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流れ

作者: みみずく

平凡な主婦の記憶

ある妖怪が出てくる映画を見たあとに、脳裏に蓋した記憶が開けて出てきた。

ひとりで船に乗ったそれは川を下りだした。

遡ること23年前。2000年初夏。

その夜は父が飲み会で遅くなるので弟と共に寝室で横になっていた。

普段は父と私と弟の3人で2階の和室を寝室として使っていた。母は父のいびきがうるさいと隣にある私の部屋で寝ていた。

寝静まっていた私の布団に誰かいる。

全裸の父が入っていた。脚の付け根にある風呂場では見慣れた陰茎を見て状況を把握した。

なんだなんだと驚いて声を上げる。

「とうちゃんっ何しよんっ」

「ううん……麗華……かわいいな……」

可愛い可愛いと呟いている父親の唇が私の首筋を吸い上げる。

あっ。

これ漫画で読んだやつだ。

ちょうどその頃、愛読していた少女漫画雑誌には子供には刺激の強い男女の行為が描かれていて、それを読んだばかりだった。

子供ながらショッキングであったと同時に「なんで男の人はああいうことが好きなんだろう」と不思議に思っていた。

そして目の前の父がしている行為を嫌だとか思う前に「なんでだろう?」という疑問が沢山浮かんできた。

「あんた!何してんの!」

母の叫び声が聞こえてくる。

「やめなさい!そんなこと!やっぱりあんたは……」

廊下の明かりに照らされた母の顔は逆光でよく見えないが、声を震わせ怒っていた。

ツノでも生えているのではないだろうか。

「はいはい」

渋々、父は私の寝床から出ていった。

謝罪の言葉は無い。

母も私を気遣うわけでもなく1階に降りて行く。

残された私は呆然と天井を見ていた。

当時9歳の私は同級生と比べても背が高く、既に生理が始まっていて、胸もかなり膨らんでいた。

性に関して疎い割には興味は強い子供だったが、いざ事が自分自身に起こると流石に驚いた。

『大人になるとああいうことをするのか。』

そう思い心臓の音が耳から離れないまま、瞼を閉じた。

朝起きても父からの謝罪の言葉は無く、普段通りだった。

11年後、成人した私は未だに一人暮らしもせず実家に住んでいた。

田舎なので給料の少ない仕事しか出来ず、仕方なく暮らしていた。

もともと良好な関係と言えなかった母とは、毎日喧嘩をするほど険悪な仲となっていた。


とある夜に酒に酔った母が叫びながら「お父さんのセックスはな、首を絞めるんだよ!異常なんだよ!」と言ってくる。

私はだからどしたと挑発して

「へえ、じゃあ私もそうかな、好きだもん、そんなセックス」

と言ってやると母は狼狽えた。

「やっぱりあんたもか……」

そう呟いてから喚き出した。

何がそんなに気に入らないのか検討がつかずこちらも叫んでみせる。

「そんなにセックスしたいならホテルでもどこでも行ってやれよ。満足なセックスしてないんだろ」

「そんなんじゃないっ」

髪を振り乱し、母は叫ぶ。

もう明日の仕事に響くと私は寝室に走った。

両親の性事情なんか知るわけないし知りたくもない。

何故母が荒れ狂うのか。考えても答えにたどり着かなかった。

これが日常であった。


23年後の現在、結婚して子供を産んだ私は平穏な暮らしをしている。

母も孫なぞいらないと言っていたが、いざ産まれると子供服を大量に買ったりと楽しそうにしている。

私に義理の両親が出来たからか、昔のように暴力を振るうことは無い。


秋の終わり頃の夜、夫が弟の名前の漢字を聞いてきた。

「麗華ちゃん、キミトくんの漢字教えてって親父が言ってるんだけど」

「君に人でキミトよ、どしたん?」

「いやなんかな、親父が急に家系図作り出したんよ」

「面白そうやなあ、私も見たいなあ」

後日、簡易に纏めた家系図を見せてもらった。

夫と繋がる私の名前と弟の君人と名前と苗字。

私の両親の名前は無かった。


あんな人たちの名前など入れなくて良しとその場では思った。


12月に入り寒さに身を震わせながら、ふと母と口論していた時期の事を思い返した。

いつも通り母が叫ぶ。

「お父さんの家は……親も……兄弟も……裸で寝るような……そんな家と知ってたら……」

途切れ途切れに支離滅裂な事を言ってるなとその時は思ったが、今思うと何かがあると気づく。

幼い頃の父との件に、父が異常な性行為を母に強要していたということ。

もう少しで頭の中で流れがまとまりそうだった。

