表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

喫茶店ローズ番外編「今日は猫の日」

今日は猫の日ですね。

二月二十二日。


朝の仕込みが一段落し、厨房に静けさが戻る。


オスカーはボウルを抱えたまま、小さくため息をついた。


「……今日、猫の日なんですよね」


ぽつり。


返事をしたのは、背後に立つ巨大な影だった。


「そうですね」


振り返らなくても分かる。

ガブリエルだ。


白髪混じりの短髪を整え、修道服風の服をきちんと着こなしている。

二メートルの体が厨房にいると、単純に狭い。


「オスカー君は、猫がお好きなのですか?」


穏やかな声。


オスカーは少しだけ目を泳がせる。


「え、ええと……好き、です。小さい頃、近所の野良猫に餌あげてて……」


「それは、よいことです」


即答だった。


「神は、弱い存在を見過ごす者よりも、手を差し伸べる者を好まれます」


オスカーは、少しだけ笑う。


「ガブリエルさんって、ほんと神父みたいなこと言いますよね」


「元、です」


淡々と訂正。


そのまま、ガブリエルは腕を組む。

筋肉がぎゅ、と布を押し上げる。


「私は猫に触れたことが、ほとんどありません」


「えっ」


「体格のせいか、逃げられます」


真顔。


オスカーは一瞬きょとんとしたあと、吹き出した。


「た、確かに……ちょっと……迫力ありますもんね」


「自覚はあります」


落ち着いた声で言うが、どこか本気で残念そうだ。


「以前、撫でようとしたところ……威嚇されました」


「それは怖がってますね……」


「ええ。ですので、距離を守るようにしています」


オスカーは少し考えてから、そっと言う。


「たぶん、ゆっくりしゃがんで、目をじっと見ないで、手を低く出せば……」


「ほう」


ガブリエルは真面目に頷く。


「オスカー君は詳しいのですね」


「い、いや、その……ちょっとだけ」


そのとき、裏口の外から、かすかな鳴き声が聞こえた。


「……にゃ」


二人同時に止まる。


オスカーが顔を上げる。


「今の……」


ガブリエルも静かに扉を見る。


「神の導きでしょうか」


「いや偶然です」


即否定。


オスカーがそっと裏口を開けると、小さな三毛猫が一匹、ゴミ箱の近くに座っていた。


警戒気味に、こちらを見ている。


オスカーはゆっくりしゃがむ。


「大丈夫だよ……」


小さな声。


猫は逃げない。


背後から、巨大な影が近づく。


「ガブリエルさん、ちょ、ちょっと待っ――」


もう遅い。


二メートルの元神父が、ものすごく慎重にしゃがむ。


ぎし、と床が鳴る。


猫と、目が合う。


沈黙。


オスカーは息を止めた。


猫は――


逃げなかった。


代わりに、小さく一歩近づき、ガブリエルの差し出した指先の匂いを嗅ぐ。


ガブリエルの瞳が、ほんのわずかに見開かれた。


「……触れても、よろしいでしょうか」


「い、いまなら……!」


指先が、そっと猫の頭に触れる。


柔らかい毛並み。


猫は嫌がらない。


ガブリエルの声が、少しだけ低くなる。


「……温かい」


それは祈りの声より、ずっと素直だった。


オスカーは、その様子を見て、ほっと笑う。


「今日は、いい日ですね」


「ええ」


ガブリエルは静かに頷く。


「猫の日とは、実に尊い記念日です」


三毛猫は、しばらく撫でられたあと、ふらりと去っていった。


ガブリエルは立ち上がり、服の埃を払う。


「……また、来るでしょうか」


その声音は、どこか期待を含んでいた。


オスカーは、少し照れくさそうに笑う。


「たぶん。優しくされた場所は、覚えてますから」


ガブリエルは、ゆっくりと頷いた。


「では、私も覚えておきましょう」


厨房に戻る二人の背中は、いつもより少しだけ柔らかく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