望まれぬ目覚め
ノイズが流れる。
ノイズの合間に車の荷台のような所、雪道の先に見える灰色の大きな建物、変色した手と足の先。見覚えのない光景が途切れ途切れに浮かでくる。
怖い、、
体の形は知覚できない。短く情報の少ない映像の世界にいる。
怖い、、
様々な光景が際限なく浮かんでくる中、次第に再びノイズが多くなっていく。真っ暗になり、無音から世界が音を取り戻す。頭の形、腕の形、足の形、――、それらを必死に思い描き、体の感覚が戻り始める。そして気づく。■■が、ないと・・・
見慣れない綺麗な天井、鮮やかな模様の入った天蓋、ふかふかの白いベット。それらを照らす窓から差し込む日の光は久しぶりの暖かさを感じる。
ベットから起きるが情けないことにうまく歩くことも出来ない。ゆっくりと窓に近づくものの、手の届かない高さにあった。そのためベット横にあった椅子を窓下まで引きずっていき、椅子の上に登る。窓の縁に手をつき外を覗くと眼前にはバカデカい庭が広がっていた。
「、、えっと ここはどこだ? てか、庭デッカいな〜こりぁ」
さっきまで私はあのすす汚れた場所に居たのに、起きてからの目に入る光景は、ここ数年見ることのなかったキレイな世界だ。
あぁマジか・・・死んだのか…私は。死ぬ前に私は自分の役目を果たせたのか、頭に靄がかかったかのように記憶がハッキリしなくて分からない。
万一タルキアのホルダーを落とせてなかったら、部下にああも威勢よく言った手前合わせる顔がない。
(けどまぁ、死んでしまったなら、せっかくだし死後の世界を見て回ろうかな)
早速、椅子から飛び下り、部屋の大きいドアを開け、庭に出る扉を探す。長く、広い廊下に人の気配はなく、ただ大きいドアがいくつかあった。やっと庭に出られる扉を見つけ、芝生の上を裸足ままで歩きだす。
芝生は柔らかくて涼しい感触が足の裏に広がり、また芝生の上を駆ける風が私の頬をかすめる。それが心地よくて、無性にみんなに会いたくなる。今まで気を張り詰めていたのが、徐々にほどけていくのが分かる。もう私にできることはないんだ。
(らしくない・・らしくないよこれは…)
涙がこぼれ、次第にこぼれる涙の量が多くなっていく。最後は膝をついて嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「・・・様、御身体は大丈夫なのですか?無理に動かれないほうが・・・」
どれほどの間泣いていたのだろうか。涙を出し切り、ただ呆然としながら蹲る私にメイド姿の少女が優しい声で話しかけてきた。私はきっと真っ赤に腫らしている目を少女に向けている。自分よりもかなり年下な少女にこんな顔を見られ、全身が熱くなっていく。
、、ん?チョッと待って、死後の世界に年下とかあるのかな?てゆうか、新参者の私のほうが年下だったりするのかも。好印象を得られれば、この世界のこと教えてくれやすいだろう。
早速気を取り直し、今できる私のスマイルをこの娘にプレゼントする。
「あの、姫様 どうされました?」
少女の顔が真っ青になっていた。
(あれ〜怖がらしちゃったかなー。そんなに私のスマイルひどい?)
少女がメイド姿だったのもあって、とりあえず彼女に温かいタオルをお願いする。
案の定、少女は承諾して屋敷に小走りで走って行った。
私は彼女が屋敷に入っていくのを見ながら、ふと目の前の大きな屋敷が気になった。庭に面している大きな窓の1つに近づくと全身が窓に映る。
私は何も言葉が出ず、ただ私の姿に凝視してしまった。そこには、部屋の窓が高かったり、ドアが大きかった理由があった。そしてそれ以上の衝撃が。
「本当に大丈夫でしょうか?あまり動かれないほうが」
私がお願いした通り、少女が温かいタオルを両手で持ってきてくれていた。心配してくれている彼女にお礼を告げて、タオルを受け取る。
「大丈夫大丈夫。 あのさ、質問…いいかな」
いろいろと教えて欲しいことがある。受け取ったタオルで顔を拭きながら彼女に尋ねると快く了承してくれた。
「んじぁー、貴女の名前を教えて欲しいな」
「っ?! はい!私はアルゼラ王室にお仕えさせて頂いております。サラと申します。現在はテオレーネー様の身の回りのお手伝いをさせて頂いております。」
なんと!ここはアルゼラだったか。道理で言葉が通じるわけだ。それにアルゼラ王室テオレーネー王女。生前何度か聞いたことのある名前だ。
そして今の私はテオレーネー本人なんだと。窓に映る私の顔は何十年と見たキルナ・バス・サントシウダーではなかった。私は生まれ変わっている。
「貴女のこと、私は知らないのだけれど。」
賭けてみた。先ほどの私の質問へのサラの回答。私との会話にあまりにも慣れていないようだったから、今まで私達は話したことがないのではと。
「あっはい、先週からお手伝いさせて頂いています。」
なに!先週からだと!でもサラのこの反応は、私の質問に疑問をもっていなようだった。それで逆に謎が深まった。何故にサラは先週からいるのに私との会話に慣れてないんだ?昨日までとテオレーネーの中身が違うことにサラは気付いてるのかもしれない。
私の疑問にサラの方から答えてくれた。
「姫様は先週よりお倒れになられまして、ウィザー邸にお移りになりました。それと共に私が姫様の侍女に任命されました。これからよろくお願いします。」
な、ナルホド、体が重いわけだ。1週間も寝てたら、体もダルいはずだ。そんで今私はウィザー邸にいるらしい。ウィザー邸は王室が保有する保養地なのだろう。でもなんで1週間も倒れたんだろ。
「こちらこそよろしくね。 それであとさ…分かる範囲でいいんだけど、、現在アルゼラはまだ戦争してるの?今まで私さ、気にしたことなくて」
居場所は分かった。次に、そして最も重要なのが現在がいつなのか。テオレーネーがいるということは私が死んでからあまり経っていないとは思うが。
(突然すぎじゃないか私。あ、えっと…)
「突然だけど、教えて。」
「はいえっと、セイナとの衝突は以前から起きているようですが、年々収まりつつあるそうです。」
セイナ共和国とはアルゼラの西方面に位置する国で、アルゼラとの国家間で多くの問題を抱えている。そのため国交は途絶えて久しく、度々武力衝突が起きていた。しかし、それも減ってきているようで。
テオレーネーと私は同じ時代に生きる人間のはず。それなのにいわくアルゼラは最近平和になっている。
流石に私も気付いていたと思う。現在は私が死んだ後のアルゼラなのだと思い込んでいたが、違和感はずっとあった。
窓に映るテオレーネーの姿はまだ幼い、7,8歳ぐらいだと思う。そして生前、私が士官候補生のときにテオレーネー王女がお生まれになったというニュースを聞いたことがある。
そこから7,8年、つまり
(キエナまだ生きてない?)
セイナ共和国:セイナの正式名称。アルゼラ王国とは宗教の違いにより、予ねてよりいざこざが絶えず起きていた。 アルゼラ王国魔導軍が初実戦投入された相手国でもある。