あなたと奏でるプレリュード
以前に書いた『あなたに捧げるレクイエム 』がベースになってます。皆さまの感想を読んで書いたものですが投稿もしないまま放置されてました。あの後のことがほんの少し垣間見える仕様なのであの話しはアレで完結が良い!と思う方はお戻り下さいませ。よろしくお願い致します。
また?
そう思ったのはどうしてだろう。
こんなこと前にも経験した事があると感じたのはどうしてだろう。
ひらひらと揺れるドレス。
ゆらゆらと流れる髪の毛。
射し込む光。
前の時より水は冷たくないし、まわりもぼやけて見えている。
それでも体が重くて上には行けそうもない。
あの時は誰にもつかんでもらえなかった右手を上げてみた。
悲しみも、苦しみも、憎しみも、喜びも、希望も、愛もない。
そう思ってしまったのはどうしてだろう。
どうして?
また?
わからない思考が入り乱れ、混乱する。
わからない。
わからないの。
走馬灯の様に知らない人達が、風景が、通り過ぎて行く。
紫の花を持ったわたくしが振り返る。
迫ってくる綺麗な男の人。
「違うのに」
思った瞬間、後ろに押された衝撃。
その青の瞳が冷たくて、心が凍えた。
手を伸ばしても届かない。
1番に感じたのは悲壮。
わたくしは嫌われる程の何をしたの?
そして絶望。
それは見知らぬ人達が織りなす悲劇の場面。
なのに、胸が痛くて、痛くて、壊れてしまいそうになる。
どうして?
日差しが遮られて黒い影が差す。
上げた右手が掴まれ力強く引き揚げられた。
そのまま光の方へと引き寄せられ、水の膜を突き抜ける。
大きく息を吸うと、吸い込んでしまった水が肺に入り込んでゲホゲホと激しく咳が止まらない。
息をしているのに余計に息苦しくなる。
息苦しさと、体のだるさと、よくわからない記憶と激しく渦巻く感情とで涙が溢れた。
「大丈夫、大丈夫だ。」
低い優しい音色の声だった。
見上げれば心配そうに覗き込む青い瞳。
息が詰まった。
初めてであって、初めてではない、青。
わたくしが魅了された青の瞳がそこにあった。
恋して、愛して、捨てられた最愛の人。
わたくしを突き落として冷たく見送った青い瞳
それが今、わたくしを助けて、優しい眼差しを向けている。
どうして、どうして、どうしてなの?
混乱していて自分の口から声が出ているのにも気付かない。
「ーーーーーーどうして、ですの?、、、か?」
わたしの記憶ではない、誰かの記憶。
断片的に現れては消えて行く。
頭がガンガンと鳴り始めてまわりも良くわからなくなって。
目の前が真っ暗になった。
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今日は7歳から社交界にデビューをする前の子どもだけが集められて小さな紳士、淑女のお茶会が開かれていた。
わたしも招待されていて会場は恒例の大公邸だった。
お屋敷の庭園がとても素敵なのだと話を聞いていたからとても楽しみにしていたのだ。
大公閣下のお子様も出席されていて、誰もが楽しめる趣向が色々と施されている。
女の子に人気なのは薔薇の庭園。
もう嫁がれてしまったけれど、閣下の妹君が愛でた庭園なのだと言う。
色とりどりの美しい薔薇たち。
皆がため息をつきながら奥へ奥へと進んで行く。
そこを抜けると奥には小さな池があった。
すでに元気の余った男の子達が池のほとりに集まっていて、女の子達もそこに歩みよるのだけれどわたしは一緒に行けなかった。
怖い。
そう、感じてしまったから。
どうしてそう感じたのかわからなかったけど足がすくんで動かない。
それに気がついた私より少し小さな栗毛の男の子が近づいて来て、無理矢理ほとりまで引っ張って行かれた。
「怖がってるフリしたって可愛くないし。そんなのやめて水の中を覗いてみなよ。」
本人は親切のつもりなのだろうがフリではない。
本当に怖くて、怖くて、ほとりに着く頃には体の震えが止まらなくなっていた。
これ以上先には行きたくない。
掴まれた腕を振り払って庭園の方に逃げようとしたのだけれど、掴まれて引っ張られた。
「ほら、もうちょっと。ここから下を見て。」
そう言って力強く池の方に押し出されて、わたしは落ちた。
目が覚めたら知らない部屋のベットの中だった。
ぼんやりとした意識の中で青い瞳を思う。
また、落とされた。
そう思うのはわたしであってわたしじゃない誰か。
水面越しに見えた煌めく髪。
そして青の瞳が彼女の心を押しつぶす。
彼の方に望まれないならばなくなってしまった方が良い。
そう思ってしまった、か弱い心。
夢の中の彼女は青い瞳の王子様に恋して、愛して、捨てられた。
