変わらぬ友情を
体が黒い何かに飲み込まれていく。それに触れるたび、覆われた部分からひんやりとした感覚が伝わり、これまで抑えきれなかった内側からの熱が徐々に冷まされていく。やがて、ぼんやりとしていた意識が少しずつはっきりしてきた。
ふと気づくと、近くに自分と似た熱を帯びた存在がいる。その人物も同じように、この熱に苦しめられているのではないかと思い、呼び寄せようと手を伸ばした。しかし、黒い何かがそれを阻み、思うように動けない。それならばと声を張り上げて呼びかけてみたものの、声は届かず、ただ虚空に消えていくだけだった。
くすんだ鋼の鎧が膜に覆われ、騎士の体の大部分が見えなくなったことを確認して、ヴェルダットは影の膜を展開していた手を騎士の体から離した。
「この者、なかなかの暴れ馬でのぅ」
そう言いながら、背の小さい老人の赫守がさわさわと騎士の鎧を触っていた。
「来ていたんですか、セオさん。こいつが何者か心当たりでも」
「お嬢ちゃんにひかれちまったんじゃろうて、ヴェルしっかり守れよ」
セオと呼ばれたこの老人は現役の赫守の中で最高齢、経験豊富なセオ・マーラーである。ヴェルダットの問いに答えることなく、セオは悠然と肩をすくめて立ち上がる。
その時であった。赤く閃光が騎士を中心として発生し空間を走った。まるで巨大な力が外に打ち出されたかのように。
「てめぇ、大人しくしてろ」
他の赫守たちがテオレーネを守りに動く中、騎士が膜から抜け出そうとしているのを見るや拘束を強めるため、ヴェルダットは騎士に対して腕を向ける。
騎士から発したその力は身の自由より先にヴェルダットを排除しようとした。強い閃光と共に空中に現れた3本の刃が、腕を伸ばして近づいたヴェルダットを真っ直ぐ襲う。
ヴェルダットは魔導兵装に魔力をさらに注ぎ込み、己の運動神経を最大限に活かして回避行動を取る。ほぼゼロ距離に迫った刃を、紙一重でかわした。
「ぐっ・・・!」
足が熱くなる。その原因をすぐさま知覚した。騎士が振り上げた騎士剣がヴェルダットの左足の踝からバッサリと切り落としていたのだ。
騎士は素早い動きで膜を破り、閃光を纏い立ち上がった。その姿は、ヴェルダットを見下ろしながら静かに威圧感を放っている。先ほどまでの無秩序な動きとは一変し、今は確固たる意思を宿しているかのように見えた。
周囲にいる赫守のほとんどがその光景に一瞬足を止めていた。ヴェルダットが足を斬られ地面に倒れているからか、騎士に施した影の膜が破られたからなのか。
たが、その一瞬の隙が、赫守にとって致命的な失態となる。
昨夕に見せた空間を裂くように、テオレーネーの眼前に騎士が現れる。テオレーネーはなんとか隣にいたカミノを突き飛ばすのが精一杯だった。
騎士は襲うのではなく、剣を持っていない右腕でテオレーネーを抱きかかえようとする。
腰に腕を回され、足が地面を離れた。
「あ、あなたは…」
お腹周りに鎧の凹凸が食い込み、顔を歪めたものの、微かな安心感も感じていた。
急に横から突き飛ばされてよろめいたカミノは、抱き上げられたテオレーネーを見て、短剣を手に騎士に飛びかかった。
「テオを離せ!」
「やめて!!」
騎士の剣がカミノの胴体に迫る。その速度はカミノの予測を超え、命を刈り取ろうとしていた。カミノは短剣で受けようとしていたが、それが無意味であることは誰の目にも明らかだった。
しかし、テオレーネの叫びがその刹那を変えた。騎士は剣を振り切ることなく、その一撃は短剣をひび割れさせるにとどまる。
それでも、短剣への衝撃はカミノの体に伝わり、彼を激しい勢いで吹き飛ばす。だが死なずにすんだ。
テオレーネーがカミノを目で追っていたとき、3人の赫守がそれぞれ仕掛けていた。短剣・鎖・釘をそれぞれが使い、騎士を足止めを試みる。
「ほいっっと」
「え、ちかい…」
テオレーネはくしゃっと笑みを浮かべた老人セオの顔を間近に見つめていた。
――これは…どういう状況?、と意識の外で起きた出来事について行けてなかった。
首を僅かに動かし周囲を探ろうとすると、セオ・マーラーが騎士の肩に立ったままテオレーネーの脇を掴み、軽々と持ち上げていることにすぐ気付く。セオ・マーラーはそのままの姿勢でひょいと地面へ降り立った。
3人の赫守が騎士に圧力をかけたことにより、意識をそれらに割いたその瞬間にテオレーネーを取り戻したのだ。
「お嬢ちゃん、すまねぇ。死んでも堪忍なぁ」
そう言ってセオ・マーラーは自分に突き刺してくる騎士の前にテオレーネを差し出した。
え?
