凪ぐ夜
俺はその辺にいる何の面白みもない一般サラリーマンだ。
まあ、他と比べて出張は多いかもしれないが、それだけだ。
今日からもまた営業で出張だ。それも今回はかなり長そうだ。
■■県■■市■■町。
有名なものがあるわけでもなく、楽しみもなく仕事に勤しむのみ。
ただ、この町を調べていたらある噂を見つけた。
なんでもこの町に時々驚くほど静かな夜が来るらしい。
その夜には、『ゴッ、ゴッ』みたいな重くて鈍い音が響いて、人のような”なにか”がうろついてるんだとか。
都市伝説ってやつか?
幽霊なんていないって。...いないよな?
本心では少しおびえながら町を目指した。
だが、実際にここに来てみて、意外と住みやすそうな町だと思った。
ああ...それは昼の間だけだったけど。
この町は大きな中央道が整備されていて、そこを中心に町が広がっている。
有名なチェーン店やデパートなんてものは全部中央道の傍にできている。
飲み屋も多いから、夜の静けさを全く感じられない。
俺は完全にホテル選びを間違えた。
辺りがうるさくて寝れやしない。しかたないから耳栓をして寝ることにした。
このうるささがなければきっといい町だと思えたんだろう。
さて、朝目が覚めれば整備の整ったいい町に早変わりだ。
俺はこの出張の間ずっとこんな気持ちで過ごさなきゃならないのか。
俺って不憫だな。
一日。
また一日。
朝早くに起きて、仕事に行って、夜遅くに帰ってきて、耳栓をして寝る。それだけの生活が続く。
今日もおやすみうるさい町。
また一日。
おはよう静かな町。
今日は四日目、なにか変わったことでもあればいいんだが...。
誰もいないホテルに「いってきます」
誰もいないホテルに「ただいま」
結論から言うと何も変わらない日だった。
でも一つだけ、何か違ったことがあるとすれば。
紺色は美しいと思った。
美しい紺色の長い髪を靡かせ歩く女性がいたんだ。
あんな綺麗な髪、俺は見たことがなかった。
どこかでまた見られたら。なんて思った。それだけだ。
それ以外は結局変わらない一日だった。
美しい紺色の髪を思い出しながら、眠りについた。
ゴッ、ゴッ
うーん...?
ゴッ、ゴッ
何か聞こえる。
ゴッ、ゴッ
重くて...鈍い音?
ゴッ、ゴッ
変な音で目が覚めてしまった。
このままでは寝付けない。耳栓を外して...あれ?
そういえば俺、耳栓してなかったのか。ならどうして
「こんなに静かなんだ?」
ゴッ、ゴッ
そうだ。小さな音ならふつう聞こえないはずだ。
変な音以外の音が聞こえないんだ。うるさいぐらい聞こえていた音が。
おかしい。怖い。でもこのまま放置するのも怖い。
何か手に持てるもの...フライパンでいいか。
フライパンを手に取って構え、外に出る。
ゴッ、ゴッ
音はまだ遠い。ホテルの裏か?
恐る恐る裏に回る。暗くて狭い道に入り裏に回る。
そこにはどこかで見た美しい紺色?
ゴッ......
それが見えた瞬間、音は消えた。
目が暗闇に慣れていく。
少しずつ、ハッキリと目に映り始める紺色。
美しい紺色の髪。
あの時の女性。
最初は紺色だったそれは、少しずつ深紅に染まっていく。
あの時は見えなかった顔が目に入るが、それはもう顔とは呼べないぐらいに...
うっ...お゛え゛ぇっ...
吐いた。当たり前だ。
これは死体だ。生まれて初めて見る、死体だ。
「あの、そんな暗いとこで何してるんですか...?なんでフライパンを持って...」
通りすがりの誰かの声で正気に戻る。
しかしそれではもう、遅かった。
「ひいッ!?し、死んでるッ」
「ひ...人殺しッ!!」
「待って!これは!」
無理だ。どう考えても俺がやったようにしか見えない。
逃げろ
駄目だ。逃げるのはもっとまずいだろう。
「誰か!誰かいませんか!?」
逃げろ逃げろ逃げろ
考えろ。なにか方法があるはず...
逃げろ逃げろ逃げろ捕まりたくない!!俺は何もやってない!!!
思考がまとまらない。
無理だもう逃げるしか...!!
咄嗟に飛び出した俺の姿はそれはもう、人を殺した者の逃走に見えただろう。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
俺が逃げる足音。俺はこれからどうすればいい?今逃げてどうなる?
ドクン...ドクン...
俺の心臓の音。強く、大きく響く音。恐怖、焦燥、疲労、全てを内包する音。
ハァ...ハァ...
俺の息の音。ずっと走って逃げてきて、もういつ限界が来てもおかしくないくらいだ。
ザッ...ザッ...
足音。もう疲れた。一度休もう。手を膝に置いて息を整える。
ドクン...ドクン...
止まらない心臓の音。
ハァ......ハァ...
少しずつ整ってきた息の音。
ザッ...ザッ...
足音。
ドクン......ドクン......
心臓の音。
...足音?俺は今動いてない。
ザッ...ザッ...
この音は
ザッ...
俺の
ザッ...
後ろから
...ゴッ




