第10話 おっ金ぇ〜侍
「おいキンノミヤ、こりゃどういう事だ!」
ユーザはキンノミヤの胸ぐらを掴み壁に叩きつける。
「お前さぁオレに100万カレンくれるつったよな!」
「ああ言ったとも。」
キンノミヤは特に表情を変えずに言う。
「じゃあコレはどういう事なんだよ!」
ユーザは一万カレン紙幣10枚分の札束をキンノミヤの目の前に出す。
「なんだ?くれるのか?」
「んな訳無いだろ!」
ユーザは胸ぐらを掴む腕に込める力を強める。
「たったの10万しか手元に無いって事だよ!残りの90万は?何処へ?返せよオレの90万〜〜!」
掴んだままキンノミヤを揺さぶりながら激昂するユーザに対してキンノミヤはいたって冷静に答える。
「待て待て?全てがお前の手元に行くなんて一言も言ってないぞ。」
「え?」
キンノミヤの一言にユーザは手を止める。
「あっ、本気でもしかしてそう思ってたのか?ほーん…………ププ…ククク……ハハハ……アハハ!ハァッハッハッハ!」
キンノミヤはお腹を抑えてその場に崩れ落ち大声で笑い出す。
「えぇ?何がおかしいんだよ!」
ユーザはキンノミヤが笑う理由が分からず興奮が冷め逆に困惑する。
そんなユーザを見上げながらキンノミヤは笑い涙を拭う。
「あのさぁ?ここの食費、光熱費、建物の管理費、建設費その他諸々。何で賄うと思う?」
「お金が必要。」
「正解。じゃそのお金はどこから出るの?」
「依頼料。あっ………」
「正解………って、その顔すんの遅ぇよ………おっせぇおっせぇおっせぇわハハハハ!!『あっ……』じゃねーよガハハハへへ!!」
血の気のユーザの顔を見てキンノミヤは再び笑い出す。
「まぁそんなお前のために0.1から説明してやるよ。まぁね、そういうその他諸々をさ。これから年単位で払って行かなきゃならんの訳じゃん!でキミ住み込みじゃん!正直なところキミには10万どころか、1万カレンも渡したくないんじゃん!」
キンノミヤはユーザに現実を突きつけながらユーザの手にある札束を取り上げる。
「オイそれ返せよ!てか…………そのお金の話ってさ、えっその……えっえぇ?お前らも気づいてた?んなわけ」
「「「ある」」」
ユーザは3体の付喪神に同意を求めたがあっさりとその思いは打ち砕かれた。
「そーだよなぁ……そんなもんだよなぁ。なーんで分かんなかったんだろな…………… ア゛ーハーア゛ァッハアァーー! ッグ、ッグ、ア゛ーア゛ァアァアァ!!」
我に帰り現実に舞い戻ったユーザは自身の浅はかな思考回路と金がなかなか貯まらない現実に咽び泣く。
「それぐらい経営は火の車なのよ、見切り発車だし。車だけにってかハハハ…」
キンノミヤの笑い声にさっきの様なハリが無くなっていく。
そして嗚咽を漏らしながら泣くユーザと対照的にそのまま静かに涙を流し出す。
「見ろハーズ、リン。キンノミヤの泣き方を………」
付喪神達はキンノミヤの泣き顔を注目する。
キンノミヤは静かに鼻をすすりながらハンカチで目尻を拭いていた。
「なんか、無駄に色っぽいのなんなの………?」
「そう。さっきからキンノミヤの所作をなんとなく観察していたが、大雑把な所と繊細さを思わせる所の差が無駄に激しい。」
「やっぱイイとこ育ちなんじゃろな〜。」
付喪神達の視線に気づく事なくユーザとキンノミヤは涙を流していた。
そして一通り感情が落ち着いた2人は沈黙したまま拳を付き合わせる。
「え?何?なんの流れ?」
「誰得なのよ………」
付喪神達はどよめき出す。
ユーザとキンノミヤは目を合わせ互いの熱い眼差しが互いの瞳孔を見据える。
「………頑張ろう。」
「あぁ。」
静と動。
2つの涙はやがて活力へと昇華していき彼らに力を与えた。
「むぅ?これは友情なのであろうか?」
「いやオレっち的にこりゃノリっすね。それも悪い意味で荒唐無稽寄りなカンジの奴ね。」
そんな彼らの下に良いタイミングで依頼の手紙が事務所の前までやってくる。
「オレ行くって、」
「いやいいよ、」
「遠慮はいらないからさぁ」
「別にしてないしぃ」
「オレ聞くよ!」
「いやオレ聞くから!」
「いいよオレが!」
2人は我先に依頼人の元へ駆け寄りどっちが見るかで揉め始める。
「じゃあボクが……聞こうか?」
左腕からハーズが囁く。
「「オレやるつってんだろ!!」」
結局2人で仲良く読む事になった。
「何々うちのハサミが変わりたい変わりたいうるさいです……ってこの名前、これ送ってきたの実家にいた従者じゃん!」
手紙を見るなりキンノミヤは依頼人の名前に反応する。
「え?実家ってあのカントにあるやつ?」