テオレーネは思考を働かせるより先に剣が体に突き刺さる、かのように思われた。硬いもの同士が激しくぶつかった様な鈍い音が響くのと同時にぶつかった勢いでセオ・マーラーの胸元に倒れこむ。
この老人が自分を盾に使ったのだと遅れて理解する。
(このジジイ〜!)
テオレーネーにジワジワと怒りが湧いていたが、セオ・マーラーは気にせず彼女の頭を撫でていた。
「おしお~し、すまんかったのぅー。だが助かった」
【■■■■】
背後に滑り込んだヴェルダットが騎士の背中に黒いボルトを打ち込む。
ボルトが打ち込まれた箇所は鎧が解け、直接騎士の体に刺さっている。それは騎士の力を制限しているようで、鎧の上に纏っていた赤い閃光が収まっていく。
「タカセぃ、お嬢ちゃん隠せ」
すぐ隣に現れたタカセがテオレーネーを受け取り、セオが言ったように彼女を隠しに部屋を出る。
力を制限された騎士は、優先順位をテオレーネーの保護から身の安全に変更。力のありったけを地上への脱出に使用し、地面を突き破って消えた。
こうして正体不明の騎士は消息を絶った。
テオレーネーはタカセに連れられ、地下に入ったときと同じ場所から地上に上がると、がらがらと何かが崩れ落ちている音があたりに響いていた。
すると家の玄関からセオ・マーラーがひとり首をさすりながら出てきた。
「やれやれだぜ、まったく仲がいいのゕ・・お。お嬢ちゃんじゃねいかい。さすがの丈夫さやのぅ、さっきの反応よかったわ。あれなかったら小僧死んどったわ。 ん、またな」
ひょうひょうと話しかけてくるこの老人にひと言おうとしたものの、テオレーネが口を開く前には姿を隠していた。
(これだから赫守は!!ぜっっっぜん話が出来ない)
「タカセ!あなたは私がよしというまで私の話を聞くこと!」
「はい・・・・」
八つ当たりのようにタカセに言うも、私の言葉がほんとに届いているのか不安になる返事が返ってくる。
(いつもこぅ…)
「あ、ヴェルさん達は、、この家上がっていいの?」
「はい、シビルの家ですのでご自由にお使いできます」
マジで!と思いながら玄関を開けると、怒鳴り声が聞こえてくる。
「いつもお前たちはこうだ!後先考えずに変なものを持ち込む」
「だからすまないと言っている。すまない」
後にしゃべっているのはヴェルダットのようだ。足から血を流しているのを見たから心配していたが思ったより元気そうな声だった。その後も怒鳴り散らす声を頼りにヴェルダットを探す。
ヴェルダットと少し離れたところに怒鳴り疲れてハアハアと荒い息をついている人物が目に入った。
「ヴェルさん・・・足が…」
ヴェルダットの左足は踝から先がなく布のようなもので傷口を縛っていたが、かなりの血が足の周りに広がっていた。
「女の子?まだこんな歳の子の命削ってるのかよ。君もはやく辞めとけ、誰のためにこんなことやってんのか。ほんと意味わかんねぇよ」
「あなた!毛布持ってきて下さい!衣服でもなんでもいいです、体温を保たせる必要があります」
この人が赫守のことをどう思っているかなど興味なかった。今はただヴェルさんの血を止めなければと、彼の足首を両手で強く握っていた。
家主の方をちらっと見ようとした時、穴に気づく。床に穴が開いている。ほこりや塵が舞っていて、上を見ると天井にも穴が開いている。すると床の穴からぞろぞろと地下にいた赫守たちが這い上がってきたいた。
