不思議な人
忙しなく動き回っている足音。語らう声や指示を出す声なども聞こえてくる。この場所を懐かしく思いながら、これが夢だと何となく理解する。
会いたかった人が自分の前にいる。やっとまた会えた、と思うと
「・・・・・・・・・・・・・・だよ。」
その人が自分になにかを語りかけているようだった。聞き取ろうと前屈みになったとき、足元が失くなり体が落下する。
ビクッ、と肩が上がる。冷や汗をかいていて、動悸が少し荒れている。今のが夢であったと再び理解し、ふぅ~と息を吐く。
「カミノ〜大丈夫かー?もうお昼だよ。」
バッと声のした左を向くとテオレーネーがいた。しゃがみながらこちらをジーと見ている。
「テオ…」
「そうだよ~起こしてごめんね。そろそろルナのところに行こうと思ってさ。カミノも行けそうなら一緒に行こうよ」
テオレーネからの誘いに対してカミノは「行く」と短く答えながら、同時に脳内では状況を素早く整理し終えていた。
鎧の男が空間を裂くように現れ、自分が反応するよりも早くテオレーネに庇われたこと。そして彼女を守るために男に飛びかかるも、振り下ろされた剣の速さにまたもや反応しきれず。それでも彼女の叫びが間一髪で鎧の男の動きを止め、その剣は自分の短剣をひび割れさせるにとどまった。衝撃で吹き飛ばされながらも、今もこうして生きている。
自分のあまりの不甲斐なさに、カミノは拳を握りしめながらも、ただ肩を落とすことしかできなかった。
「なんだなんだ、カミノ。お前王女様に対してそんな呼び方してんのか」
そう明るい口調でカミノに声をかけたのは、鎧の男によって己の家を貫通されたバートン・マクニールであった。
「マクニールさん・・・はい、仲いいので」
カミノは少し誇らしげにそう返した。
「はい、そうなんです。でもカミノだけじゃなくて、ルスたちも、私のこと『テオ』って呼んでくれてますよ。みんなに『様』って付けられると、どうにも息苦しく感じちゃうから」
そうテオレーネが苦笑いを浮かべながら言うと、バートンやその場に集まってきた赫守達が笑い声をあげる。
(え、なに?)
テオレーネはなぜみんなが笑い出したのか分からず、戸惑いながら隣を見ると、カミノが気まずそうに下を向きつつ、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「動いて大丈夫そう?」
「もちろん」
「フフッ、さすがだね。」
本当は背中にズキズキとした痛みが残っていたが、"今ぐらいは"とカミノはニヤッと平気な顔をしてみせた。その返事に安心したのか、遅れてテオレーネも笑みを浮かべ、二人で小さく笑い合った。
しばらくして、テオレーネが何かを思い出したように玄関の方へ駆け出す。どうしたのかと彼女の小さな背中に問いかけると、
「タカセを迎えに行ってくる!すぐ戻るから待ってて!」
と言い残し、そのまま飛び出していった。
「待て、俺も行く。」
背中の痛みをこらえながら、カミノも彼女の後を追う。
「微笑ましいな、彼らは」
バートンは家を駆け出していくテオレーネたちの姿を見送りながら、率直にそう思った。しかし、周囲の赫守はその感想に首をかしげたり、険しい表情を浮かべたりしていた。
「バートンさんはそう思いますか」
ふたりを羨ましそうに見送っていたバートンに対し、赫守デイン・バレットは皮肉交じりに問いかけた。
デイン・バレットは地下で先ほどテオレーネーを助けにいった3人の内の1人である。その彼の声には軽い挑発の色が混ざっている。
バートンはその言葉に肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「お前にはそう思えないか?俺はああいう子どもらしいところ、羨ましく思うけどな」
「・・彼女にはあまりにも過酷な未来が待っています。誰も彼女の代わりになることは出来ないし、その未来から逃げることも出来ないと思います。けれど、彼女はあの年齢でその事実を――理解しています。
昨日も、地下でのこともありました。それなのにあの明るく振る舞う姿を見て、あの方を”羨ましい”とは到底言えませんよ」
