第二章 バレーダンサー就職する
学生時代はいろいろとあったが、やがて四年生になり就職活動を始めた。
私は正体がばれないように、ださい女として就職する事を考えていた。本名は週刊誌に記載されていないので誰も気付かないだろう。
黒縁メガネの根暗なださい女として就職する事にした。
黒縁メガネでださい服を着て履歴書の写真撮影をした。
写真屋さんに何か言われそうだったので、セルフサービスの写真で撮影した。
勿論、こんな女性は普通の企業では雇ってくれないとあきらめて、どこかの小さな事務所か町工場などの事務員として就職しようと考えていた。
他に方法はないか、友達の石田明子に相談した。
「小さなところは、いつどうなるかわからないわよ。生活が安定するの?確かに静子の考えだと、普通の企業はむつかしいかもしれないけれども派遣という手もあるわよ。派遣会社に登録すれば?」と勧められた。
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ダメ元で登録だけした。
数週間後、年末に派遣会社から仕事の打診があった。
時間的に仕事が可能かどうかや、仕事の内容など話を聞きに派遣会社にアポを取って訪問した。
パソコン入力担当の補助職員が腎臓病で数か月休むために、その仕事を数人のアルバイトで行う数か月間の仕事だとの事でした。
一人休んで、なぜ派遣は一人ではないのか?理解できなかったので質問した。
業務内容は、パソコンのワードやエクセルで資料を入力するだけの簡単業務の為、毎日、違う派遣に依頼して派遣の評価をするとの事でした。
数か月間の仕事なので、なぜ、仕事しながら評価するのか?疑問に感じて質問した。
腎臓病の社員は来年結婚退職するので、その社員が復帰するまでに数人のアルバイトから一人を選んで週休二日のフルタイムの派遣社員として採用するとの事でした。
その社員が結婚退職するまで、その社員の助手をして、その社員が退職後、その後任として仕事するとの事でした。
週一回八時間勤務との事でしたので、この仕事にエントリーした。
パソコン入力だと他の社員との打ち合わせなど少なく一人でする仕事なので、根暗な私でも問題ないと考えた。
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根暗な私でもフルタイムで働ける可能性があるため、パソコン音痴の私はその日から、自宅でパソコンの特訓をした。
しかし、パソコンはメールやインターネットに使っていて、あとは音楽を聴いたり、DVDを鑑賞したりする程度しか使ってなかったので、ワードやエクセルなどは使った事がなくうまくいかない。
大学で解放されているパソコンで、パソコン室の先生に色々と教えてもらいながらワード・エクセルの入力練習をした。
少し慣れると、パソコン教室に通ったりパソコンに詳しい同級生などに教えてもらったりした。
やがて派遣会社から連絡があり、企業に派遣会社の社員とパソコン派遣の面接にいった。パソコンの実技もあった。
面接でパソコンは得意だとPRしていた他の派遣社員が、実技で何もできない事が発覚して数人は実技で落とされた。
私はパソコンの練習をした事が報いられて数人の派遣メンバーに選ばれた。
私は水曜日の午前九時から午後六時までの勤務に決まった。
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パソコンは今時誰でも使える。根暗な性格だとフルタイムの八時間勤務に選ばれるのは難しそうだ。
お昼休憩に食堂で、たまたま同じ部署の社員がいたので、そのあたりの事情を聞いた。
根暗な私から話しかけたので、その社員は、驚きながらも話をしてくれた。
明るい性格の派遣社員は、正社員数人と会話などしてチームワークからフルタイムの派遣社員に選ばれるように手を打っていた。また、パソコン知識をPRしていた派遣社員もいた。
その他の派遣社員も、それなりにPRしていた。
根暗な私は何もできなかったので、フルタイムの派遣社員には選ばれないだろうと諦めていた。
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ある日、会社でパソコン入力の仕事をしていると社員数人がもめていた。
話の内容を聞くと、というか、意識的に聞かなくても声を荒げていたので聞こえてきた。決して盗み聞きはしていない。
毎年、大事なお客様を招待してパーティーを開いているらしい。バレーダンスが好きなお客様が数人いて、というか、わが社の社長はバレーダンスが好きで、商談時もバレーダンスの話をしていたので、バレーダンスが好きなお客様と話が合い、そのようなお客様が多いようだ。
社長は、バレーダンスのような趣味を持っているお客様は高貴な人が多い。その為に、故意に商談時、バレーダンスの話をしていると言っているそうだ。社員たちは、社長はバレーダンスが好きなだけだろう。と噂している。どちらが本当なのだろうか。
そんな事はどうでもいい。パーティーの話に戻そう。
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毎年、プロのバレーダンサーを依頼していて、今年もそのバレーダンサーを予約していた。