水の中の記憶も彼女のもので、愛する男に突き落とされた絶望と諦めを強く感じた。
身体的、精神的に二重の衝撃を受けて疲労感も強い。
この熱だってきっとそれのせいだ。
押し寄せた記憶を上手く処理出来ずに、頭が大混乱中なのだ。
熱い息を吐いて、自分の手を眺める。
夢の中の私の手はもう少し大きくて、スラリとした美しい指を持っていた。
けれど、その美しい手は宙を掻いて沈んでしまうのだ。
実際の自分の手を見て夢との違いに少しだけがっかりする。
彼女は18歳位だったろうか。私はまだ14歳。
あと4年もしたら、彼女のようになるのだろうか。
ひとつの愛をなくしただけでん死を選んでしまう。
彼女の想いで胸が痛むのだけれど、恋も愛も彼女の追体験でしか知らない私には到底理解できない感情だ。
馬っ鹿みたい。
それが率直な感想。
あの人をとても好きだったことは理解した。とても大切で、ずっと一緒にいることを願った最愛の人だともわかった。
でもその人に捨てられて、生きる事を諦めてしまうのは理解し難い。
愛してくれた両親がいただろう、優しい兄妹もいたかもしれない。他にもお友達とか、悲しむ人が沢山いたはずなのに。
最愛が得られないからと全てに背を向けしまった彼女は本当に馬鹿だと思う。
今の私は一方通行の愛がある事を知っている。けれどその愛が届かないからと言って死んでしまいたいとは思わない。
悲しい事や辛い事があったとしてもそれと同じくらいに喜びがある事を知っているから。
だから私は絶対に捨てたりなんてしない。
吐く息は熱くて、少しだけ息が上がる。
彼女の最後は、今の私みたいだった。
熱にうなされてベッドの中で寂しくいった。
のどはカラカラで、でももう何も受け入れたくなくて。
薬も水も食べ物も親愛も友愛も。
全てを拒絶して、どこにもない愛を求めて消えてしまった。
彼女の苦しみと私の苦しさが重なる。
のどがカラカラで、手を伸ばしても誰もいなくて、何か飲みたくて、でも自分の思うように体が動かなくて。
彼女がしなかった助けを求めて手を伸ばしてみる。
誰かわたしを助けて。
その伸ばした震える手を大きな手が包み込んだ。
驚いて視線を向けるとそこには青い瞳があった。
「ああ、目を覚ましたのか。良かった。何か欲しいものはある?それよりも医者を呼ぼう。」
彼女が見た冷たい青ではなかった。
わたしを助けてくれた憂いを帯びた青。
心配そうな声は励ましてくれたあの人だった。
「あ、」
もう、何がなんだか。
気持ちはぐちゃぐちゃで。
彼じゃなかったという、悲しみ。
私はどうしてしまったのかという混乱。
助けてはもらえなかったという絶望。
助けてもらえたという安堵。
堰を切ったように涙が流れる。
礼を言いたかったのに激しく咳き込んでしまって失敗した。
喉の奥までカラカラで咳も止まらなくて、苦しくてたまらない。
「体を起こすよ。大丈夫、直ぐに良くなるから。」
そう言うとベッドヘッドに枕を何個も重ね、わたしに力を貸してくれる。
少し離れたテーブルの上に置いてあった水差しの水をグラスに移し、手渡してくれて。
ゆっくりと口をつけるとそれは冷たくて、干上がった喉が潤っていく。
仰ぎ見る青い瞳はやっぱり優しくて。
涙を拭ってくれる手も優しくて。
夢の中の彼とは全然違う。
「あの、ありがとう、ございました。お水も、助けて頂いたのも。」
彼は困った顔をして水を継ぎ足す。
「ーーーなんと言って良いのか。こちらが謝らなければならないのではないかな、犯人は私の甥だから。苦しい思いをさせて申し訳なかった。もう少し落ち着いたら本人からも謝罪させる。」
「そう、なのですか。それでも、私を助けて下さったのは、あなただもの。本当にありがとうございました。」
伸ばした手を今度は掴んでくれた、優しい人。
先程まであった悲しみも苦しみも辛さも、いつの間にかなくなっていた。
心が暖かくなって気持ちは落ち着いてきたのだけど、よくわからない混乱で体は疲れきっていた。
途中から意識がトロンと溶けてしまいベッドに横になった時には半分意識が飛んでいた。
けれど、ひとつだけ知りたい事があって。
側にあった彼の袖口を掴んだ。
「御名前を、教えてもらえませんか?」
ぼんやりした意識の下で答えてくれた名前は、
「 」
王弟で、騎士団長で、ローズクライヴ公爵の御名前と同じだとぼんやり思った。
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どうしてあの方が私の寝ている部屋にいたのかはわからない。
私が心配だったから?
