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こすもうさん

作者: 花黒子

 

 仕事の関係で相模原に部屋を借りることになった。

 1DKのマンションで家賃3万5千円。ガードマンつき。

 破格の上にマンションの管理が行き届いているらしく、

 一階にガードマンがついてくるなら安心だと思って、即入居。

 

 私が予想していたガードマンと違い、小さなお相撲さんが付いてきた。


「女将さん、よろしくおねがいします! 来場所はきっと番付を上げてみせますから!」

 小さいお相撲さんはやる気だった。

 いろいろツッコみたい気分ではあったが、引っ越しの疲れで幻でも見ているのだろう。

 

 翌日、ベッドが軋む音で目が覚めた。

 なにかと思って飛び起きると、昨日見た幻の小さいお相撲さんがベッドの脚を鉄砲柱に見立てて、突っ張りをしていたのだ。

「なにをやっているの?」

「おはようございます! 朝稽古っす!」

 額に汗の玉を作っている小さいお相撲さんは爽やかだった。

 

 ぼーっと朝日を眺めながらコーヒーを淹れようと台所に向かうと、味噌の香りが充満していた。コンロには小ぶりの土鍋が置かれ湯気が立っている。蓋を開けてみると具がたくさん入っていた。

「ちゃんこ作ったの?」

 小さいお相撲さんに聞いてみると、「うす!」と返事をしながらカーペットの上で開脚していた。

私は余程疲れているのかもしれない。幻覚の妙なところにリアリティがある。

「女将さんの分もありますよ!」

「そりゃ、どうも」

 朝から二人でちゃんこ鍋を食べた。

 白菜に人参、しいたけ、豚肉、しらたき。昆布の出汁が利いた味噌味だった。

 部屋に朝日が差し込む中で、ごはんを食べるのはいつぶりだろう。

 お腹に溜まったちゃんこの栄養が全身に行き渡り、自然と会社に行く気になった。

 ハフハフと熱そうにお相撲さんがちゃんこを食べる姿があまりに幸せそうで、幻でもいいか、と思えてきた。


「そういえば、あなたなんてしこ名なの?」

「白浪です」

「そう。白浪関、こすもうさんって呼んでもいいかしら?」

「構いません。ただ、関取じゃないので、まだ、ただの白浪です」

 相撲に関して覚えることが多そうだ。


 私がYシャツに袖を通しスーツに着替えている間、こすもうさんは窓際で忙しなく動いていた。何をしているのかと覗いてみると、バスタオルのように有馬温泉のタオルを自分の腰に巻いて、棚と椅子の間に紐を張り、まわしを干していた。

「洗うと生地が痛むので干すだけです」

 あまりに私がジロジロ見るものだから、こすもうさんが説明してくれた。

 タオルを巻いて仁王立ちしている姿はたくましかったが、野良猫がベランダに来ると、急いで窓を閉めてクッションに頭を突っ込んで震えている。こすもうさんの天敵なのかもしれない。

 

「いってらっしゃい!」

 革靴を履いてドアに手をかけた時、後ろからこすもうさんが声をかけてくれた。

「いってきます」

 一人暮らしを長く続けていたけど、この言葉は忘れないらしい。

 こすもうさんとの日々が始まった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前足(手)が地面についちゃっているんで 四つ足の動物をお相撲さんはちゃんこに使わないらしいです
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