バートンはその言葉に目を見開いた。
デインがこんなにも感情を込めて何かを語る姿を見るのは初めてだった。その一方で、周囲の赫守の様子も見回すと、彼らもまたデインと同じような思いを少なからず抱いているように見える。
(これは……俺の知らない事情がありそうだな)
バートンは内心そう悟りつつ、少し口調を改めて問いかける。
「何かあるのか?王女様には……厄介事か何かか?」
少しの間、デインは逡巡するように眉間に皺を寄せたが、やがて口を開く。
「いえ、ただ私たちとは背負っているものの重みが違いすぎるという話です」
”確かにな”とうんうんとバートンは頷いたが、実際にテオレーネが背負っているものは、彼の想像より重いものである。けれど、デインは詳細を語ることはしなかった。
そこに、ふたりの会話に赫守ジェイミー・オグレが加わった。彼もまたデイン同様、テオレーネーを助けにいった1人である。
ジェイミーはいつも通りの様子で
「じゃなきゃ、オレ達の主にはなれんてことだろうな」
デインの肩に肘を乗せてそう言った。ふたりはその姿勢で少し顔を見合わせる。
ジェイミーの真意が伝わったのか、デインはゆっくりと心を落ち着かせた。その様子を見て、ジェイミーは話題を変えるように会話を続ける。
「そういえば、さっきまで知らない老人が居たんすよ。うちらの姫を横取りしたんすけどねー」
「あー居たな…結局誰だったんだろうな」
ほう・・横取りとな…
バートンの興味もまたテオレーネーからその正体不明の老人に移った。
「佇まいというか、“存在感“…がふわふわした不思議な感じで」
「ふわ・・ふわ……か、そいつは黒ずくめだったか?」
「いえ、黒ずくめではなかったですね。ただかなり小柄な…」
その時、ふとヴェルダットがその老人の名前を呼んでいたのを思い出す。
「・・・セヲ、と統括が呼んでいたような」
「あ〜セオさんかな?」
バートンもまた、あの不思議な老人セオ・マーラーを知っていた。なぜバートンが知っているのか尋ねる。
「俺とヴェルの師匠なんだよ」
それを聞いたふたりは、あの老人がヴェルダットの師匠であったことより、バートンがこっちの人間だった事にかなりの衝撃を受けることになった。
* * *
グレシア王妃の■部屋
「テオレーネを剣の前に晒すとは。貴方も思い切ったことをしたものね」
王妃は眼鏡越しに鋭い視線を目の前の席に座るセオ・マーラーに向けていた。老人の小さな背丈が、より小さく見えるほどの威圧を王妃は放っている。
「必要なことだったと思うがのぅ」
とセオは王妃の視線を正面から受けながら、悪びれることなくそう言った。
「いつかは扱えるようにせんとならんじゃろうて。あんまり大事にしすぎるとお嬢ちゃんの為にならねぇことは王妃がいっちゃん分かってるだろうに」
「なればこそ、慎重に扱わなければならないのでしょう。まだ焦る頃合いではありません。これ以上の接触は控えるように」
分かったわかった、と言いたげな表情と仕草をしたセオは話を変える。グレシア王妃は、鎧の男の話を聞くため、セオ・マーラーをこの部屋に呼んでいた。
「騎士の小僧の話だろ、俺に聞きたいのは」
「騎士?」
「あ〜お嬢ちゃんがな、そう呼んでたんだわ」
「テオレーネーが。 そう、、騎士ね……」
テオレーネーがそう鎧の男を呼んでいたということに対して、王妃は難しい顔をして考え込む様子を現した。その様子をセオはじっと観ている。
「はん……久方ぶりに王妃の楽しそうな顔を見たわぃ」
セオの発言に虚を突かれ、グレシア王妃は一瞬言葉を失って、これまでの硬い表情がふっと緩んだ。
「・・・?! どうしたの突然」
「いやな、アーネストが倒れてもう8年ばからだろぅ。やっとこさ~気持ちに余裕が出来たかよぅ」
「・・そうね、テオレーネがこれからどのような選択をしていくのか。その先で見せてくれるモノが楽しみではあるわね…」
グレシア王妃とセオ・マーラーは古くからの友人であった。国を互いの立場から守ってきた彼らに休まる時はなく、ただ、今この瞬間だけはひとときの安らぎを得ていた。




