ。四つ部屋があるが他に住人は居ない。彼の話では、年老いた大家が管理しているらしい。しかし、大家どころか世間からも忘れ去られてしまったような、このアパートはそんな寂しげな雰囲気を醸し出していた。
厚紙を切って張っただけの表札。長の文字が消えかけ、岡としか読めない。これと言って問題も無いのだろう。この部屋には、僕くらいしか訪れる者は居ないのだから。そんなことを思いながら、僕はドアをノックした。
「柏木か? 入れよ」
ドアのカギは掛かっていなかった。普段から掛けることもないらしい。間違っても泥棒など入らない。万が一入ったとしても、同情して金を置いて行くことだろう。
玄関に転がり、脱げ捨てられたような汚れたシューズが僕を迎え入れた。彼が金持ちのお坊ちゃまというのであれば話は別だが、実際は僕よりずっと余裕の無い生活をしている。僕は長岡の譲りたいものに、全く期待していなかった。




