世界を支えている小人の話
皆さんは、この世界を支えている小人のことを知っていますか?
知らないですって?
そんなものいるわけないとおもっていますね?
そりゃあそうでしょう。
だって、この小人は決して人間には見つからないところで働いていますからね。
実は、この小人は誰にでも見ようと思えば見えるのです。
見えないのは、「いるわけない」とはなから思っているからです。
道端の石ころの一つを手に取ってまざまざと見つめる人がいないように、この小人たちも気が付かれることはないのです。
この私自身も、そんなことは思っていませんでした。
しかし、いつものように道端を歩いていたら、ふとその小人に出くわしたのでした。
それは、あまりにも当たり前すぎる日常のなかに、まるで降ってきたように出会ったのでした。
しかし、私は特に、「なぜ、これまで小人の存在に気が付かなかったのだろう」とすら思うことはありませんでした。
だって、小人たちは、あまりにも存在感がなかったですもの。
ですが、せっかくなので、小人たちが何を考えながら働いているかと言うことを聞いてみることにしたのです。
小人はこう独り言のように言いました。
「おれは世界を支えているんだ。
おれのした単純作業が、この世界を回りまわって、
まだ見たこともない、聞いたこともないたくさんの人たちの役に立っているんだ。
だけど、おれの仕事も存在も誰にも気が付かれやしないよ。」
小人はそんなことを思っているようでした。
小人はさらに続けました。
「おれに支払われる報酬は何かって?
ないよ。
何にもないよ。
しいて言えば、
ただこうして存在しているということだけだ。
そして、おれの存在は、こうして働くたびにすり減っていくんだ。
何?
誰にそんなことを決められて強いられているかって?
知らん・・・知らんよ。
誰に言われたわけでもないのだ。
誰に言われたというわけでもないのだが、おれはただそうしなければならないのだ。
擦り切れてなくなるまで、そうすることを義務付けられているのだ。」
ああすこし哀しいと思ったのですが、なぜか私にはその話には興味をもつ気にもなれず、
どうでもいいとさえ思えたのでした。
もう、その場を離れようかともおもったのですが、それでもなぜか分かりませんが、忍耐して続きを聞こうと思ったのです。
「何?
他に小人たちの仲間はいるのかだって?
さあ・・・いるかもしれない。
世界はこんなに広いのだから、小人は数えきれないほど無数にいるのかもしれない。
だけど、おれは知らない。
知らないし、そんなことは興味がないし、どうでもいいのだ。
いるかもしれないが、どんな働きをしていて、何をしているかなんていうことは分からんよ。」
私の質問に答える余裕もないと言わんばかりで、
小人は忙しそうに自分を懸命に削り続けてますます小さくなっていくのでした。
ある日、小人はひっそりと消えることにしました。
私は、その小人のことを思おうとしたのですが、そうしたところで別段何か意味があるようにも思えなかったので、すぐに忘れてしまったのでした。
彼は、空気の中にチリとなって消えていったのですが、
誰も何も気が付くことはありません。
そして、実際に小人がいなくなっても、世界は何も変わることはなかったのです。
存在も気がつかれないまま、身を粉にしてすり減らして消滅していくだけの存在ですが、
彼自身は「世界を支えている」と強く信じ込んでいたのです。
実際はどうかというと、彼はいてもいなくても何ら世界に影響を及ぼすことはなかったのでした。
私も、毎日の生活にかまけて、つい小人のことをすっかりどうでもいいと忘れてしまっていたのですが、
ふと、小人のことを思い出して、このお話を書こうとした次第ですが、
どうせ、この話自体もあの小人のように誰にも顧みられることなく、世界に何の影響も与えず、「ない」ことと同じことだろう、語るだけ無駄だろうと思ったのです。
それでも、どういうわけか、あの小人の存在が私の中で頭から離れえず、
「ない」ことと同じなのに、どんどん大きく頭の中を占めてくるのであります。
ですが、そうすればするほど、あの小人はますますその陰に隠れて見えなくなろう見えなくなろうとするのであります。
小人を見よう見ようとすればするほど、それは誰にも見えるものでありながら、誰にも見えないものでございます。
「ない」ものと似たような「ある」もの、「ある」ものと似たような「ない」ものを見よう見ようとすればするほど、私たちの中で大きな大きなものが膨らみ続けるのであります。
小人は、もうなにも語りかけず、なにも話しません。
ですが、無数のおびただしい小人の群れは終わりなく増え続けます。
こうやって、世界はこの決して見ることのできない小人たちによって支えられているのです。