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連鎖

 小さな車に揺られて、テオレーネたちはリンピオ地区に来ていた。目的は昨夜の襲撃者に会う為である。

 リンピオ地区は王都アムラ東南にあり、閑静な住宅街が広がっている。様々な色や大きさ、形の違う家々が立ち並んび、その間を丸い車がぬって進む。


「意外ですか」


 タカセは後ろをちらっと見た後、じっと見つめるテオレーネーにそう問いかける。


「ん・・・いや、赫守(あなた達)はいつも影にぽっと消えてしまうから、車を運転することはないと思ってたの。タカセ、貴方運転上手いのね」


 クスっと笑いながら答える。隣に座るルスが言うに、やはり赫守は滅多に車で移動することはないのだそうだ。

 けれど実際、タカセの運転は揺れが少なく、乗り心地は良かった。


くしゅんっ

 突然、鼻の奥がチクッとする感覚に襲われた。


「風引いた?」

 

「うぅ~ん、違うと思う。それよりルス、貴女も一緒に来てくれるの?」


 正直なところ、あの()()の恐ろしさを身近で感じた身としては、会ったら萎縮してしまうかもしれない。(今のわたしは無力だから…)

 だから、一緒にルスも来てくれるならありがたかった。


 いつものルスは直言であり、率直だ。しかし、今のルスは私の質問に対し、答えづらそうにしていて、微妙に俯いていた。二人して押し黙っている様子を見て、タカセがルスに変わって説明する。


「昨日の襲撃で()()がけがを負いまして。なのでルスは途中で降り、彼が療養している他のシビルの家に向かいます」


 ルナとはルスの弟であり、テオレーネと同い年の赫守だ。テオレーネがルナ()に出会ったのはウィザー邸で目覚めてから三週間後であった。(カミノとルスも同時期である)



 紹介したい者たちがおりまして、とヴェルさんに言われて会ったのだった。


 ルナを初めて見た瞬間、胸がざわついたのを憶えている。目の前にいるのは、まるで鏡の中の自分を見ているかのような感覚だった。年齢も、身長も、体格さえも、まるでテオレーネーがもう一人いるかのようにそっくりだった。違う所といえば、おっとりとしたその性格と姉のルナと同じ青い瞳だろう。(性別もでした)


 金の髪が光を受けて揺らめくたび、心の奥底で何かが軋んだ。彼の笑顔は穏やかで無垢だが、私にはそれが仮面のように見えた。そして、その瞬間、思ったのだ。


「あぁ、この子がわたしの身代わりなんだ」、その言葉は、自分でも驚くほど自然に浮かび上がってきた。

 けれど、その時、私は密かに誓った。彼に定められた役目が「私の身代わり」であろうとも、私が背負うべき運命は、私自身が背負うのだと。


 

 ルナが怪我を負ったと聞いて、テオレーネーは黙っていられなかった。

「許さない」

テオレーネーの声には怒りと悔しみが滲み出ていた。その拳は、いつものテオレーネからは想像もできないほど強く握りしめられている。

 タカセは彼女の激しい感情を感じ取り、静かに息を呑んだ。対照的に隣に座るルスはテオレーネの様子を隣で見ていて、どこか嬉しそうにしていた。


「ルス、ルナに伝えといて。私も後で行くからって」


 そう言って、ふんす、と聞こえるような態度でテオレーネはシートに座りなおした。



(テオレーネー様にとってルナは()()ですか)

 タカセはテオレーネーの様子からそう思った。



 それからしばらくして、タカセが車を停めた。


「テオ、またあとでね。 タカセさん、送ってくれて感謝です!」


 そう言ってルスはひとり車を降りた。タカセが車を発進させてから、テオレーネーはリアガラス越しにルスを見ると、ちょうど先ほど車を停めたところの前に立つ橙色の家の門扉を開けて、敷地に入っていくところだった。