先日、交通事故でけがをしたとキャンセルの知らせが来た。
どうするか困っているようだ。
私はチャンスだと判断して、「すみません中西課長。私、栗垣知子の知り合いですが、頼んでみましょうか?」と進言した。
中肉中背で身体的には特にこれといった特徴もない中西課長は、「栗垣知子といえば、今注目されている超一流のバレーダンサーじゃないか。知り合いならぜひ頼んでください。」と藁をもつかむ思いで期待された。
「わかりました。今晩にでも頼んでみます。」と期待させて、その日は帰った。
私は一週間に一度の出勤なので、翌週出勤した時に中西課長に呼ばれた。
課長の机の前に行った。
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「熊川君、本当に超一流のバレーダンサー、栗垣知子さんが来てくれるのか?一度総務部から依頼したが断られたらしい。社長の知り合いのバレーダンス関係者から入手した情報では、栗垣知子さんは超一流なので、依頼しても予約は簡単に取れないそうだ。社長に聞くと予約は無理だろうと仰っていた。」と課長が疑っていた。
「他の社員たちも、「相手は超一流のバレーダンサーだぞ。来るわけないだろう。すでに三流だが、一応プロのバレーダンサーを依頼したから心配するな。」と課長のみならず全員疑っていた。
ハゲ頭で、おなかが出ていて貫禄たっぷりの総務部長が来た。
「熊川静子さんはこの部署の派遣社員でしたよね。熊川さんはいますか?」と私を捜していた。
課長と話をしていた私は、ほら来た。昨日栗垣知子の名前で電話して正解だったわ。と思った。
「はい、私です。」と手を挙げた。
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「昨日、栗垣知子さんから着信があり、熊川静子さんに頼まれると断れませんね。何とかスケジュール調整しました。と、わが社のパーティーに出演してバレーダンスを踊って頂けると連絡がありました。社長も信じられない。夢ではないかと大変驚いていたよ。熊川君、君は超一流バレーダンサーの栗垣知子さんと、そんなに親しいのかね?お客様の中には栗垣知子さんのファンも多い。今年に限らず来年からもぜひ頼むよ。」と依頼された。
「来年もここに勤務していれば、私が栗垣さんをパーティーに出席させます。」と約束した。
「君の立場は知っている。中西課長、聞いた通りです。彼女をフルタイムの派遣社員に指名しなさい。」と貫禄たっぷりの総務部長が指示すれば迫力がある。
いままで散々苦情を訴えていた社員たちは立つ瀬がなく、その中心人物のノッポでやせ型の下田義三は、「その電話は間違いなく栗垣知子さんからの電話だったのですか?」と別にバレーダンサーを依頼したので、あとに引けない様子でした。
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総務部長は、「電話を切ったあとで栗垣知子さんに直接電話して確認した。間違いない。君は私を信用できないのかね!もういい、当日、君が依頼したバレーダンサーと栗垣知子さんがくればどうなると思うのだ。全員栗垣知子さんのバレーダンスを鑑賞したいと希望するのは火を見るより明らかだ。どうすればいいのか指示しなくてもわかるな。」と強い口調で下田を睨んだ。
貫禄たっぷりの総務部長に迫られて下田は小さくなった。
その様子を見て、他の社員たちも急におとなしくなった。
中西課長から、「栗垣知子さんが、わが社の為にわざわざスケジュールを調整して頂いた。相手は超一流のバレーダンサーだ。今更断れないだろう。もし断れば栗垣知子さんを怒らせて、他のバレーダンサーに働きかけて二度と誰も来てくれなくなるぞ。そういう事だから下田君、君が依頼した三流のバレーダンサーは断れ。」と指示されて、下田はキャンセル料を取られると呟きながらもこちらの都合なので丁重に断っていた。
「三流なのでバカにしているのか!」と散々苦情を聞かされたようだ。
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義三が電話を切ると総務部長が、「今回の件、会社方針では栗垣知子さんに依頼する事になっていた。三流のバレーダンサーに依頼したのは下田君、誰の指示だね?君の独断かね?」と問い詰められた。
義三は、「いえ、どなたかららも指示されていません。」と何かあるのだろうかと恐る恐る返答した。
総務部長は、「勝手な事をするな!キャンセル料は君が自腹で支払え!俺は知らんぞ。」と怒鳴っていた。
その後、総務部長は中西課長と私に、「栗垣知子さんから、当日気心の知れた熊川君を助手につけてほしいと依頼されました。頼んだぞ。」と依頼して、その場を離れた。
一度断って、予約が困難な事を印象付けた上でOKの返事をしたので効果覿面だ。
少しずるいかもしれないが、この件により私がフルタイムの派遣社員に決定した。
しかし、ものはいいようね。スケジュールは調整しなくてもその日は空いていたわ。スケジュールの調整なんてしてないわ。予約が簡単に取れないのは、バレーダンスは副業で他に本職があるからよ。と内心笑っていた。
これで、女子大卒業後の就職は決定した。
次回投稿予定日は、1月3日を予定しています。