それでも家族でもないあの人が私の枕元にいるのは外聞が悪すぎる。
私はまだデビュー前で子どもの範疇なのかもしれないけれど、あの方は大人で年も随分と離れていて、まだ独身のはずだ。
そんな事でも色々と言われるのは結局は女の私なのだ。
だから夢の延長だったと思う事にして会ったことは誰にも話さなかった。
身の保身のため、それだけ。
それからもうひとつ。
大きな問題ではないけれど細かい事で戸惑う事が増えた。
そしてどうやら動作が優雅になったらしい。
苦手だったダンスのステップも軽やかだと褒めらるし礼儀作法も完璧に理解できていた。
全て彼女の記憶のおかげ。
彼女と私は混じり合ってはいないと思っていたのでだけれど、無意識な所で私を侵食しているらしい。
楽しかった事が楽しくなくなり、それまで全く興味のなかったものを好きになる。
時々夢に見る彼女の日常。
それを懐かしく感じている自分もいて。
彼女の記憶なのか私の記憶なのか境界線があやふやで。
それが良い事なのか悪い事なのか。
確実に今までとは違う私になった気がした。
私を池に落としたのは大公家のご子息で、謝罪の手紙とお花が届いた。
私の体調が戻ると大公夫人に付き添われ、ぎこちなくだけど直接謝ってもくれた。
悪気があった訳ではないと思っているし、少し熱が出ただけだ。その熱だって彼のせいではない。
しかも相手は大公家の令息で私はしがない伯爵の娘。
否と言えるはずもない。
だから、直ぐに謝罪を受け入れた。
私を助けてくれたのは、ローズクライヴ公爵コーネリア卿。
夢で言っていた通り私を落とした彼の叔父様で、国王陛下の末の弟君で、騎士団の団長だ。
違う。
そう思ったのは彼女。
彼女の記憶では国王陛下の兄弟は弟君ひとりだけで、その弟君が臣籍降下されて大公閣下になった。騎士団長の弟君などいない。
でもそれは違うと私は知っている。
今の国王陛下は大公家の嫡男だった方だ。
元王太子殿下がご病気になられて後継から外れ、それで今の陛下が王太子殿下になった。
直ぐ下の弟君が大公家を継ぎ、三男だったコーネリア卿は公爵位を賜った、そう習ったから。
彼女の記憶は14年前で止まっている。
前の王太子殿下が療養に入られたのがその頃だし、新たに陛下が立太子なさったのがその直ぐ後だ。
彼女は14年前に亡くなり、私が生まれた。
どうして彼女の記憶がわたしの中にあるのかわからないけれど、俗に言う生まれ変わりみたいなものなのか。それでも私は私、彼女は彼女で別物なのだ。私は彼女にはなれない。
夢で見る彼女は完璧な淑女だった。
愛されて育ったはずなのに鮮烈に浮かび上がるのは慟哭に似た哀しみ。
かつての私なのかもしれない彼女がどうしてあんな最後を迎える事になったのか。
彼女の愛した青い瞳の彼は何者なのか。
知りたかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