「ルナは重症なの?」


 車内でふたりきりになってしばらくして、ぼそっとタカセに尋ねる。


「打ち身になっただけです。大丈夫ですよ」

とタカセは言ったが、それでもテオレーネは過剰なほど心配していた。


 坂を上り始め、その坂が緩やかになり始めた頃、タカセは再び車を駐めた。車を降りると、目の前には少々古びているアパートだった。


―――こちらです。 とタカセはアパートの裏手に回る。テオレーネもその後について行くと、背の高い木に囲まれた家が一軒建っていた。

 そのまま玄関から上がるのかと思っていたが、タカセは手招きして庭の端に立たせる。家の壁にそっと手をついて立っていると、タカセが「お気を付けください、落ちます」と耳元でささやいた。


(え、まさか…)

「うわっ・・・―――!?」

 ズズィと体が地面にゆっくりと吸い込まれていく。地面が溶け、流動している黒い影の膜がテオレーネーを飲み込んでいくと、気づいたら硬い地面におしりを着いていた。


 電灯が等間隔に並べられていて、この先を示している。

 

「ねね!今のってあれだよね。()()()()()と同じだよね」

テオレーネーは興奮気味に遅れて上から降りてきたタカセに言う。


 昨日のやつ、とはテオレーネーが昨日宮殿の外に出ようとした時。テオレーネの目の前にそびえ立つ白亜の壁の向こうへ王室近衛兵に見つからないようにしようとした時のことである。




(さて、どうしますかね)

 テオレーネは壁の超える方法を考えていると、しれっと静かに横にタカセが立っていた。 


「え、話しかけて。怖いよ」


 話しかけるわけでもなく、不審人物のようにいるタカセを見上げながらテオレーネから話しかける。


「・・・出かけますか」


 タカセがやっと口を開いたかと思ったら、こちらに目を合わせることなく壁の方を見ながらであった。正確には壁ではなくその先を見つめているようだった。


「うん、出かけようと思うけど・・・、なにかあるの?」


「いえ・・・テオレーネ様、ここに手をついて下さい」

 なにか思うところがある顔をしていたが、結局なにも言わず、タカセは無言で壁に近づく。急にどうした、と言いたくなったけれどテオレーネは大人しく従った。壁に両手をつけると、少ししてズズィと手が壁にのめり込み始めた。


―――なにこれ⁈ とタカセの方を見るとテオレーネと同様に彼の手も壁にのめり込み始めていた。


 そして気づくとテオレーネは宮殿の壁の外に立っている。壁をすり抜けたところを誰かに見られたのではないかと思い、周りを見渡したが誰もいないようであった。


 ふぅ、と一安心しているとタカセは既に姿を隠していた。


「街を・・散策でもしましょうか」


 そうしてテオレーネは、王都の散策を一人始めた。




 という感じであった。今にして思えば、タカセは襲撃が近くあることを知っていたのかもしれない。いつもより無口であったし、目も合わせてくれなかった。


「はい、似たようなものです」

タカセはテオレーネの脇の下に腕を入れ、そのまま立たせながら答えた。


 学生時代(キエナの)には魔導具を使った仕掛けだらけの扉など作っていたこともあったけれど、壁や地面を通過するこの仕掛けがどのように施されているのか、テオレーネにはまったく理解できなかった。けれどそれを直接聞くことも憚られた。


 電灯に照らされ、自分の影が土の地面に落ちている。先へ進むと、いくつかの木製の扉が現れた。そのひとつが内側に開くと部屋からヴェルダットが出てきた。一か月ぶりの再会だった。


「ヴェルさん、久しぶり!」


 手を振って挨拶するテオレーネを見て驚いた様子を一瞬だけ見せたが、タカセが後ろにいることを確認してすぐに表情を取り繕う。そしてヴェルダットの方から歩み寄ってきた。


「お久しぶりです、どうぞこちらへ」

ヴェルダットはテオレーネーがこの場所に着た理由を察して、何も聞かずに案内する。


 ヴェルダットが開けた扉は先ほど彼が出てきた扉ではなく、その隣のものだった。違う部屋に案内されたのかな、と思ったけれど違かった。そこは縦長の部屋になっていて、最奥に目的の人物がいた。


