裏:出会い_1
俺、佐野明人の最後にある記憶は
グラグラと揺れる足元に倒れ掛かってくる大型ラック
『ああ、やっぱ、アレ、地震対策必要じゃん』
別にブラックでもないけど、ホワイトでもない
だが、何かとケチ臭い会社が放置した、
書類が満載のラックが襲い掛かってくるのに思ったのは
そんなことだった気がする
死の間際、後悔とか、心残りとか、そんなんじゃないところが
大事な所ほどいつもなぜかしくじる、
そんな間抜けな自分らしい最期の記憶
これで最期か、と思う間もなくブラックアウトした視界
だが、次に朧気な意識を得た時、何かがとても違った
空気感とでもいえばいいのか、
アトラクションであるような平衡感覚を狂わせる部屋に入ったような
加重力を変に加えられ、体の重さの感覚が狂わされたような
とにかく、何かが変だった
目を開けようとしても、腕を動かそうとしてもどうにもならない
そんな状況に発狂しそうになったとき
暖かなモノが頭らへんにかけられ、すると、ふわっと体が軽くなる
思わず、うめくと誰かが、飲んで、と何かを唇に寄せてきた
抵抗する気も起きず、それを飲み込むと
徐々に体の感覚が戻り、目をわずかに開ける
だが、視界がぼやけて助けてくれた相手ははっきり見えない
声から女性だとは分かったし
目がおかしくなってなければ、周りが薄暗いのも何となく分かった
女性がスーツのジャケットを脱がし、シャツを緩めてくれると
呼吸が一気に楽になる
ありがとう、と言いたいのに、喉が詰まったように声はでない
結果、うめくような声が出た
しゃべらないで、と鋭く言われ、口を閉じた
彼女が必死に自分を助けようとしてくれていることは
何となく、わかった
だから、抵抗は一切せず、されるがままでいた
女性は少しふらつきながら、俺を支え、立たせる
その時、ようやく彼女がとても小さい事に気づいた
俺の身長は182センチで男としてもやや大きい方だが
彼女は俺の胸元にも満たない
そんな彼女に支えられ歩いてることに驚く
でも、彼女はふらつきながらも
ほとんど力が入らない俺を支えてしっかり歩いている
訳が分からないまま、でも、
彼女が何度も何度も願うように、祈るように
絶対にしゃべらないで、と繰り返し言い続けるので
混乱を必死に飲み込んで、なるべく彼女の負担にならないように
彼女の向かう方へ重心を動かしながら、黙々と歩いた。