喫茶店ローズ8話「今日も静かだねぇ」
――数分後。
店のドアが、さっきよりも少しだけ騒がしく開いた。
「おっ、やってるやってる。今日も静かだねぇ」
先に入ってきたのは、金茶色のスーツがやたらと目立つ男だった。朝の光を反射するような派手さで、店内の空気を一段階だけ賑やかにする。
颯太は、反射的に背筋を伸ばした。
知らない人だ。しかも、見るからに“客”というより“存在感の塊”。
その一歩後ろ、影のように静かに続いたミントグリーン色の髪の小柄な男は、対照的だった。
無駄のない動き。視線は低く、しかし店全体を一瞬で把握しているのが分かる。
「アレクシアちゃん、おはよう! 今日も綺麗だねぇ」
「おはようございます、旦那様。……店員が増えていますね」
その一言で、颯太は完全に“見られている”と自覚した。
アレクシアはカウンター越しに視線だけ寄越す。
「常連だ。気にするな」
それだけ。
紹介も説明もない。
――あ、これ、自己紹介する流れじゃないやつだ。
颯太は一瞬迷った末、軽く頭を下げた。
「……おはようございます。今日から、手伝わせてもらってます」
ゴードンは一拍置いてから、にっと笑った。
「へぇ、新人くん? いいねぇ、若いってだけで店が明るくなる」
「は、はい!高城颯太って言います!」
「へぇ。俺、ゴードン・マクレーンだ!こいつは、秘書のルシアンだ。よろしくな」
距離感が一気に詰まるタイプだ、と颯太は直感する。
反対に、ルシアンは無言のまま、颯太を上から下まで一度だけ観察した。
値踏み、というより確認。
危険かどうか、役に立つかどうか。
「……問題なさそうですね」
それだけ言って、興味を失ったように視線を逸らす。
颯太は、なぜかそれで少し安心した。
敵意がない、という判断が下った気がしたからだ。
ゴードンはいつもの席に腰を下ろし、新聞を畳んでいたエドワードに声をかける。
「お、エドワードの爺さん。今日は勝負しないのか?」
「朝からやる気か。相変わらず元気だな」
そのやり取りを、鷹司は抹茶ラテを前に静かに眺めている。
悟真はいつの間にか席を変えており、胡座のまま壁際にいた。
店は、ようやく“動き出した”感じがした。
――客が来た。
――でも、誰も自分を追い出さない。
颯太はトレイを握り直し、胸の奥で小さく息を整えた。
居場所は、まだ仮設。
でも、朝よりは少しだけ、ここに立っていていい気がした。
ゴードンは席を立つと、迷いなくカウンターへ近づいた。
「いやぁ、やっぱり朝一で顔を見ると運気が上がるね」
そう言って、アレクシアの手を取る。
拒む隙も与えず、手の甲に軽く、そして立て続けにキスを落とした。
一度では終わらない。
角度を変え、指の付け根、甲の中央、指先寄りと、やたら丁寧だ。
「旦那様。節度を」
ルシアンが即座に制止に入るが、ゴードンは笑って流す。
「いいじゃないか、挨拶だよ挨拶」
アレクシアの表情は一切変わらない。
ただ、視線だけが氷点下に落ちる。
「……離して」
低く短い一言。
ゴードンは名残惜しそうに手を放した。
「はは、相変わらず手厳しい。でもそこがいい」
その一連を、颯太は完全に固まったまま見ていた。
――え、今の許されるやつなのか。
――というか、怒られてるのに、なんで嬉しそうなんだこの人。
横を見ると、悟真が小さく舌打ちしている。
「朝から騒がしいな」
エリオットとセドリックは、何も言わずに視線を逸らした。
慣れている反応だ。
ルシアンはため息を一つ。
「旦那様。ここは公の場です」
「分かってる分かってる。ほら、仕事仕事」
そう言いつつ、ゴードンは満足げに席へ戻る。
颯太は、恐る恐るアレクシアを見る。
「……あの、大丈夫ですか」
アレクシアは一瞬だけ颯太に視線を向け、すぐに背を向けた。
「常習犯よ。気にしないで」
その声音は冷静そのものだったが、
手袋をはめ直す動きだけが、ほんの少しだけ強かった。
颯太は、心の中でひとつ結論を出す。
――この喫茶店、客も含めて、全員クセが強い。
――そして、今のは“日常”なんだ。
トレイを持つ手に、自然と力が入った。