「そうそう。それに宛先がウォータスのドリップになってる!じゃこれを機にウチの店に取り込んじゃお。」
これからの方針を行き当たりばったりで決めるキンノミヤに対しユーザは
「お前……結構ライブ感で生きてるよな。」
やや呆れた様子で言い返す。
それに対しキンノミヤは
「大金に目がくらんで旅する途中で正社員になるお前も大概だよ。」
とユーザに反論する。
依頼人とはストリームからもう少し北にあるウォータスの田舎町ドリップの古い宿の前で待ち合わせるになった。
「おっ、やっぱりタキガワだ!久しぶりタキガワ!」
「お久しぶりです……キンノミヤ様」
キンノミヤは手を振りながら駆け寄る。
依頼人のタキガワはキンノミヤより一つ二つ年上でどこか落ち着いた雰囲気を感じさせる男だった。
(顔から金欲が滲み出てどこかの誰さんとはとは大違いだな………)
ユーザが心の中で吐露する。
「ハクシュン!オレと縁を結びたい金が何処かで光り輝いてるのかなぁ〜。」
キンノミヤはユーザの気も知らずタキガワの手を握る。
「キンノミヤ様、何を言っているのですか?もう………変わらないですね。」
タキガワはキンノミヤの言葉に苦笑しなら手を握り返す。
「あっそういえば………」
「なんだ?」
タキガワは突如戸惑いだす。
「え?貴方は、キンノミヤ様?でいいのか、えと…どう対応すれば…いいんでしょうか?」
「いいよいいよ様付けなんて堅苦しい。まあ言うとしたらさん付けかなぁ〜!」
「えっ?えぇ………」
キンノミヤは無理矢理タキガワの肩を担ぐ。
「いやー取り込み中失礼。」
ユーザはどこまでも失礼なキンノミヤの間に割ってはいる。
「オレはユーザ。2人はどういう繋がり?依頼の内容も具体的に知りたいし。キンノミヤ、ちょい場所変えね?」
ユーザの言葉で3人は宿の部屋に入る。
3人は一旦宿の部屋に入り依頼を聞くため腰掛ける。
「まず依頼についてなんだけど」
タキガワはうなづくと内容を話す為ハサミ1つ取り出す。
「それが変わりたいって言ってる例の?」
「そうです。例のハサミです。いまは眠ってるんですけどさっきまで変わりたい!自分を変えたい!ってうるさくて……なのでここに依頼を。」
「そのハサミにも話を聞く必要があるな。そのハサミは中古屋で買ったモノ?」
質問に対してタキガワは首を横に振る
「いいえ。自分で作った物でかれこれ7年近くは使ってますね。」
タキガワの作った発言にユーザはとても驚く。
「へ?今さらっと自分で作ったって……」
「そう!彼はカントの鍛治職人。ウチの実家の専属で刀とか槍とか矢尻とか、色々作ってもらってたんだ。あぁ〜懐かしいなぁ父上達元気かなぁ。」
目を瞑りながらしみじみとキンノミヤが応える。
「へぇ〜。でもお前、前に家追い出されたとか言ってなかったか?」
「はいその通りです。」
口を開いたのはタキガワだった。
「キンノミヤ様の実家は、カントでも有数の武士の名家です。キンノミヤ様はそんな家の長男として生まれました。もちろんご両親は武芸と学問に打ち込んでもらい立派な侍にしたかったのですが…」
過去を語るタキガワの顔は苦々しい物になる。
「キンノミヤ様は稽古や勉強をサボってばかりだったのです。屋敷を飛び出し、身分を偽り出稼ぎばかりしていました。」
「筋金入りのお金っ子だね…。」
ハーズが苦笑する。
「見えないところに落ちているお金を発見したら普通ではない所も多かったです。」
「あー確かに初めて会った時も金払ってたなぁ。」
「それでも最低限侍と呼べるだけの武芸と学を身につけていたので良かったのですが……。」
「ですが?」
ユーザとハーズは続きを聞きたくて身を乗り出す。
「代々受け継がれる家宝を……キンノミヤ様は全て売ってしまったのです。」
「すっ全て?!」
キンノミヤはバツの悪い顔をする。
ユーザは空いた口が塞がらなかった。
「中には博物館行きレベルの宝もあったのです。ですが、全て……ビジネスを始めるといい売ってしまったのです。」
どれだけの事をしでかしたのかタキガワのため息が物語っていた。
「その後はどうなったの?」
ユーザは続きが気になり身を乗り出す。
キンノミヤは聞かれたくないのかそっぽを向いていた。
「実は私も又聞きで聞いたので詳しいことは知らないのですが、どうやら家宝で得たお金でカントの誰もいない土地を勝手に安く買い叩き、その土地を外国の金持ちを騙して何十倍もの値段で売りつけていたらしいです。」
キンノミヤの豪快な手口にユーザは唖然とする。
「そっそんなのうまくいく訳…」
「いった。」
キンノミヤがキッパリと言う。
