見るまで
三題噺もどき―にひゃくろくじゅうはち。
内から外にドアを開くと、一気に蒸し暑さが押し寄せてきた。
車内は冷房をかけていたから、運転しているうちに忘れていたが、今日は夏日並みの暑さになっているらしい。
まだ5月ですけど…?
今年は、春らしい春は来なかったなぁ。
「……」
しかし、外は暑いとはいえ店内は案外涼しかったりするから、服装の調節が難しいんだよなぁ。暑いのは苦手だが、寒いのはもっと苦手だ。
だから、半袖の黒シャツを着てきたから、一応と思い薄手のカーディガンを持っては来たが…持っていくだけ持っていくか。
寒いと集中できなくなるからなぁ。
「……」
斜め掛けの鞄を肩にかける。最近買ったお気に入りの黒い鞄だ。
助手席に置いておいたカーディガンを手に取り、袖は通さず、適当に引っ掛ける。
車から降り、鍵をポケットに突っ込む。モノを失くしやすいので鍵には、大きなキーホルダーをつけている。これも可愛くてなかなかにお気に入り。
ドアを閉じ、車のロックをかけ、かかったことを確認。
「……」
あっついな…。
屋上駐車場ということもあり、日がものすごく痛い。
さっさと店内に入ろう。
「……」
すぐ目の前にあった自動ドアをくぐり、涼しいはずの店内へと入る。
まぁ、入り口近くというのもあるせいか、生き返るほどの涼しさはない。
が、直接日に当たる外よりはマシだ。
「……」
この入り口には、エスカレーターはない。
エレベーターのみなので、下のボタンを押し、少し待機。
到着の音と共に、扉が開きから人が下りてくる。
休日のせいか、やけに子連れが多いなぁ。
「……」
全ての人が下りたのを確認し、乗り込む。
用があるのは、1つ下の階。
「……」
なので、すぐにつく。
到着の音が響き、扉が開く。
一気にざわざわという声が耳に飛び込む、一瞬にして帰りたいと言う気持ちに襲われた。
今回はそういうわけにも行かないので、帰らないが。
ずっと心待ちにしていた映画を、ようやく見に来られたのだから、帰るわけがない。
あーホントは、平日に来たいところではあるのだが…どうも色々と折り合いがつかないのがよくない所だ。
「……」
携帯を開き、時間を確認する。
ん…まだ少し入場案内までは時間がありそうだ…あそこのモニターにも出ていないし。
手洗いだけでも済ませておこう。
「……」
溢れんばかりの人混みをすり抜けながら、一番奥にある手洗い場に向かう。
その近くに、ポップコーンや飲み物を売っているところがあるのだが。
今日は人も多い上に、ポップコーンの需要が高いのか、ものすごく匂いが充満している。
人酔いの上に、匂いにも酔いそうで、吐き気がしてきた。
……うぇ。
「……」
大型店舗の中にある小さめの映画館とは言え、この辺ではここしか映画館というものがないから、人が集中するのだろう。
今の時期は全国的に人気なアニメの映画もしていたりするから、子連れも多いしカップルも多いし、仲間連れも多い…。
ま、1人の仲間も…いないな。
「……」
気まずくはないが、不愉快だよなぁ。
何せ、被害妄想が酷い質なので、これだけ人が居ると、何もかもが気になって仕方ない。
視線がこっちを向いている気がするし、声があざ笑っているように聞こえる。
そんなことはないと言っても、そう思ってしまうからしょうがない。
「……」
タイミングがいいことに、手洗い場は混んではいなかった。
そして、幸いにも一番奥の個室が開いていたので、ほぼ駆け込むようにして入る。
気持ちと、体調を落ち着けるために。
携帯を開き、デジタルのチケットを表示させておく。
こういう時、あの行列に並ばなくて済むのは、いいことだよなぁ。
エレベーターを降りてすぐのところにある、数台並ぶチケット販売機には、全てに行列が出来上がっていた。
もう、恐ろしいよな。
「……」
時間を再度確認。
もうそろそろだろうか。
少し落ち着いたところで、丁度アナウンスが聞こえた。
「……」
よし、行くか。
軽く服装の確認をし、他人に自分の意識が行く前に、入場口へと向かう。
目的の映画は、こういう田舎ではあまり見る人がいないので、入場口に行列は出来ない。
「こちらにバーコードを…」
「……」
「―番シアターになります、こちら入場特典です」
「ありがとうございます」
手渡された冊子を持ち、軽く会釈と感謝を伝え、シアターに向かう。
人が居ない通路ってホントに幸せだよなぁ。
息がしやすい。
「……」
一番奥の、小さなシアター。
まだ入場が始まったばかりのせいか、中に人は居ない。
とは言え、満席とは程遠いだろう。
むしろ、自分以外人が来なさそうな感じもしている。
それはそれでいいが、なんだか申し訳ない気持ちにはなる。
「……」
さて、あとは始まるのを待つだけだ。
他に人が来ようが来まいが、あとはスクリーンに集中するのみ。
真っ暗な箱の中で繰り広げられる、非現実に。
現実を忘れさせてもらうとしよう。
お題:ポップコーン・映画・満席