「今起きてる? 話したいことあるんだけど…」


「起きて()います。しかしながら会話ができるかどうか……、極めて反応が弱いため、あまり期待はできないかと」


「・・・そう」


 騎士はいまだ全身を鎧で包んでいたけれど、固く鎖のようなもので膝をついた格好で動きを封じられていた。そのせいなのか分からないけれど、テオレーネの足は自然と前に踏み出す。

 これまで微動だにしなかった騎士であったが、テオレーネが近づいていくことに気付いたのか兜越しにこちらを見た。


――あれ? また兜かぶってる、と微かな昨夕の記憶の中から最後に見た騎士の素顔を思い出して、不思議に思いながら、下から掬うにして兜を脱がせようとした。


 テオレーネが近づくのを待っていたのか、手が兜を触れようとしたそのとき。騎士が右腕を拘束していた鎖を引きちぎろうとする。鎖も一度はその役目を果たし、騎士の動きを制限したものの、鎧の表面がバチバチと爆ぜたかのように見えると、次の瞬間には鎖を引き千切っていた。


(わぁ!!)

 迫る騎士の腕より早く、テオレーネの体が後ろに飛ぶも地面に激突する前にカミノが助けてくれた。

(あ、カミノだ…)

 カミノに上半身を支えられた姿勢のまま、顔をあげるとテオレーネを後ろに飛ばしたであろうヴェルダットやタカセ、他にもこの場に居た赫守たちが騎士を包囲していた。


「こいつぁもう無理だな、意識が戻ってきてねぇ」


 騎士を縛る最後の鎖が引き千切られる前に、テオレーネーの前では決して使わないであろう砕けた口調でぼやきつつヴェルダットが動く。瞬時に距離を詰めると、力むことなく流れるような動作で騎士の胸を押し、地面に倒した。するとヴェルダットの裾から出た、先と同じ黒い影の膜が騎士の体を地面に縫い付けているようだった。


「ヴォア“ア“ア“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“ァ“」


 騎士はつぶれた声を出しもがくも、それを嘲笑うように胴体からズズズッと地面に飲まれていく。ヴェルダットの周りではタカセ達がさらに膜を出していた。


「すごいね、あんな使い方もあるんだ。出来る?」

「まさか、そんなの簡単にできるわけないだろ。俺だって初めて見たんだ。」


 テオレーネはヴェルダットたちの手際の良さに感心しながら、支えてくれているカミノに話しかけると、カミノは悔しそうに答えた。


「じゃあ、私が先に出来るようになるよ」


「なんでそうなるのさ、それよりもテーネにはやることが…」


「・・・私がやること?何のはな…」


 カミノが言い淀んだ、その時、赤く閃光が空間を走った。


「ヴェルさん・・・?」

 

 はっと騎士の方を見ると再びあの素顔を見せた騎士が立て上がり、その横には足から血を流ししゃがみ込むヴェルダット、とつい先ほどまでとはまるで逆の光景があった。


出発前 宮殿内にて


――ヤバいヤバい、と駆け足でテオレーネーは自分の部屋に向かっていた。


 想定よりも長く朝食の時間をとってしまったためであった。タカセを待たせているというのに、のんびりしていた。


「フワァ!?」

「あ、ごめん!」

 その勢いのまま自室の扉を開けると、ソファーでカップ片手にゆっくりしていたサラを驚かせてしまった。


「朝食はもう済まされたのですか?」

「うん、バゲットサンドだった」


 はい。とテオレーネーの満足そうな顔を見てサラは嬉しそうにした。


「・・・サラ、知ってたでしょ」

「先に知らないほうが、うれしいじゃないですか」

「まぁそうだけどね…、あ、もう首痛くない?」

 テオレーネは昨日サラが痛めた首を気にしていた。


「はい、ウィリーさんによく効く湿布を貰いまして、もうすっかり痛みが引きました」


 そう言ってサラは問題ないと首を動かしてアピールした。


「よかった、そうだ、サラも一度家族に会ってきたら?私はしばらくここで遊んでるからさ」


「・・そうですね。テオ様、1日休暇をいただけますか」


「もちろん。貴女にとって素敵な1日になりますように」


 サラを見送ったあと、タカセに謝った。

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