「あれは凄かったな。自分でも怖いくらい金が増えたんだよ何百倍にもな!売った宝も余った金で買い戻したんだぜ〜。それにその金で一応親孝行もする予定だったんだ………」
「マジかよ……住んでる世界が違うなぁ。」
ユーザは頭がクラクラしそうになるのを必死に堪えていた。
「世の中金しか取り柄のない奴って割といるもんなんだってよーく知れたよ。」
キンノミヤは長椅子の端に手を置きながら笑う。
「なのにさぁ酷いんだぜ。父上に二度と武士を名乗るんじゃないって追い出されてさ。母上は毎日泣いてて。弟や姉上にも軽蔑の目で見られるようになった。だから婚約者の家に勝手に上がり込んだんだ。」
「えっ婚約してたの!」
ユーザの驚きをよそに彼は続ける。
「そうだよ。で婚約者の家でも同じ事したら婚約破棄食らった。ついでに金持ちが嘘に気づき始めたから、腹いせに罪を全部擦りつけてやったよ。」
面倒臭そうに、キンノミヤは言う。
「」
ユーザ達はもう何も言えなかった。
「で俺は大金持ってここまで逃げてきた。であのオーディションでユーザを見つけて今に至るって訳だ。……なんか言えよ。」
「言えるか!」
ユーザはそう言いながら立ち上がってキンノミヤを指差す。
(コレ、オレ達完全に逃亡犯の片棒担いでるようなモンだよなぁ……)
「ってかなんでオレの昔話披露会になってんだよ依頼を聞け依頼を。」
彼の一声でユーザ達は頭を目の前の依頼に切り替える。
「……分かったよ。じゃあハーズ、まずそのハサミ起こそう。」
「分かった。じゃあ投げよっか。」
「え?いいの?」
ユーザはその提案に目を瞬く。
「前にもこういう事があってね。そうやって起こしたんだよ。ホーイ!」
左手をマインドコントロールしてハーズはハサミを投げる。
すると、ハサミは空中で開き出す。
そして、キンノミヤの頭目掛けて突っ込んで行く。
「キンノミヤ伏せろ!」
ユーザが叫ぶが、すでにハサミは真っ二つになっていた。
キンノミヤノの手にはいつの間にか小刀が握られていた。
「……いつから仕込んでたんだ?」
ユーザは驚きを隠せない。
「これでも武士の端くれだからな。」
淡々とキンノミヤはどこからともなく出した小刀を消えていた。
「………」
ユーザは眉間に皺を寄せ黙り込む。
場が緊張に包まれるがキンノミヤは知ったか知らずかユーザを無視してハサミを見やる。
「ピクピク動いてるし大丈夫だろ。のりでくっ付けよう。」
そのハサミは死にかけの魚の如くピクピクと痙攣していた。
キンノミヤがのりでくっ付けたら何故か息を吹き返したのだ。
彼は重い緊張が走る中勝手に話を進めていく。
「君の名前は?色々聞かせてもらおうか?」
「オレはハサミのキンセツだ。突然だけどタキガワさん!」
「えっえぇ、何か……?」
タキガワはまさか指名されるとは思わず戸惑いながらも返事する。
「俺を散髪用のハサミにしてくれ!」
「えええぇ〜!」
タキガワの驚きもよそにキンセツは勢いのまま雄弁に語り出す。
「オレあなたに作られたからの7年間。様々な紙を切ってきました。厚紙、和紙、羊皮紙……色々切ってきましたが…ふと思ったんです!人間の毛髪を切ってみたいと。」
「でぇーすぅーがぁ!」
突然の大声に一同がビクッとなる。
「ワタクシは雑務用の平々凡々なハサミ。散髪に必要な繊細なカットができないのであります。」
その声は悔しさに満ちている。
「ですから!ですから鍛治職人として!私に生を与えた?タキガワ様自らの手で、私を!生まれ変わらせていただきたいと存じます!!」
彼の声は熱い情念がこもっていた。
「なーんかむさ苦しい奴だな…」
「うむ。海のような冷たさを持って欲しい所だ。」
ユーザとザッドがボヤく。
だがキンセツのむさ苦しさにより冷淡とした空気は溶けて消えていた。
「タキガワ、依頼完遂の為に出来なくてもやれ。コレは元主としての命令だ。」
キンノミヤは神妙な顔で語りかける。
「さらっとクズを発動しやがった!」
ユーザと付喪神一同がどよめく中タキガワの答えは一つだけだった。
「散髪用のハサミですか……作ったことはないですが。やれるだけの事はやります。」
「それでこそだな!」
キンノミヤは肩を組んで喜ぶ。
「なんか友情感出してやがる…」
ユーザは呆れ果てていた。
「とりあえず近くの鍛治工房に連絡しといたから。カントの鍛治職人が来るって言った瞬間馬鹿みたいに興奮してたぞー。おかげで報酬もボッタクリがいがあった。最短で済ませよ。」
「は、はぁ……」
(相変わらず人使いが荒い……でも懐かしいなぁ。)
そんな事を思いながらキンセツを持ってタキガワは工房への一歩を踏み出した。