途切れ途切れの川を繋いで、大きな川を作り上げるように。


もしかすると、父方の家は近親相姦を好んで行い続けた家系では無いか。

山奥から辺鄙な平野に降りてきた一家。

父が育ったと聞いたボロ屋は11人の人間が住めるとは到底思えないほど小さかった。

あの家でも恐らく9歳の私が父にされたこと以上の事が起きてたのではないか。

それも悪意無く。

私も不思議なことに、父の行為に対してさほど嫌悪感は持っていなかった。

酔った人の悪意なき行動だからと許している訳でもなく、ただ何も思わないだけだ。


私自身、性欲は人並み以上にあるが、異性とのセックスは快感よりも終わったあとの嫌悪感に悩まされる。

相手の性器が肌に触れる感触、吐息などが気持ち悪い。

夫には極力触らないように頼んでいる。


恐らく母は詳細を知ってしまったのだろう。

それを誰に打ち明けられる訳でもなく胸に潜めて、時折酒を飲んだ時にそれが爆発して口から出たのだろう。


流石に母が気の毒に思えた。

私は父方の血が流れているからか、あの家が親子や兄弟で性行為を繰り返したと知ってもなるほどなあと思うだけだが、母は血が繋がっていないのだから拒否する気持ちが強いだろう。


何年も自分だけ外から夫と娘を見ている気分だったのではないか。

夫が自分ではなく実の娘に欲情している。

それを為す術なく受け入れる娘。

実際、あの夜から母はそれまでとは違う怒り方をし始めた。

泣きながら「あんただってあんなの嫌でしょっ。裸で抱きつかれるなんてっ」と叫んで私に同意を求めて、父を罵倒していた。


大人になった私と共に父にも怒鳴り暴力を振るってきた母。

「あんた達は同じなんだよっ気持ちが悪いっ」

正座をさせられ罵倒を受けている時に投げつけられた言葉。同じとは。

「私が死ねば、お前らは嬉しいだろ」

酒を飲めば自分は要らないんだろと叫ぶ母。

叫び回る人間は確かにいらないが、それでないなら妻であり母である人間は我が家には必要だと必死で諭した。

親子であることに変わりは無いのだから。

しかし、母の目にはそこには男女の契りを交わした人間が居るようにしか写っていなかったのかもしれない。

その状況で親としての妻としての役目を果たせと言うのは酷な話だ。

ため息をついて風呂を沸かすために立ち上がった。


数日後、まとまった流れを再び確かめるために、父が育ったボロ屋に行くことにした。

ボロ屋から少し離れたところに40年前に立てられた祖母の家がある。その祖母も施設に入居している。もう10年程会っていない。


踏切から続く細い道を進んで行くとボロ屋は確かにあった、竹やぶが覆い被さり苔に覆われていた。誰か他の人が使っているのか、農具などが乱雑に置かれている。

鬱蒼とした空間。陽が当たらない湿気た場所。

敷地の隣にはコンクリート立ての廃屋のガレージに廃車が置いてある。


辺りを見渡し、祖父の墓を探した。

20年ほど前に墓参りに来たっきり1度も来てないので、何処にあるか思い出せない。

ボロ屋の裏にあるのかもしれないが、人の手に渡っていたら迂闊に入れないと早々に諦めた。

こんな姿を近所の人に見られ、実家に連絡されたり警察に通報されては困る。


20年前、錯乱し精神病院に入れられた母の代わりに、私たちの面倒を見るため実家に来ていた祖母が「墓参りもした事がないのか」と連れてきた。

その時、確かに12歳の私は祖父の墓を見たはずだ。

そこにもしかしたら母がに打ち明けられずにいる事が記されているかもしれない。


もちろんそれは母の妄想かもしれない。

この記憶だって、私の作り話の様なものかもしれないし。


ぼんやりとボロ屋を観察していると『帰った方が良い』という暗示が頭に浮かんだ。


今日はもう帰ろう。

家に帰って、夕ご飯を作って食べよう。

家族が待っている。

手がかりはいつか見つかる。それは両親が死んだ時かもしれない。


そう思いながら山から吹く風を全身に受け、足を進めた。ひび割れたコンクリートに生えた苔に躓きそうになる。

いつか知る時が来るだろう自分の先祖が何をしてきたか。

今はその時じゃないということだ。


その日が来るまで、記憶には海に着く前に岸に着いてもらおう。

ひと休み。

生きてる限り、必ずそこに辿り着く。


車に乗りこみゆっくりとアクセルを踏んだ。

自分がどこから来たのかを振り返る。

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