馬、秘密、文字
「ねぇパパ、これ何?」
私がパパの秘密に気づいたのは、十歳の頃。周りでは珍しく生粋のパパっ子で、その日もいつものように父の書斎に忍び込んだのだ。
パパは机に向かい、何やらにやにやしていた。私はパパが一体何で遊んでいるのか気になって、背中越しから声をかけた。
「うわ、いたのか!」
パパはよっぽど驚いたようで、慌てて新聞を机の下に隠した。当時の私でも、新聞が文字ばっかりだということは知っていた。だからどうして楽しそうにしていたのか気になった。
「この新聞はね、文字じゃなくて数字がたくさん載ってるやつなんだよ」
そういうパパは喜色満面だったのを覚えている。だから私も嬉しくなって、ママに報告することにした。
「ねぇママ、さっきパパが新聞を見ながら楽しそうにしてたよ!」
私がそういうと、予想に反してママの顔が暗くなった。ママは、そう、とだけ言ってゆっくりと書斎へ向かっていた。
翌日、朝ごはんを食べながら異変に気付いた。パパがママに怒られてしまったらしい。
「まったく、娘の前でそんなことして」
「いや、あれは……」
後になって、パパがやっていたのは「ケイバ」というものなのだと知った。どのお馬さんが勝つかを予想するゲームらしい。
しかし当時はそんなこと知る由もなく、だからパパが怒られたのは私のせいだと直感的に思った。私がママに新聞の話をしたせいだ。
「パパ、ママ、ごめんなさい。私のせいでけんかしてるなら、ごめんなさい」
私がそういうと、パパとママは顔を見合わせて顔をほころばせた。
「さえちゃんのせいじゃないよ、ごめんね」
「そうだぞ。パパが悪かったんだ」
パパはそういうと、机の下からチョコレートを取りだして見せた。
「ほら、これ。さえの好きなチョコレートだろう? 昨日パパはちょっとしたお金持ちになったんだ。だからほら、これでパパのこと許してほしいな」
私はパパからチョコを受け取ると、それを一口食べた。
いつもより、少し甘い気がした。
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