「大丈夫ですよ。私達にはとってこの程度の傷では問題はないのです」
「馬鹿言うな、魔力は万能じゃない」
キエナは身を持って知っている。魔力を持つ人たちが陥る血の喪失への危機感のなさは、戦時下において死に近づくことを。
(「自分の血は大切にしなさい」)
家主がゼブラ柄の毛布を持ってきた。
「ありがとうございます。ほら、ちゃんと包まって」
毛布を受け取ったヴェルダットは大人しく毛布を体に巻き付けた。
「俺がヴェルダットを治療できるところに連れていきますよ」
地下から上がってきた赫守のひとりがそう言って近づいてきた。テオレーネーをヴェルダットから少し離すと、ヴェルダットの足の断面を膜で覆う。
「えっと・・お願いします」
「シャノン・マクラウドと申します。お任せを、ではお先に失礼」
そうテオレーネに言ってシャノンはがさつな手つきでヴェルダットを背に乗せ、騒がしく家を後にした。
ヴェルダットたちの背中を見送ったこの家の主、バートン・マクニールは目の前に佇む金髪の少女を視界にいれた。その少女は両手と袖を血で染めながら、遠くを見つめて何か考え事をしているようだった。
「あ~と、君はだれなのかな?赫守ではないと思うのだが」
横から声をかけられ、見上げるようにしてバートンの方を向く。
「私は…テオレーネ・ゼ・ライヤです」
法廷推定相続人たる王子に与えられる称号ライヤ公は現在、皇太子たるレナルトである。その姓と同じ姓を名乗る少女。
バートンはその名を聞いて驚きもしたが、それより以上に納得感があった。ここまでの赫守とのやり取りを見ていて、ただの赫守ではないとは思っていた。なんならヴェルダットに娘でもできたのかと思っていた。
「なるほど・・なるほど、そういう事でしたか。すると赫守が現在仕えているのは、もしや貴女ということも」
「どうなのでしょうね…未熟な私には、まだまだ学ばなければいけないことが多くありますから」
その言葉には苦悩や後悔が含まれているように思えた。テオレーネーは重い足取りで家を貫通した穴に近づく。その穴をひと通り見た後、赫守の方へ振り返り
「私たちでせめて天井だけでも塞いでおきましょう。これでは雨が降った時に大変ですから」
と、表情をすっかり変えて明るい口調で指示を出した。
はじめは皆困惑したように顔を見合わせていたが、一人また一人と指示に従って作業し始めた。
天井に開いた穴から、昼の陽光が差し込み、テオレーネーの姿をくっきりと浮かび上がらせ、足元に影を落としていた。
カラパル地区
立ち並んだアパートのひとつから男が出てきた。男の名はアビオン・パスドール・マインウェルト。後にキエナ・バス・サントシウダーの部隊にて副長となるが、現在は少尉であり、また士官学校にて教官をしている。
久々の休日を昼食をかねて涼しい所で過ごそうと公共施設にでも行こうと思い、アパートの外へ出ると、反対の道路脇、建物の影に横たわる一人の青年が視界に映った。
「なんだ……?」
アビオンは反射的に駆け寄った。青年の顔は蒼白で、額には冷や汗が浮かび、呼吸は浅い。年齢は二十歳前後だろうか、それに身なりに不自然なところは見られない。
「おい、大丈夫か?」アビオンは肩を揺さぶったが、返事はない。放っておけないないな――そう彼は自然と結論づけた。
アビオンは青年を両腕で抱きかかえ、自分のアパートへと引き返した。




