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喫茶店ローズ7話「立ってる暇はある?」

朝食が終わった直後だった。


「はい」


短い声と同時に、何かが飛んできた。


反射的に受け取る。

布の感触。


「……え?」


広げてみて、ようやく分かる。

喫茶店の制服だった。


白いシャツに、黒いエプロン。

サイズは、だいたい合っている。


「今日からそれ着て」


アレクシアはそれだけ言って、もう颯太を見ていない。


「え、あの……」


「立ってる暇ある?」


その一言で、会話は終わった。

気づけば、颯太は店の裏に連れていかれ、

洗濯物を抱え、

次はモップを渡され、

次は野菜の箱を運ばされていた。


説明はない。

指示だけが飛んでくる。


「それ、干して」

「次、床」

「仕込み手伝って」


頭が追いつかないまま、体だけが動く。


洗濯場ではアンナがいて、

慣れた手つきでシーツを畳みながら言った。


「颯太さん、そこ置いてください」


ほとんど一人で回している。

颯太は、横で邪魔にならないように動くだけだった。


掃除はエリオットとセドリック。


二人とも無言で、

無駄のない動きで床と棚を拭いていく。


颯太が持っていた雑巾の動きだけが、

明らかにぎこちない。


(……俺、完全に新人だ)


でも、誰も笑わない。

誰も「遅い」とも言わない。


ただ、作業の流れの中に、

当然のように組み込まれていく。


それが、妙に落ち着かなかった。


客でもない。

でも、追い出されてもいない。


役に立っているかは分からないのに、

“ここにいていい前提”で世界が回っている。


制服のエプロンの紐を結び直しながら、

颯太は、ふと気づく。


(……これ、もうバイトじゃなくて、生活だ)


昨日まで、

帰る場所がなかったはずなのに。


今日は、

掃除をする場所がある。


その事実が、

胸の奥で、じわっと効いてきていた。

壁の時計が、静かに時刻を告げた。


開店時間だった。


アレクシアが、淡々とカウンターの向こうで言う。


「開けるわよ」


ガブリエルが頷いて、扉の札を裏返す。


「Close」が「Open」になる。


小さなベルが、ちり、と鳴った。


それだけだった。


外の光は差し込んでくる。

通りの音も、かすかに聞こえる。


けれど――


誰も入ってこない。

エドワードは、ボックス席で新聞を読んでいるし、

アルフレッドはエドワードの隣に座り、欠伸。

エリオットは、入口横に立ったまま、

セドリックは、メニュー表を整えたまま。

アンナはトレイを拭き続け、

オスカーは厨房でフライパンを温めている。

ガブリエルは小さく鼻歌を歌いながら、窓拭き

悟真はレジ横で胡座をかいている。


全員、ちゃんと「開店後の動き」をしているのに、

店内だけが、不自然なほど静かだった。

開店時間を少し過ぎた頃、扉のベルが一度だけ、低く鳴った。


店内の空気が、目に見えない糸で引き締められる。


黒の着流しにロングコート。背筋を真っ直ぐ伸ばした老人が、無駄のない動きで一歩、店内に入ってくる。


エドワードは一瞬で気づいた。


「……来たな。鷹司」


鷹司は軽く視線を巡らせ、店内を確認してから、エドワードを見る。


「相変わらずだな。店の空気は整っているが、客の呼吸がまだ浅い」


アルフレッドが小声で囁く。


「いやもう、入ってきただけで圧あるの反則だろ……」


颯太は完全に初対面で、なぜか背筋を伸ばしてしまっている。

(なにこの人……ただ立ってるだけなのに、体育館の朝礼みたいな緊張感……)


エドワードが颯太を指して言う。


「新顔だ。颯太」


鷹司の視線が、ゆっくりと颯太に移る。

琥珀色の瞳が、数秒だけ、じっと颯太を測る。


「……ほう。まだ“音”が定まっていないな」

「お、音……?」


鷹司は微かに口角を上げる。


「歩き方、視線、呼吸。すべてがまだ迷っている。だが悪くない。未完成なものほど、伸び代がある」

「は、はぁ……」


何を評価されたのかよく分からないが、なぜか通知表をもらった気分になる。


悟真が横からぼそっと言う。


「初対面で人間を鑑定するな」


鷹司はちらりと悟真を見る。


「鑑定ではない。観測だ」


「言い換えても失礼だ」


エドワードが肩をくすめながら笑う。


「で、今日は何だ。抹茶ラテだけか?それとも僕に負けに来たか」


鷹司はコートを脱ぎ、エドワードとアルフレッドが座っている、席に向かいながら答える。


「負けに来る者などいない。私はただ、美しい一打が見たいだけだ」

「はいはい出た、美学おじいちゃん」

「その呼び方は訂正を求めたいな」

「ごめん、でも訂正しない」


颯太は小声で悟真に聞く。


「……あの人、常連っていうか、ラスボスなのか…?」

「ラスボスよ」


アレクシアの即答だった。


鷹司は席に座り、抹茶ラテを一口飲む。


そして静かに、エドワードを見る。


「ところでエドワード。その手首の角度……また癖が戻っている」

「は?」

「力で押す打ち方になっている。美しくない」


エドワードのこめかみに、ピキッと音がしそうなほど血管が浮く。


「勝てりゃいいだろ」


鷹司は微笑む。


「それが君の限界だ」

店内の空気が、一気に戦場になる。

「え、喧嘩が始まるんですか…?」

「いや、挨拶だ」

悟真のツッコミが響くだけだった。

和洋折衷っていいよねー

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