喫茶店ローズ13話「今更すぎません!?」
え?今更すぎないかって?考えてなかったから?めんどくさかったからじゃないかって?
……そんなことはございません(すっとぼけ)
翌日。
昨夜のことなど、なかったみたいに。
颯太はいつも通りエプロンを締め、カウンターを拭いていた。
何事もない顔。
聞かれない限り、言わない。
店は昼前。
常連がぽつぽつ入り始める時間だ。
扉が勢いよく開いた。
「おはよーう! 今日も世界一かわいいな、アレクシアちゃん!」
金茶色のスーツが、やけに眩しい。
ゴードンだ。
その後ろから、無駄のない足取りでルシアンが続く。
「旦那様、声量を半分に」
「無理だ!」
いつものやり取り。
颯太は、グラスを磨きながら横目で見ていた。
ゴードンが席に着くなり、颯太をじっと見る。
「あれ? そういや坊主、ちゃんと説明受けたか?」
「説明?」
「国のこととか、通貨のこととかだよ」
颯太は、数秒沈黙した。
「……聞いてませんけど」
ゴードンが固まる。
「えっ!? アレクシアちゃん達から聞いてないのか?!」
カウンターの向こうで、アレクシアは涼しい顔だ。
「必要なかったから」
「必要あるだろ!」
ゴードンは机を軽く叩く。
「ここはルミナリア王国だ! 首都はレグナート! で、通貨はゴルド! 銀も銅も紙幣もあるけどな」
一気に言い切った。
颯太はぽかんとする。
「……今更すぎません!?」
本気で叫んだ。
「俺、もう三日くらい働いてますよ!?」
「マジかよ!」
ゴードンは頭を抱える。
「お前ら何やってんだ! 異世界から来た子に最低限の情報くらい渡せ!」
「渡さなくても働けていたので」
エリオットが静かに返す。
「問題は発生しておりませんでした」
セドリックも穏やかに続ける。
ゴードンが天井を見る。
「いや発生してただろ、通貨で詰まってたろ」
颯太は深く頷く。
「詰まりました」
ルシアンが紅茶を一口飲む。
「旦那様、情報提供はもっと早くなさるべきでしたね」
「俺のせい!?」
「少なくとも本日まで放置されていた事実は変わりません」
ゴードンは机に突っ伏した。
颯太は小さく息を吐く。
ルミナリア王国。
ゴルド。
やっと、足場の名前ができた。
何も分からない場所から、
“どこかの国”に変わっただけで、少し現実味が出る。
「……じゃあ、俺の持ってる硬貨は?」
「使えねぇな!」
即答だった。
「材質は知らんが、この国じゃ価値ゼロ!」
「ゼロ……」
思ったよりダメージが小さい。
もう覚悟はできているからだ。
ゴードンが顔を上げる。
「その代わり、働けばゴルドは手に入る。問題なし!」
「軽い……」
「商売ってのはな、流通が命だ! 金は回してなんぼ!」
アレクシアが淡々と言う。
「あなたの理屈で世界は回ってないわ」
「回ってる!」
ルシアンが即座に口を挟む。
「三割ほどは回っております」
「ほら見ろ!」
颯太はそのやり取りを見ながら、ふと気づく。
ここはもう、完全に“他所”ではない。
昨日より少しだけ、
自分がこの世界の輪郭に触れている。
知らなかったことを知る。
名前を持つ。
通貨を持つ。
それだけで、不思議と安心が増す。
「……じゃあ、給料ってゴルドですよね」
「当然だ!」
ゴードンが親指を立てる。
「初任給でアレクシアちゃんにプレゼントでも買え!」
「買いません」
即答したのは、颯太だった。
「給料なんかないわよ」
一瞬、店内が静まる。
そして。
エドワードが新聞越しに、ぼそり。
「まともだな」
ゴードンが叫ぶ。
「なんでだよぉ!!」
店内に、いつもの空気が戻る。
颯太はカウンターを拭きながら、小さく笑った。
昨日より、ほんの少しだけ。
ここが現実になっていく。




